閑話 彼女の“一所懸命”
ハイファンタジージャンルで『どうも! こちらメイド・サーヴァント派遣業ヴァーラスキャールヴにございます!~仕事人間な冒険者の元へ、メイドになったヴァルキリアが押しかけるとこうなるらしい~』というお話を始めてみました。基本、こちら優先ですので不定期になるかと思いますが、そちらもぜひお楽しみくださいませ。
† † †
それはエステル・ブランソンのなにげない問いかけから始まった。
「そういえば、シロってどこであのエイムを鍛えたの?」
「ああ、あれ?」
坂野真百合は、床に寝転がりながらお菓子に手を伸ばし答える。本人曰く、よく食べてよく運動をしているという真百合は、スラリとしていて背も高く身長が伸び悩んでいるエステルとして正直、羨ましい――。
「ほら、源平退魔伝ってあったでしょ? あれって一周目をクリアすると義経以外のプレイアブルキャラが開放されるの。その中で那須与一を使ってたら、自然に?」
「へぇ、そうなんだ」
クッションに腰掛け、キングペペンを抱きしめて、エステルが目を丸くする。実際、兄である坂野九郎はどのキャラ――武蔵坊弁慶や佐藤兄弟、鈴木重家、亀井重清、伊勢義盛など――でも扱えたのだが真百合は弓使いぐらいでしか九郎についていけなかったのだ。
「あれって、シテンノウ? って言われてる人、多くない? 六人くらいいなかった?」
「あー……兄貴、あれなんで?」
「そりゃあ――」
机に向かっていた九郎は答えかけ、それよりも先に自分の疑問を口にした。
「……キミたちね、人の部屋でくつろぎまくっとらんかね?」
「いいじゃん、別に」
あっさりと返す真百合に文句を言う気にもならず、九郎はため息をこぼす。なにやら、最近自分のパーソナルスペースがものすごい勢いで侵蝕されている気がした。咎めるつもりはない、エステルも真百合も誰にでもそうする訳ではないのだろうから……別段、不愉快でもないし。
そんなことを思いながら、九郎はとりあえず四天王多すぎ問題に答えた。
「義経の四天王は、出典によって違うんだよ。んで、源平退魔伝で色んな出典の四天王が集まったら四人以上になったってだけだよ。龍造寺四天王と同じだよな」
「リューゾージシテンノウ? も四人以上なの?」
「出典がふたつあって、三人までは一緒だけど四人目だけ違うんだよ。だから、結果として龍造寺四天王と呼ばれる武将が五人になった訳だ。それで、四天王なのに五人いるってネタにされてるな、昔から」
こういうネタは、今だにネットでは根強く残っている。エステルとしては、ピンと来ないのか小首を傾げていた。九郎としても、その気持ちはよくわかる。
だから、エステルにもわかりやすいように、と別のもので例えてみた。
「エレインにわかりやすく言うと、アレだ。アーサー王伝説の円卓の騎士も出典によって人数が違うだろ? それと同じ理屈だよ」
「あ、そういう!」
「それで伝わるんだ……」
ポン、と手を打つエステルに、真百合がしみじみと呟く。その呟きに、九郎は笑った。
「お前は英国人のアーサー王伝説好きを知らないから」
「今だにアーサー王にちなんだ行事とかあるんだよ?」
「へぇ、確か伝説の王様だよね」
「……そこを語ると、数時間かかるなぁ」
アーサー王のモデルになったのではないか、とされる実在の人物やアーサー王と円卓の騎士についての伝説が後世に創作で膨らまされていることなど、この流れを語るだけでも日が暮れる――九郎は、とりあえず要点だけを語った。
「ま、アーサー王伝説は本当に有名で人気がありすぎたんだよ。色んな時代に『ウチの地元で有名な騎士も、実はアーサー王に仕えた騎士だったんだ』って付け加えられて話が膨らんでいった訳だ」
アーサー王の伝説は五世紀中頃のものと言われているが、その後騎士道物語が持て囃されるにつれさまざまな伝承の追加や作家の創作が交じることにより、複雑に膨れ上がった。
義経四天王もこれと同じで、複数の伝承や出典で四天王と呼ばれる者たちが違ったため、ややこしいことが起きた訳で。
「ちなみに、那須与一は四天王じゃなかったりする」
「……ややこしいね。ヨイチって有名なのに」
「平家物語の扇の的を射るエピソードが有名だからなぁ」
ちなみに四天王の中では亀井重清こそ弓の名手と言われているが――詰め込みすぎは混乱の元である、九郎はそこは語らずにおいた。
「歴史、詳しいね。クロ」
「いや、これは雑学だけどな。一応、大学じゃそっちが専攻だけど」
「へぇ、そうなんだ」
実際、まだ取れないが年齢になったら教員免許を取って教師になることも考えているぐらいである。この時代でも、まだ教員免許の取得は小等部と中等部は二〇歳以上、高等部以上は二三歳以上とされているのだが。
「こいつのエイム力だけは、もうオレでも勝てる気がしないからな。本当、才能だと思うよ」
「だよねぇ、なんかコツってあるの? シロ」
九郎の言葉に全面的に同意して、エステルが真百合に聞く。それに真百合はうーん、と考え込んでから答えた。
「地道な反復練習と、諦めない心かなぁ」
† † †
子供の頃の一歳差というのは、とても大きい。小さかった真百合は、とにかく九郎と一緒に遊びたくて、でもゲームではとても敵わなかった。
(……今から考えたら、当然だよなぁ)
そもそもが、物心ついた頃から九郎は『ゾーン』が使えたのだ。大人に混じったとしても優秀な結果を残せる腕前を持っていたのだから、それにほんの五歳やそこらの子供が対抗しようというのがそもそもの間違いで。
それでも一緒にゲームをしたい、という一心で頑張った。九郎判官義経は九郎のお気に入りだったから、他のキャラでなにかできないかと色々試して。
『すごいな、真百合。よくあてられるなぁ』
そう那須与一をやった時に褒めてもらえたから、嬉しくて嬉しくて。真百合は那須与一を練習して、練習して、練習して――ある日、ひとつの感覚を掴んだ。
『――――』
それがなんなのか、今でもわからない。例えるなら、自転車に乗れるようになる感覚に似ていた。何度も転んで、何度も挑んで、ある日唐突に転ばないバランスを身体が覚える、二度と転ばないという確信を持つ万能感。
弓を手にし、引き絞る。狙いを定め、相手の動きを見切り、絶対の自信を持って矢を射放つ。当たる、当たる、当たる。当てられるという自信が、更に技量を積み重ねていく。
一度感覚を掴めば、そこまで積み重ねた技量のすべてが自分の血肉になっていた。今では弓だけでなく、普通のFPSでもスナイパーをやれば百発百中当てられるようになっている。
『多分、それもひとつの『ゾーン』の形なんだろうな。お前の場合、射撃に特化したんだろうな』
九郎がそう感心して、評したものだった。その頃にはもう、『兄妹』になっていたのだけれど、一緒にゲームをすると九郎が前衛で真百合が後衛というバディが完成していた。
(だから、“ここ”だけは譲れないかなぁ……)
ふと気づけば、九郎の周りには色々な人がいる。この間のヴラド戦でエレインの真似をしたのも、ちょっとした対抗心ではあったけれど――色々な立場で色々な関係が、既に九郎の周りでは埋まっていて。自分ではとても相手にならないなって人もいる。
それでも、“ここ”は――九郎の背中を守るその場所だけは、誰にも譲りたくないと真百合は思っていた。
それこそが、彼女の一所懸命――自分がいたい、守るべき場所なのだから。
† † †
真百合は一生懸命頑張って、その結果才能が花開いたタイプです。
それに特化した分、別の分野に関しては腕前は普通となっております。
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