101話 朝と夜の境界線上3
ハイファンタジージャンルで『どうも! こちらメイド・サーヴァント派遣業ヴァーラスキャールヴにございます!~仕事人間な冒険者の元へ、メイドになったヴァルキリアが押しかけるとこうなるらしい~』というお話を始めてみました。基本、こちら優先ですので不定期になるかと思いますが、そちらもぜひお楽しみくださいませ。
† † †
「「――勝負!!」」
宣言と同時、ヴラドのアーツ《カズィクル・ベイ》による血の杭が訓練場を埋め尽くした。観客は巻き込まない距離を見切った広範囲攻撃――もちろん、壬生黒百合を中心とした下からの攻撃を回避する術は、ひとつしかない。
「……ッ」
ドンッ! と鎧武者が、上へ飛ぶ。その手に握られた、一本の尾が変化した槍が天へと真っ直ぐ駆けたからだ。
『――そう来るだろうさ』
思考入力による断言、ヴラドの爪先が地面をトンっと打った刹那。ガガガガガガガガガガガガガガガガ! と血の杭が絡み合い一箇所に集中、血の杭によって形成された大蛇のごとく黒百合を追った。
『お』
おい、クロ! おってきてるぞ! とSDモナルダがおの一音を紡いだその時だ。新たなる形態“魔狼・遮那王”がその真価を発揮した。
『――小鷹の法』
ゴォ! と“魔狼・遮那王”の広げた両肩の大袖と両の腰にあるスロットから、圧縮された空気が噴射。原理としてはジェットエンジンの一種であるターボシャフトエンジンに近い。最初に前に進むことで取り込んだ吸入口からの大気を利用してさらなる加速を生むための空気の噴射を可能としていた――というものだが、これもゲームの物理エンジンだから可能なでたらめを利用した裏技である。
『文字通り、空を飛ぶか』
血の杭による大蛇が、ヴラドの意志により分解。ヒュガガガガガガガガガガ! と射出される血の杭を黒百合は体勢をコントロールして躱していく。大袖と両腰のスロットは可動可能だ。特に大袖を広げれば、小鷹の法の元ネタである義経が自らの姿を小鷹へと変えたという逸話の通り、鷹にシルエットがよく似ていた。
(……ああいう発想は男の子だね)
あのデザインを考えた時は、あんなギミック思いつきもしなかったと吾妻静は苦笑する。あまりの速度に、本当に戦闘機と対空攻撃の応酬を目撃している気分なのだが。
『器用だね、あの子は。あの空間認識能力は私でも厳しい』
『クロってぴょんぴょん飛ぶの、すごく得意なんだよねー』
お互い『ゾーン』が使える騎士とエレイン・ロセッティは、そう思考入力と思考読解で会話する。多くの者がわけも分からず呆然と見るしかないその光景も、ある一定レベルに達した者なら把握できた。
『――――』
キ、ィィィィィィィィン――! と戦闘機にも似た音と共に、二本の尾を太い槍へと変えて自分の横を並走させる。旋回し、ヴラドの真上を通り過ぎる寸前で二本の槍を投下。ドドォ! と空対地ミサイルのごとく地面を砕き、ヴラドを爆発で巻き込んだ。
■剣と魔法のファンタジー、どこ行った!?
■つか、本当にアレ全部フルマニュアルなのかよ! どういう思考回路してんだ?
■『ゾーン』による思考時間の確保がなきゃまず無理なんだろうけど……尾の変形とか、機能とか、前もってコツコツ練習してんだろうよ
■それ以前にあの空間認識能力がおかしいって。あの速度で建物に突っ込んだり、地面に激突しないのもそのおかげだろうけど
そう、純然なるプレイヤースキルの産物だ。実際、この訓練に付き合ったエリザは渇いた笑いしか出なかったほどだ。五〇〇年前の《大英雄》が戦っているところを見て以来の衝撃だったという。
『ク、ハハハハハ!』
だが、ヴラドはその猛攻を凌いでいる。自ら駆けて血の杭による大蛇を駆け上がり、虚空へ跳んだ。
『ここ、だろう?』
『――ッ』
ヴラドの動きを読んで、軌道を変えた――そのはずだった。しかし、その反応まで先読みしてのヴラドの跳躍。投槍器による投擲で音速を越えた血の杭がこれ以上ないタイミングで黒百合を襲った。
『させない』
その血の杭を黒百合は一本の尾を人間大の戦輪へと変化させ迎撃! そのまま杭と戦輪が空中で砕け散って相殺、一気に間合いを詰めた黒百合が空中のヴラドへと百合花を抜いて斬りかかった。
『――!』
ヴラドはそれを血の杭を槍代わりに受け切る。その間に血の杭による大蛇が真横から一斉に黒百合を飲み込む勢いで襲いかかった。
『――おッ』
それを黒百合は全開で噴射し加速、空中で踏ん張りの効かないヴラドを吹き飛ばしながら回避する。
『埒が明かんな』
空中で回転、ヴラドは着地。再び高度を上げた黒百合を見上げ、今度は肉声で告げた。
「ならば、その埒をこじ開ける」
バシャン! と血の杭が血へと戻っていく。降り注ぐ文字通りの血の雨――その血が地面に落ちると地面が赤く波打つ。
「アーツ《ドラクル》」
波打った地面から、浮かび上がるモノがあった。血のような鱗の赤き竜だ。ヴラドがその背に飛び乗ると、レッドドラゴンはその翼を広げ飛翔した。
■は? なんでヴラドが竜なんて召喚するん!?
■あー、そっかそっか、なるほどなー。ヴラドだもんなー、三世って言ってないのか二世の要素も含んでるのなー……ざっけんなァ!
■あー、三世のツェペシュが串刺し公で、二世のドラクルが竜公って意味だったっけ?
■もう世界史の授業みたいだな、くそ! 串刺し公くらいしか習わねぇって!
■もう四世要素でカルガルルとか言って神聖魔法使っても驚かんで……
■ヴラド四世っていたんだ!?
コメント欄を見て、黒百合も苦笑するしかない。なるほど、確かに何世とは断言していなかった。
「無茶苦茶するね」
「その言葉、そのまま返す」
黒百合の正直な感想に、ヴラドの返答とレッドドラゴンの炎の吐息が同時に放たれた。
† † †
アーデルハイド・フライホルツは、呆然とその戦いを見上げるしかなかった。伝説に語られる高位吸血鬼と、称号《英雄》の戦い。それはまさに失われた英雄譚のごとく、現実感のない凄まじさだった。
「……あんなものと、私たちは戦おうとしていたのか」
こぼれる言葉には、自嘲が込められていた。二〇年前、あれと同等――それ以上の存在と戦い勝利した者がいた。そう考えれば、今の聖務騎士団がどれほど頼りないものかまざまざと見せつけられた気分だった。
「私たちは、本当に……」
本当に必要なのか? そのアーデルハイドの疑問は当然のものであり、口にしてしまえば終わってしまう想いだった。自分たちが敵とする者の圧倒的強さと、それに対抗できる実力を持つ英雄の存在。それを目の当たりにすれば、騎士と名乗る自分があまりにも滑稽に思えた。
(ああ……あなたもこんな想いだったのですか? コルネリウス枢機卿)
ゴブリン・ヒーローという英雄と先代聖女の奇跡。魔王にすら届くその力と戦いを見て、恐れたのだろう。自分たちなど、必要ないのではないかという虚しさと恐ろしさ。コルネリウス枢機卿は、それに否と唱え――その結果、聖女という存在の排除を決めた。
アーデルハイドは、魔王クドラクが初代聖女であるという歴史的事実を知らない。知っていれば、強くコルネリウス枢機卿に共感してしまったかもしれない。
いや……共感したとしても、アーデルハイドがエミーリアの命を奪うなどあり得ないのだが。
「大丈夫ですよ」
「……え?」
エミーリアの声に、アーデルハイドは視線を向ける。エミーリアは微笑み、迷わずに告げた。
「ひとりで力が足りないなら、みんなで力を合わせればいいんです。足りないと嘆くよりも、ずっとずっとその方がいいでしょう?」
「そ、れは……」
綺麗事だ、あるいは力を持つ者の傲慢と言ってもいい。あの戦いを見てそう言うには、自分はあまりにも……。
「お嬢さん、もうわかっているのだろう?」
そう口を挟んだのは、騎士だ。アーデルハイドはその言葉に見上げ、視線を受けて騎士は続ける。
「そこで自分が無力だと嘆いて終わる者は、自分の剣の柄に手は伸びないとも。嘆いてもなお、剣を抜く理由があるからこそではないのかね?」
騎士に指摘されてアーデルハイドは初めて自分の手が腰の剣、その柄を無意識に触れていることに気づいた。聖務騎士団副団長にのみ伝わるその剣。あの日、幼いアーデルハイドの脳裏に焼き付いた剣は、確かにここにある――。
「キミは妹を護りたくて、騎士になったのだろう?」
「――え?」
その言葉に、アーデルハイドが目を見張る。なぜ、それを――そう口からこぼれるより早く、エミーリアが言った。
「そうですよ、姉さん。私にとって、あなた以上の騎士はいません」
「え? ふたりとも、姉妹なの?」
それに驚いたのは、エレインである。目を丸くして、エミーリアを見た。
「この間、今ではもう、姉さんにはしてあげられないって……」
「そうなんですよ、姉さんったら髪を短くしてしまって! 昔は長くて綺麗な髪だったのに」
「こ、これは剣を振るうのに邪魔だからであって――」
そう、アーデルハイドはエミーリアの実の姉だった。あの日、聖女候補としてエミーリアが聖務教会に連れて行かれてしまった時、心に決めたのだ。妹を守るため、側にいるために聖務騎士になろう、と。
特に目標となったのが、騎士団の副団長という立場だ。妹を連れ去ったアーツ《転移門》、あれがあれば妹のいる場所にいつだって守りに行けるようになるはずだ……だから、エミーリアが聖女候補となった恩賞の代わりに聖務騎士になる道を求めた。
その願いは叶えられ、アーデルハイドは代々聖務騎士を排出してきたフライホルツ家に養女として迎えられる。当時のフライホルツ家は、数年前に起きた真祖吸血鬼との戦いで後継者を失っていた断絶寸前の家系だった。それが聖女の実の血縁を取り込めるなら――その上、騎士としての素養があるなら文句のない養子縁組だ。
事実、アーデルハイドは副団長の地位を実力で勝ち取っている。そのすべてが妹のため……そう、最初から選択肢などない。アーデルハイドはエミーリアが生まれた時から、この世界で一番の味方なのだから。
“騎士”『本当にこのゲームの開発者はよく調べたものだね……まさか姉までいるとは。随分と懐かしい光景だ』
“金兎”『え? ……ママって一人っ子、だよね?』
“騎士”『そうだとも。ただ、姉代わりというか姉のように慕っていた子がいてね……ああ、そのことは話したことがなかったね』
エミーリアとアーデルハイドのやり取りに、ヘルムの下で微笑みながら秘匿回線でサー・ロジャーは言った。これもいい機会だろう、そう思いながら。
“騎士”『今度、その話もしてあげよう……彼女のおかげで、お前のパパとママが出会ってね――』
† † †
御者さんが気づかなかったのは、養女になっていたことを知らなかったためなのです。
さすがに、妹を追ってそこまでするとは思っていなかった訳で……アーデルハイドさん、頑張りました。
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