102話 朝と夜の境界線上4
ハイファンタジージャンルで『どうも! こちらメイド・サーヴァント派遣業ヴァーラスキャールヴにございます!~仕事人間な冒険者の元へ、メイドになったヴァルキリアが押しかけるとこうなるらしい~』というお話を始めてみました。基本、こちら優先ですので不定期になるかと思いますが、そちらもぜひお楽しみくださいませ。
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いつの頃からだろう? たったひとつの言葉が口にできなくなったのは。
† † †
実際、壬生黒百合の飛行はインパクトが強いが、状況の再現はエクシード・サーガ・オンラインなら誰でも可能である。飛行魔法や特殊な原理を用いるアーツ、飛行可能なファミリアへの乗騎などむしろ空中戦も想定されているのがこのVRMMORPGだ。
『行け』
二本の尾を人間大の戦輪へと変えて黒百合は飛ばした。ヒュガッ! と唸りを上げて左右から迫る戦輪を、レッドドラゴンの背に立つヴラドは血の杭を投擲して撃ち落とす。
(見事なものだ)
一二〇〇年の歳月生ける屍だった男は、ヘルムの下で笑った。火力ではヴラドが上で、機動力で黒百合が勝る。この決定打のない戦いの中、勝利を掴むためにどうすればいいのか? それに思考を巡らせることを楽しいとヴラドは感じていた。
『ククク』
強敵と戦い、血が滾る。そんな感覚はすっかり忘れていた。かの国で将となり、常勝を求められた日々。あの時から、血とは沸き立つものではなく凍らせるものだったから。
『勝たなければならないと勝ちたいの差、か』
グルル、とレッドドラゴンも喉を鳴らした。まるで主の血の滾りがこの竜種にも伝播したように――ああ、とヴラドがこぼす。幾度となく死線を共に乗り越えた乗騎の血さえ、己は凍らせてあの日々を戦っていたのだと、今更ながら吸血鬼は察した。
『ならば、行こうか。勝ちを得るために』
『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォッ!』
大気を震わせ、レッドドラゴンが咆哮する。内側から湧き上がる衝動そのままに、吸血鬼の勇士が天を駆けた。
『あのでかさであんなにはやいの、ずっこくね!?』
黒百合の兜にしっかりを捕まって、SDモナルダが言い捨てる。こっちはすっかり、SDがクロライダーの気分であった……なにひとつ、自分の思い通りに操縦していないけど。
『楽しそうでなにより』
『クロだってたのしんでるだろ?』
SDモナルダの言葉に、小さく黒百合が吹き出す。吹き出せるだけの余裕がないはずなのに笑わずにいられないのは、確かに楽しんでいたからだ。
『なら、むこうよりたのしんでやろうぜ。なんもかんもぜんぶでかって、はじめてかんぜんしょうりだろ』
『――ん、だね』
SDモナルダの言葉に、黒百合は二本の尾で大鎧の巨大な腕を作り出し身構えた。駆け上がってくるヴラドとレッドドラゴンに、自由落下の速度を乗せて迎撃――する!
『ごーあへっど!』
『ん、行くっ』
天へと昇る竜と地へと堕ちる鎧武者、高速機動同士の両雄が激突した。
† † †
まず最初に激突したのは、レッドドラゴンと大鎧の右腕だった。体長三メートルの巨体にふさわしい腕でさえ、体長一〇メートルを超えるレッドドラゴンには小さくか細く見える。繰り出される一撃、レッドドラゴンがブレスでその一撃を撃ち落として夜空に爆炎の花を咲かせた。
ボッ! とその炎の花を貫き、“魔狼・遮那王”が駆け抜ける――だが、その眼前に『壁』が迫る。否、レッドドラゴンの尾による薙ぎ払いだ。バキン! と破砕音をさせて、“魔狼・遮那王”が砕け散る。
『――ッ』
だが、その『中』に黒百合の姿はなかった。そのことを目敏く縦回転するレッドドラゴンの背から見切ったヴラドが周囲に視線を走らせる。
(あの左腕はどこに行った!?)
そう、炎の吐息の迎撃。あれが起きた瞬間に“魔狼・遮那王”を脱ぎ捨て、本体は離脱。左腕へと移動し――。
『――ォオッ』
レッドドラゴンへ、左腕が黒百合を投げ放つ! 掌に乗っていた黒百合は、そのままレッドドラゴンの背へ。ガガガガガガガガガガ! と突き刺した小狐丸で急停止するとそのまま竜の背を駆け上がった。
『来い! 英雄』
『行くよ、英雄』
振り払おうと錐揉み回転するレッドドラゴンの背で、走り迎え撃つヴラドと駆け上がる黒百合が交差する。血の杭を槍とするヴラドと黒い刀を手に斬撃を繰り出す黒百合、一合、二合、三合と回転する視界の中で槍と刃が火花を散らした。
『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォオオォオ――!』
尾を引く咆哮を置き去りに、竜は天を目指して飛ぶ。その背で激突を繰り返す黒百合とヴラド。だが、刹那――黒百合が竜の加速に耐えきれずその背から足がわずかに浮いた。
『ッ!』
その間隙、ヴラドの前蹴りが繰り出される。黒百合はその蹴りを受け止めるも、下へと弾き飛ばされた。ビュオ! と蹴り落とされた黒百合は――揺るがぬ闘志で、ヴラドを見た。
ゾクリ、とヴラドの背筋に走るものがあった。違和感、それは六〇分の一秒に満ちるかどうかの極々僅かな時間――ヴラドは、それが黒百合の腰に佩かれた刀のない純白の鞘だと気づく!
『――ッ』
グルン、と黒百合が蹴られた勢いを利用してのバク宙。そのタイミングで、投擲された二尾を絡めた槍が、ヴラドに迫った!
『ひゃっほーい!』
下へ残した大鎧の左腕が投擲した百合花を穂先にした槍に乗っていたSDモナルダが、歓声を上げる。本体である黒百合を囮とした、こちらが本命だ。ヴラドは音を超える速度で迫るその槍に、反応が遅れる――黒百合にいかに集中していたか、その現れだった。
「《超過英雄譚:英雄譚の一撃》」
先の先の先を――壮絶な読み合いに指先分だけ勝った黒百合の渾身が、ヴラドを貫いた。
† † †
■なんか、あのSDが一番ヒロインムーブしているような?
■ギギギギギ、本体より目立つ分身はいねぇのよ!
■いや、キミが乗っけたよね? あの子。自業自得では?
■駄目だ、クロちゃんのカメラだと酔うし他の子の配信だと遠すぎて見えねぇ
不意に夜空を駆けていた竜が、かき消えていった。そして、ひとつの影が落ちてくる――黒百合だ。そのまま大聖堂の屋根に激突する、そう多くの者が思った時、どこからなく飛んできた蝙蝠の群れが黒百合を受け止めた。
「……助かる」
「勝者に、こんな形で倒れられても困るからな」
大聖堂の屋根の上、《血装外骨格》を解除したヴラドが立ち抱きとめた黒百合をその場に下ろす。回避は間に合わず、HPは〇になっていた。最初の決めた条件通り、ヴラドの負けだ。
「これから、どうする気?」
「目的は果たした、ならここにはもう用はない。去るさ」
見上げる黒百合に、ヴラドは穏やかな表情でそう答えた。ヴラドの手には、黒い箱がある。それはクドラクの心臓が封印されたブラックボックス製の封印だった。
「封印を解く方法は?」
「わからない。だが、その方法を必ず見つけ出す。その上で、彼女に伝えようと思う」
――どうか、私のために生きてくれないか、と。
一二〇〇年前言うことができず、後悔したその言葉。だが、もう間違えはしない。今度こそ迷うことなく、言葉を尽くそうとヴラドは決めたのだ。
「ん、そう。頑張って」
「そちらもな」
ヴラドはSDモナルダが腰掛ける妖獣王の黒面を見て微笑する。バサリ、と再び蝙蝠の群れとなってヴラドが神聖都市アルバから飛び立っていった。
東の空が白む、だが、未だ西の空は濃い夜の気配に染まっている。朝でもあり、夜でもある極々わずかな朝と夜の境界線上の戦いが、ここに終わりを告げた。
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《――イクスプロイット・エネミー高位吸血鬼“貴族”ヴラドの撤退を確認》
《――リザルト》
《――ミニシナリオ『明けない夜がないように、沈まぬ太陽もない』クリア》
《――ミニシナリオをクリアしたPCは称号《聖務の護り手》を獲得》
《――偉業ポイントを三〇獲得》
《――クリア報酬二〇〇〇〇サディールを獲得》
《――リザルト、終了》
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後の細々な後始末を残しつつ、ミニシナリオはここで終了です。
なお、偉業ポイントが得られるミニシナリオって結構貴重です。
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