103話 境界線上のキミたちへ
ハイファンタジージャンルで『どうも! こちらメイド・サーヴァント派遣業ヴァーラスキャールヴにございます!~仕事人間な冒険者の元へ、メイドになったヴァルキリアが押しかけるとこうなるらしい~』というお話を始めてみました。基本、こちら優先ですので不定期になるかと思いますが、そちらもぜひお楽しみくださいませ。
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神聖都市アルバでミニシナリオが終了した翌日、『彼女』たちは大通りのオープンカフェにいた――黒白姉妹と赤青姉妹の四人組だ。
「街と街の間って、簡単にファストトラベル可能なんだ?」
「それとクランハウスとも。移動時間も馬鹿にならないし」
壬生白百合の疑問に、壬生黒百合はそう答える。ハック&スラッシュを前提とした死に覚えゲーであるエクシード・サーガ・オンラインにおいて、デスペナルティは存在しない。だからこそ、PCがゾンビ・アタックが可能であるという特色がある。
「使い捨てや使用回数に限定がある特殊なアイテムなら、フィールド上にリスポーンポイントを設定もできるから――」
「ふうん。討伐系ミニシナリオだと、全員がひとつのリスポーンポイントを共有して。パーティ全体が特定回数戦闘不能になると失敗になるんだ。このあたり、システマチックだね」
黒百合が開いて確認していたウィンドウを肩に身体を預けて覗き込む白百合に、向かいに座っていたサイネリアは仲がいいですねぇ、としか思わない。自然なじゃれ合い、というのには、近すぎる気もするがそういう『姉妹』もいるのだろう、と指摘はしなかった。
ただ、モナルダが思い出したように問いかける。
「今回のミニシナリオで、聖務騎士団と聖務教会へ所属できるようになったんだっけ? そっちは誰がどこに所属するの?」
「ん、エレインが聖務騎士団に所属するらしい。百獣王のブラックボックス持ちだし、今回のことでかなり歓迎されたみたい」
「なるほどね。うちもひとりぐらいどっちかに所属する子がほしいわ。所属すると聖務教会関連の特殊なアーツやアビリティが手に入るらしいし」
紅茶を片手に呟くモナルダに、黒百合は同意する。聖務騎士団か聖務教会、どちらかに所属すると神聖都市アルバで得られるアーツやアビリティをクラン単位でいつでも取得可能になるという特典がつく。それだけでも、かなり有用な所属組織と言えた。
「……ところで、《百花繚乱》の所属組織に裏闘技場ってあるんだけど?」
「ふっ、常連になったら自動的に入れるのよ。いつでもレアエネミーとのバトルができるようになってお得よ」
「褒められないですからね? それだけカジノで負けたってことですから」
笑顔のサイネリア、その狐目が薄っすらと開く。その眼力に、モナルダがゴホンと咳払いした。
「そ、それはとにかくよっ! あんたのとこと同盟クランになったのはいいんだけど質問していい?」
お、来たな、と黒百合は思った。今回、クランリーダー同士が会ったのもいい機会だし、と同盟を組んだのだが――そうなると、どうしても避けられない情報が漏れてしまうのだ。
「このホツマ妖怪軍ってとこの組織が得られる恩恵……これ、本当?」
† † †
ホツマ妖怪軍の恩恵、それは極々単純ではあるが非常に強力なものだった。
「ホツマ妖怪軍所属の妖怪をゲストNPCとして召喚できるってなんなのよ、ヤバくない?」
「ん、間違いなくヤバい。モナルダたちは悪用しないだろうから同盟したけど、かなり慎重に同盟すべきだと思ってる」
呆れ顔のモナルダに、黒百合は頷く。一番の問題は、ゲストNPCはファミリアではないということだ。独自の判断でNPCとして動き協力してくれる助っ人、というのがわかりやすい表現か。
「これ、イクスプロイット・エネミーも召喚可能ですよね? とんでもない効果ですよね」
「一回のイベントに一回のみだけど、同盟が増えれば増えるほど、同じイベントに参加してたら妖怪軍団ができちゃうんだよね、これ……」
サイネリアの疑問に、白百合も悪用できると指摘する。ゲームでNPCが活躍してPCの出番がないのは本末転倒だ。強力すぎる助っ人というのは便利だが、考えものである。
「……ま、せっかくだからこれを選ぶけど。よっぽどがない限り封印するわ」
「ん、助かる」
このあたりの良心は、モナルダは信用できる。でなければ、同盟の話も二の足を踏んでいたことだろう。
「今回のことで聖務教会のトップも入れ替わったらしいし、英雄のバックアップも約束して新しいミニシナリオが大量に出たらしいから、いい結果じゃない?」
「おかげさまでうちの考察動画も好評で、再生数稼げました。新しい方向性が見えてよかったです」
「そう。それなら良かった」
配信後、聖務教会に不信感を抱かれないか心配していたが某黒幕がそのあたりの泥を全部かぶってくれる方向になってくれた。本人も結局聖女暗殺は失敗に終わり、こちらの世界の混乱を考えて、第一線から引退させられ軟禁状態で隠居することになったらしい。
「ヴラドの方は、どうなんだろうね? 撤退したみたいだけど」
「少なくとも、周囲に被害は出ないと思う。その点は信頼していい」
「……黒百合さん、今回ヴラドさんと仲良くなってましたしね」
格好良かったですよ、とサイネリアに言われて、黒百合は居心地が悪そうに「ありがと」と礼だけ告げた。
“白狼”『ああいうとこだよ、兄貴』
“黒狼”『……今後、気をつけるわ』
なんでもヴラドとのやり取りの動画は、普段の数倍の勢いで女性視聴者に受けが良かったらしい。女性ファンがついた、ということなのだろうが……黒百合としてはいざしらず、坂野九郎は少々複雑だ。
「そっちのクランは今後の予定はどうなってるの? うちはオーレウム中心に動く予定だけど」
「とりあえず、クランハウスに戻って情報収集してから考えるつもり。ホツマ攻略を考えてもいいんだけど――」
黒百合は、そこで一度言葉を切る。個人的にはホツマ攻略を急いでもいいのだが、やはり公式配信者としてはもう少し中央大陸を、プレイヤーや視聴者に紹介してあげたい、という気持ちが強い。
「そうね。ちょっと情報を集めておいてあげる。その代わり、面白そうなのがあったら一枚うちも噛ませなさいね」
「ん、それは問題ない」
むしろ助かる、と微笑む黒百合に、今度は居心地が悪くなるのはモナルダの方だった。
「そこは持ちつ持たれつでいいのよ。こっちの宣伝になるメリットも大きいし」
コホン、と咳払いして言うモナルダに、サイネリアはこっそりと笑みをこぼす。この姉にしては珍しく、目の前の年下のバーチャルアイドルを頼っている節がある。
(姉さん、昔からそのあたり頑張っちゃうからなぁ)
新体操のオンリンピック強化選手だったころ、周囲は大人ばかりだった。なので、妹のいるモナルダは、姉として自分がしっかりしないとと気を張って頑張って期待に応えようとした。そんなモナルダを見て、また周囲の大人は年下の面倒を見てくれるよう期待するようになる。
その結果として、人に頼られ面倒見の大変いいモナルダが完成した。モナルダ自身も、そんな自分を気に入って、積極的に人の面倒を見るようになり、現在に至る。
それがきっかけで、モナルダは人に頼られることに慣れた反面、自分が他人に頼ることが下手になってしまった。頼るより頼られたいのは確かだが、いざ頼ろうとするとどう頼っていいのかわからなくなってしまったのだ。
(その点、黒百合さんはどこか頼りやすいんですよねぇ)
サイネリアは、そのことを察していた。普段の態度や雰囲気から、信頼できてしまうのだ。多分、姉もそれを自覚しているのだろうが――その自覚が、逆に黒百合に頼れなくさせてしまっている訳で。難儀な姉である、だから黒百合相手に微妙に距離感を計っている姉は、サイネリアからすると大変好ましい。
そんな空気の中、世間話へ移行する。どこに行って、何をしてもいい――自由の中でなにを行動するのか、次を決めていいのは自分自身なのだから。
† † †
本当、ホツマ妖怪軍はもっと後半に開放される予定だったのですってば!
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