閑話 先輩風ってのはきっと、向かい風か追い風の二択しかない
ハイファンタジージャンルで『どうも! こちらメイド・サーヴァント派遣業ヴァーラスキャールヴにございます!~仕事人間な冒険者の元へ、メイドになったヴァルキリアが押しかけるとこうなるらしい~』というお話を始めてみました。基本、こちら優先ですので不定期になるかと思いますが、そちらもぜひお楽しみくださいませ。
† † †
ある日のこと。坂野九郎は不意の呼び出しに応えるために株式会社ネクストライブステージのVRオフィスに訪れた。
「あ、お疲れ様です」
「あ、どうも」
すると先客がいた、八條綾乃だ。オフィスの主であり代表取締役兼マネージャーの牧村ゆかりに、九郎は改めて訊ねた。
「……えっと、これってどういう?」
「いえ、黒百合ちゃん……九郎君が綾乃さんとエステルちゃんにリアルで会った、と聞いたので。なら、もう一緒に話しても大丈夫かと思いまして」
今までは『妹』経由だったのが急にどうしたのかと思えば、納得した。実際にエクシード・サーガ・オンラインのプレイや配信の内容は何度も相談を受けていた身だ。特に、バーチャルアイドル関連については綾乃側と相談していたというから、ゲームとアイドル双方に関係する話があるのだろう、という予測はついた。
「それで? どんなご用ですか?」
「はい。実はエクシード・サーガ・オンラインで、第二陣の募集をしたいと思いまして」
「第二陣?」
あまりバーチャルアイドルには詳しくない九郎の疑問に、綾乃が補足する。
「バーチャルアイドルではよくあるのですが、一期生とか二期生とか聞いたことありませんか?」
「ああ、聞いたことはある。そうなると、エクシード・サーガ・オンラインでは俺たちが一期生? みたいな感じになるのかな」
「そうですそうです! みんなの活躍で、大変好評でして。それでぜひ、新しいバーチャルアイドルをエクシード・サーガ・オンラインでデビューさせたいんです」
ゆかりの表情は明るい。今、壬生黒百合をはじめエクシード・サーガ・オンラインの公式配信担当のバーチャルアイドルたちのネームバリューは奇しくも全世界規模になっている……らしい。
らしい、というのは九郎自身にはまったく自覚がないからだ。そもそものスタートが、自分の“妖獣王・影”の討伐、そのミラー動画が拡散したことが始まりなのだが。
「ただ、そうなるとエクシード・サーガ・オンライン上でのサポートはふたりにお任せすることになると思うので」
ゲーム実況としては黒百合が、歌を含めてアイドル活動はディアナ・フォーチュンがエクシード・サーガ・オンラインでは中心に行なっている。確かに、このふたりがサポートを頼むのは正しいのだろう――が。
「そうなると、また中の性別を隠さないとなぁ」
「……ああ」
九郎の遠い視線に、綾乃が小さく苦笑する。エステルの流れでバレてしまったから今でこそ四人で共有している事実だが、やはり、こう、色々葛藤があるのだ。特に、後から入る二期生? は黒百合が中の人も女性だと思っているだろうし。
ゆかりはデビュー当時を思い出し、しみじみとこぼした。
「あの時は、本当にCGデザイナーさんに突貫で作ってもらいましたからね……」
「二日しかなかったんだし、仕方ないとは思うんですけどね」
双子設定で強引にコンパチキャラを作成したのだ、そこは仕方ないだろう。それでも、こっそりと3サイズは変更していたあたり、強いこだわりがあったようだが。
「基本、うちは女性バーチャルアイドルで売ってますから……男性の影とかあると、ほら、うん」
ゆかりの言葉に、なにか苦いものが交じる。現役時代に、色々と苦労を目撃したのだと思う……同業者間の絡みでさえ、時に痛くない腹を探られるのだ。
「その点、九郎君に関してはある種の信頼がありますので」
「……そうなんですか?」
「きちんとプロ意識があるとか、万が一交際してもきちんと隠し通せそうとか、SNSでぶち撒けたりとかしないとか、生配信中にあれこれとか――ま、色々しないでしょうからね、あはははは」
ゆかりの瞳から、すん……と光が消える。ああ、自分もこうなってるよな、と九郎はなんだかしみじみとしてしまう。どんな地獄絵図を経験したのか聞いてみたいが、やはり触れない方が良さそうだ――絶対、トラウマに触れることになるだろうから。
「ま、明日から急に、ではないので。そういう方向で企画が動いているということをまずは知っていただければ。真百合ちゃんとエステルちゃんには――」
「はい、オレから伝えておきます」
「ええ、お願いします」
† † †
「あ、九郎さん。この後、時間ありますか?」
打ち合わせが終わり、綾乃にそう聞かれた。九郎は、すぐに答えた。
「うん、そこは大丈夫。大学ももう単位はほとんど終えてるし、気楽なもんだよ」
「……本当、急ぎすぎじゃありません?」
「そうかなぁ」
空いた時間に、できる内にやってしまおうというのが癖になっているだけだと思いたい。だが、大概の人間にそう言われるあたり、気づかない内にそうだったのかもしれない。
「少し、話していきませんか?」
「ああ、いいよ」
即答すれば、綾乃が微笑む。ホっと安堵の息をこぼすあたり、断られる可能性も考えたのかもしれない……それこそ、気にしすぎだと思うが。
――ふたりが移動したのは、公園のエリアだ。誰でもログインできる公共の場所だ。親子連れがピクニックに、バーチャルペットの散歩を楽しむ者、それこそカップルなどそれぞれだ。
「しかし、後輩か……ピンと来ないな」
「そうですか? 私は来るべきものが来たんだなぁ、くらいですが」
ベンチにふたりで腰掛け、しみじみとこぼす九郎に綾乃が小首を傾げる。互いに生身と同じアバターだ、座っても九郎の方がずっと高い位置に視線があり自然と綾乃が見上げる形になる――黒百合やディアナとは逆の構図だ。
「オレ、バーチャルアイドルってそんな興味なかったんだよ」
「……シロちゃんがバーチャルアイドルを目指してたのにですか?」
「うん、オレ的にゲーム配信が主だと思ってたからなぁ」
ああ、と綾乃は納得する。畑違いというヤツだ、ゲーマーとドルオタを兼ねている者もいるが、九郎の場合ゲーマー全振りだったのだ。
それがなんの因果がとんとん拍子にここまで来て、本人がバーチャルアイドルとして先輩になる、と言われても確かにピンと来ないのも無理はない。
「なら、そうですね。ゲーマーとしての後輩が入ってくる、ぐらいでいいと思いますよ。九郎さんが求められているのはそっちのサポートですから」
「だよなぁ、アイドルとしてなにをするとか、オレは全然わからないし」
「そのぐらいの方が、こっちは助かりますけどね」
綾乃の言い方に引っかかるものを感じて、九郎は綾乃に視線を向ける。その不思議そうな瞳と視線を合わせ、クスクスと綾乃が笑った。
「だって、そっちぐらいは頼ってほしいじゃないですか。ゲームの方は頼り切りなんですから」
頼りたいのと同じくらい、頼られたいんですよ――そう綾乃は笑う。九郎は、その笑顔と自分への評価に頭を掻く。
「頼り切り、と言われてもそれこそオレもそっちしか手伝ってあげられないからなぁ」
「なら、お互い様ってことで」
「……結局、そこに落ち着くかぁ」
九郎が、そうしみじみと作り物の本物と寸分も変わらない空を見上げる。そんな九郎の横顔を見上げて、綾乃は思う――九郎は誰かになにかをしてもらう、という状況がもどかしく感じるのだろう、と。
なぜか、九郎はとても自立心が強いのだ。綾乃はそこでようやく、その自立心の強さが周囲に生き急いでいるように見えているのだと納得する。
(なんでしょうね、少しでも早く大人になりたい、そう思ってるみたいな……)
――綾乃は、九郎の過去のことを知らない。だから、義理の両親や妹の迷惑にならないようにと少しでも早く社会に出て、自分のことは自分でできるようにしようとしているのだと思いつかない。
飛び級や先へ先へこなしてしまおうと言う意識、また人の手を借りずにできるようになりたいという行動の根源に九郎の自立心があるのだが……過去の情報が欠けている者からすれば、確かに九郎の行動が不可思議に映っても仕方がない。
「そもそも、九郎さんはそっちしか手伝ってあげられないって言いますけど、そっちを手伝ってくれるだけで充分なんですよ? 私の時もそうでしたが」
今も忘れない。本気で、真剣に自分の“夢”のために手伝ってくれたことを。それがどれだけありがたく、心強かったか当の本人がわかってくれていないのだ。
……あの時は、思わず勘違いしてしまいそうだった。私だからしてくれるのだろうか? とドキドキしたものだ。ただ、九郎は誰にでもそうで……そこだけは残念だったけれど、今は誰かのために真剣になれるそんなところが――。
「……あう」
「? どうかした?」
「い、いえ」
危ない危ない、ギリギリで表情表現を切ることができた。綾乃はホっと胸を撫で下ろす。少なくとも、こんな耳まで真っ赤になった自分の顔を見られたくなかったから。
だから、しばらく表情表現は切っておくことにする。せめて、その表情表現が元に戻せるようになるまで――そんな言い訳をして、綾乃は九郎と他愛のない会話を続けた。
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二期生ネタは、やってみたかったネタです、ええ。
先輩風、びゅーびゅー!
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