99話 朝と夜の境界線上1
ハイファンタジージャンルで『どうも! こちらメイド・サーヴァント派遣業ヴァーラスキャールヴにございます!~仕事人間な冒険者の元へ、メイドになったヴァルキリアが押しかけるとこうなるらしい~』というお話を始めてみました。基本、こちら優先ですので不定期になるかと思いますが、そちらもぜひお楽しみくださいませ。
† † †
その夜、聖務教会は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した――あらゆる意味で。スパンスパン! と快音をさせながら、英雄たちが聖務騎士たちをスタンさせて縛り上げていく、シュールな光景が周囲で繰り広げられていた。
「ヴラドはどさくさに紛れてクドラクを奪っていけばいい。私は、黒幕のところに行く」
「――待て、それでいいのか?」
大聖堂を前にした壬生黒百合の言葉に、ヴラドは思わず顔を歪める。
「いくらなんでも、それは無茶苦茶だ……もしも、私が聖女をまだ殺そうとしていたら、どうするつもりだ?」
「殺すつもりなら、そんなこと言わないと思うけど――」
黒百合は、そう一言で切り捨てる。一刻の時間も争うから、ヴラドを信じる――そんな曖昧な理由ではないからだ。
「――やれるものなら、やってみればいい。今の聖女は、ある意味この世で一番安全が確保されてる」
† † †
コルネリウス枢機卿は、いくつもの手を事前に打っていた。
ヴラドに聖女を殺すように誘導し。聖務騎士団団長ジークハルト・シュトラウスの居場所を押さえられるように会議で行動を事前に把握し。その上で、一部の聖務騎士を自分の側へ寝返らせ――聖女の間がある、離れの隠し通路を発見・利用できるようにしておいた。
「この先だ。いいな? お前たち」
ヴラドが真実を知ったのを察して、コルネリウス枢機卿は隠し通路を使って聖女エミーリアを討つための刺客を放っておいた。総勢一〇名、少数ながら暗殺技能に優れた、表に出せない聖務教会の汚れ役――神罰執行者を。
ガチリ、とほんの小さな音を立て、隠し通路から聖女の間へ続く廊下へ神罰執行者たちは出て――。
「ようやく来たね」
その声に、神罰執行者たちは身構えた。聖務教会の象徴たる白ではなく、黒に身を包んだ神罰執行者たちは見る。廊下、聖女の間への扉を前にひとり立つ“騎士”の姿を。
「内部の犯行だ。本来なら聖女とそのお付きしか知らないはずの通路も利用されると思っていたよ」
「――――」
「本当に、どこの世界でもテロのやり口は変わらないものだね」
その声に、微量にこぼれた怒りを神罰執行者たちは読み取れなかった。だから、思ってしまった。こちらは一〇人、向こうはひとり――実力で劣っても、半数は犠牲になって動きを止めてしまえば殺せるはずだ、などと。
「あぁ、なにも言わなくていい。どうせ、キミたちの意見などないのだろう? 黒幕の主張の又聞きになど興味はないからね。自分の意見を持つなら、こんな恥知らずな真似はしないだろうさ」
吐き捨て、“騎士”はスタン・ハリセンを手に取る。彼にしては珍しく、辛辣な口調で言い切った。
「今回の件の立役者が誰も殺すなというから、殺してやらないよ。せいぜい、のたうち回りたまえ」
――事実、一〇人の神罰執行者全員が十三番目の騎士の足元に転がるのに三秒と必要なかった。
† † †
(いや、この二体のトリケラトプスの相手は楽でいいな)
カラドックは“神通力・黒雲の護り・一片”で物理属性を無効化、こうなってしまえばトライホーンは完全な置物となってしまった。
それでも派手に受け止めるように見せかけるのは、トライホーンならもしかしたらと錯覚させるためだ。その間、この離れの正門から聖務騎士がなだれ込むのは避けられるのだが。
■こちらカラドック。正門は抑えるのに成功している。裏口はどうなってる?
■あー、こっちも心配しないで。こりゃあ無理だわ
■なんか、アレだ……一体だけ、トリケラトプスモドキがこっちの味方してんだわ
「……は?」
――その頃の裏口、そこには三体のトライホーンがいた。だが、その内の一体は明確な意志を持って二体のトライホーンと敵対していた。
『ヴォア』
「く! 貴様! あのトライホーンの御者はお前だろう! なぜ、敵対させる!?」
「そうは言われましてもねぇ」
胸ぐらを掴まれた御者が、曖昧に笑う。そもそもが、怒鳴る聖務騎士の勘違いなのだ。
「いえ、あいつは私の指示を聞いてないんですよ。ようするに、敵対させてないんです……あいつの意志で敵対してるんですよ。あいつは、聖女様の味方ですから」
「ふ、ざけるな! あれはお前のファミリアだろうが!」
二体のトライホーンが地面を蹴って突進する。しかし、一体のトライホーンの身体で止められ、逆に弾き飛ばされる。それを見て、聖務騎士は契約の壺を手に叫んだ。
「なぜだ、なぜあんなロートルに勝てない! もっと死ぬ気でやれ!」
「……やってるんですよ、ヤツらだって」
自分のファミリアの情けなさに怒鳴りつける聖務騎士に、御者は喉を鳴らして笑う。その笑いが癇に障り、殴りつけてようと騎士は右拳を繰り出した。
だが、その右拳は御者の左手に止められる。それは明確に、戦闘技能を専門的に修めた者の動きだった。
「ぐ、御者ご、ときが……!」
「ごとき? ごときと来たか、若造が」
御者が吐き捨て、暗い瞳で聖務騎士を見やる。その瞳に気圧された聖務騎士へ、静かに彼にだけ聞こえるように御者は言う。
「この二〇年、ろくな戦いもなかったんだ。訓練ばかりで、実戦経験もない若造が。こちとら、二〇年前の真祖吸血鬼の戦乱を最前線で生き抜いてるんだよ――名前ばかりの聖務騎士ごときが吠えるなよ」
「ぐ、が、あ……!」
ミシミシミシ、と右手首の関節を決められ、御者の左手一本で聖務騎士がねじ伏せられていく。御者は冷たい視線で見下ろしながら、諭すように言った。
「……あいつをロートルと言ったな。お前、トライホーンの寿命も知らないのか? トライホーンの平均寿命は三〇〇年。あいつは今、一六〇歳でようやく最盛期になったんだよ。図体ばかり立派な五〇歳にも満たないお前らのトライホーンごときが敵うと思っていたのか?」
すべては二〇年前、この世界を救おうと聖務騎士やその関係者、多くの人々が戦い人はもちろん、使い魔たちも散った――その犠牲があったから今があるのだ。
「――せめて、聖務騎士様と呼ばれるぐらいの行動を見せてくださいよ。お願いですから……」
こんなこと言わせてくれるなよ……、と御者は虚しく言い捨てた。
† † †
二〇年という歳月が、茶番と化していく。ギリギリ、と痛いほど歯軋りしてコルネリウス枢機卿は、大股で大聖堂の廊下を急いでいた。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! ここで断たなければならんのだ! 聖女などという悪因は――! その証拠がクドラクだろうが!」
かつて、神にもっとも愛された初代聖女は魔王クドラクへと堕ちた。神亡き今、また聖女が魔王に堕ちたなら、誰が止められるというのか? ただの真祖吸血鬼を止めるために、どれだけの戦力が必要だった? 同じ愚を繰り返そうとなどと、馬鹿らしい!
「待って」
「あ?」
コルネリウス枢機卿は振り返る。彼を呼び止めたのは狼耳に狼尻尾の和風少女――黒百合だった。
「邪魔をす――」
るな、英雄――そうコルネリウスが懐からメイスを取り出して言い切る前だ。一歩で間合いへと飛び込んだ黒百合は、情け容赦なくスタン・ハリセンを振り下ろして沈黙させた。クリティカルで入ったことにより【スタン(大)】を受けたコルネリスが、その場に崩れ落ちる。
「ごめん、急に攻撃しようとするから。聞きたいことがあるだけ、コルネリウス枢機卿がどこにいるか、聞きたかった」
――私だよッ!!!
そう言ってやりたいのに、声が出ない。黒百合は完全に動けなくなったコルネリウス枢機卿を縄でしっかりと縛って手近な部屋に放り込むと、コルネリウス枢機卿を捜すのを再開した。
† † †
温度差で風邪ひきそう。
この二〇年、なにを思って生きてきたのか? きっと、それぞれ違うのでしょう。
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