閑話 とあるVR格闘ゲームのeスポーツプロ選手が思うこと
ハイファンタジージャンルで『どうも! こちらメイド・サーヴァント派遣業ヴァーラスキャールヴにございます!~仕事人間な冒険者の元へ、メイドになったヴァルキリアが押しかけるとこうなるらしい~』というお話を始めてみました。基本、こちら優先ですので不定期になるかと思いますが、そちらもぜひお楽しみくださいませ。
† † †
享楽都市オーレウム、現在のエクシード・サーガ・オンラインにおいてもっとも多くのPCが集まっている都市である。
金さえ払えばどんな商品でも手に入る、を合言葉にしてはいるものの、やはり金で買えないものも多く存在する。プレイヤースキルもその中のひとつだろう。
「実際、あの騎士の人がこっちに参加してたら大荒れだったろうなぁ」
チャイナ服姿の美女、アカネはそうぼやく。オーレウムの中心には、この街の象徴とも言うべき大カジノ施設と闘技場が並んでいる。アカネは自分が賭け事に弱いという認識もあり、もっぱら闘技場の常連だった。
エクシード・サーガ・オンラインはPK対策として、PC間でダメージを与えないフレンドリーファイアのない仕様となっている。が、両者が同意した決闘の場合は、この限りではない。ただし、決闘に勝利しても金銭やアイテムの譲渡は行えない、リアルマネートレード対策の施されたシステムになっている。
だが、この闘技場の場合少し変わる。闘技場側はPCの戦いを賭けの対象にする代わりに、相応の金銭が払われるようになっているのだ。
(ま、対人戦がしたいって層は一定数いるもんね)
アカネもその中のひとりだからわかるが、エネミーだけでは物足りないと思うことも多々あるのだ。ただ、対人戦は好きだがこれがゲームの醍醐味だとか、そういうことを言う気はない。
ゲームはゲーム、楽しみ方は人それぞれなのだ。特に対人戦は勝者がいれば必ず敗者がいる――勝った方は楽しいが、負けた方は楽しくないというのは古今東西の対戦ゲームでは付き物なのである。
(格闘ゲームはそれが問題として付きまとうからなぁ)
VR格闘ゲームのeスポーツプロ選手であるアカネとしては、常に頭を悩ませる問題だ。VR格闘ゲームにもランク制が導入されているが、明確に格下の者と当たってしまうことが多々ある。そういう時になにが起きるか? それは中級者以上とぶつかり勝てない初心者たちがゲームから去ってしまうという悪循環が生まれるのである。これはVR以前、格闘ゲームがゲームセンターという店にオフラインで並んでいた時代からの問題として現代も解決していない。
この話を某バーチャルアイドルにしてみたところ、こう返ってきた。
『四〇〇〇年前のエジプトの石版に、「最近の若い者は」って嘆く文章も見つかってる。人間が変わらないと解決しない問題なら、一〇〇年くらいじゃ解決はきっとしない』
ようは四〇〇〇年前の人間も「最近の若い者は」と言われていたし、言っていたのだ。そこから変わらないような人類が一〇〇年弱程度の格闘ゲームの人間関連の問題をそうそう解決できるわけがない、ということらしい。
(……どこで憶えてくるんだろう、あの子)
妙に博識になる時がある子だ、と思う。もしかしたら、飛び級で大学生くらいなのかもしれない。最近は飛び級なんて珍しくないし、とアカネ自身そうそうに飛び級してしまった身としては思う。
『アカネ選手、次の試合となります。入場の準備を』
「はいはーい」
アナウンスを聞いて、アカネは光る円の中に入る。この中に入って待つことが、決闘の了承となる――ヴン、という転移音と浮遊感。気づけば、盛大な喝采が鳴り止まない闘技場に立っていた。
「……あれ?」
対戦相手を見て、思わずアカネが目を丸くする――見知った顔だったからだ。
「あ、アカネ? やっほ~!」
そう言って手を振ってきたのは金髪ツインテールの美少女、エレイン・ロセッティだった。
† † †
「あれ? エレちゃんどうしたの?」
「ああ、ワタシもちょっと腕試し?」
アカネの問いかけに、エレインがそう返す。も、という接続詞に不吉なものを感じて、一応確認してみた。
「……まさか、クロちゃんも……?」
「あ、クロは対エネミーの方に出てるからPC同士の決闘はやってないよ」
「そ、そう……」
ホッとアカネは胸を撫で下ろす。壬生黒百合、彼女が参戦してしまえばどこぞの騎士並に大騒ぎになっていただろう。
「ワタシはちょっと対人戦の経験積もうと思ってこっちに登録してみたんだー」
エレインは無邪気に言うが、戦績を確認すれば二四連勝中と出る。黒百合とは別の意味で、でたらめなプレイヤースキルの持ち主なのだ。
(ま、でもまだ付け込む隙はある……かな)
エレインの資質は、アカネも認める。しかし、まだ荒削りな部分も多い。対人戦闘の経験値なら、おそらくはこちらが上だ。勝ち目は充分にある。
特に闘技場の決闘ルールでは、《超過英雄譚》の使用は不可となっている。彼女の最大の強みである、“百獣騎士剣獅子王・双尾”の最大の特性、三発の《超過英雄譚》は使用できないのだから。
「ここまでも歯応えあったけど、アカネが相手だからね。ワタシも気合入れていくよっ」
「うん、そう言ってもらえるのは素直に嬉しいよ」
VR格闘ゲームと違って、ここの闘技場は一本勝負だ。だからこそ、最初から手は抜かない――エレインとアカネは向き合い、構えた。
『では、始め!』
† † †
――割れんばかりの喝采が、闘技場を包む。観戦しているPCとNPC、どちらも大盛りあがりを見せていた。
(いやぁ、強いね!)
エレインの跳ねるような動きで攻めてくる攻撃に、アカネは正直に舌を巻く。一撃一撃の攻撃の鋭さはもちろん、攻撃を上下に振ってこちらをしっかりと翻弄してくる。
「――――」
なによりもいいのが、凌がれても焦らないことだ。当たったはず、躱したはず、その思惑が外れた時、攻めっ気は焦りに変わる。焦ればそれは本来のリズムを崩すことになり、乱れたリズムが隙を生む――この悪循環は、対人戦において致命的な問題点となりえるのだ。
(怖いね、才能。でも――)
強い、そう思ってもこと対人戦としてみれば怖くない。エレインの振り落ろしの一撃を踏み込むことで横へ回避、アカネは左足の中段回し蹴りで迎撃。それを空中でエレインがガード、その勢いのまま敢えて吹き飛ばされて間合いを取った。
(素直すぎるんだよなぁ、エレちゃん)
ただただ、王道で押し切って来る。フェイントも幻惑してくる動きもない。モーションキャンセルは時々入れて来るものの、それもあくまで攻撃の繋ぎ。読めないものではなかった。
「んー、やっぱりアカネ強いね。全部凌がれちゃった」
「ま、対人戦で負けてあげるつもりはないよ?」
「うん、だよね。ありがと」
これだけ強いアカネが手を抜かない、そのことへの感謝をエレインは告げる。そして、続けた。
「んでもって、ごめん。やっぱり、アカネは“縛り”有りで勝てる相手じゃないよね」
「……はい?」
その言葉の意味をアカネが理解するより早く、エレインは見せた――『ゾーン』、自らの意志で踏み込む、その領域を。
(ちょ!?)
それに、アカネも半強制的に『ゾーン』へ引き上げられる。気づいたときには飛び込んでいたエレインの騎士剣が、首元に届く寸前だった。それを身を低くしゃがんでアカネは回避。返す水平蹴りで着地しようとするエレインの足を払おうとした。
「ぐ!?」
その膝へ、エレインは右足で降り立つ。次にアカネの腰を足場に左の爪先で駆け上がり、即座に右の延髄蹴りを叩き込んだ。
「ッ!?」
かつて、サイゾウが黒百合との間に感じたのと同じだ。『ゾーン』を使いこなす者と使える者、その間にはこれほどの差がある。アカネがその場に片膝をつこうとしたその瞬間、エレインは着地。即座に騎士剣による薙ぎ払いを――。
「――え?」
トン、とエレインの胸を打つ拳があった。殴ったのではない、片膝をつくと見せかけて、アカネがそこに拳を置いていた――それだけである。
『アーツ《寸勁》』
思考入力、アカネの寸勁が見事に炸裂する! エレインの小さな身体が、そのまま吹き飛ばされた。
――そして、時が動き出す。
「は、あ……きっつ」
傍から見れば、アカネの拳にエレインが突っ込んで吹き飛ばされたように見えただろう。それほどまでに自然な流れ、リアルでも格闘技術を持つアカネだからこその格闘センスが生んだ一撃だ。
その完全に決まった一撃に、エレインは立ち上がれない。アナウンスが、高らかと勝者の名を呼んだ。
『――勝者、西! アカネ!』
とても勝ったとは言えないけどねぇ、とアカネはようやくそこで止めていた息を吐いた。
† † †
もしも、エレインが最初から『ゾーン』を使用していたらここまで上手くいかなかったろう。最初、『ゾーン』を“縛り”で使わなかったからこそダメージの蓄積もあり、ギリギリ最後の一撃で落とせただけ……アカネとしては、試合に勝って勝負に負けた気分だ。
(いるもんだなぁ、天才って……)
観客席を見れば、エレインが黒百合に頭を撫でられ慰められている。あ、いいなぁ、と思いつつ、アカネは次の試合へと意識を戻した。
「いいよね、これ」
負けたくない、それもまたモチベーションを燃やすひとつの“燃料”だ。まずは、エレインの二四連勝を超えてやろう――アカネは次の対戦相手との戦いに集中した。
† † †
閑話2の章は、このようにさまざまな視点で出来たらな、という箸休めの章となっております。
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