97話 沈まぬ太陽もない9&三〇〇〇年の歳月を背負う者
ハイファンタジージャンルで『どうも! こちらメイド・サーヴァント派遣業ヴァーラスキャールヴにございます!』というお話を始めてみました。基本、こちら優先ですので不定期になるかと思いますが、そちらもぜひお楽しみくださいませ。
† † †
――パキン、と夜の真っ白な路地で光が始めていく。
「――――」
黒いローブで身を隠し闇に紛れた男、ヴラドがそこにいた。しかし、彼は動かない。正確には、動けなかった。
「やっぱり、ここにいた」
「……よく読んだな、英雄」
薄暗闇から姿を現したのは、壬生黒百合だ。特に注意を払っていたはずだ、だというのに見つかった。それには、ひとつの絡繰りがある。
「なるほど、“向こう”はブラフか」
「ん、みんなにはわざと別のところに誘導してほしいって頼んである」
ヴラドの捜すPCたちは、まったく別の動きを見せている。そこに誘導の意志を感じたからこそ、ヴラドはこの英雄とブラックボックス製の武具を持つ少女がここにいないと思っていた――のだが。
「舐められたものだな。ひとりで私の相手ができるとでも?」
「まさか、そこまで思い上がっていない」
ふたりの距離は、一〇メートル前後。このふたりなら、手が届く距離に立っているようなものだ。一フレームから三フレームあれば、即座に死闘が幕を上げただろう。
しかし、黒百合は敢えて言った。
「私は、あなたに聞きたいことがある」
† † †
――意図は、なんだ?
最初にヴラドが疑ったのは、時間稼ぎだ。こちらがアビリティ《血装外骨格》展開後にアーツ《カズィクル・ベイ》を使用――これに目の前の英雄は対応できるはずだ。
気配を探っても、こちらに動いている英雄たちはいない――とはいえ、戦闘が始まればそうはいかないだろう。
「――――」
黒百合はそれ以上告げない。ただ、真っ直ぐにこちらを見上げるだけだ。その幼い無表情な少女が向ける瞳の輝きに、ヴラドは一度、二度、口を開いて――ローブのフードを取った。
「何が聞きたい?」
そこに込められた真摯な問いに、ヴラドは応じた。それに黒百合はすぐに問いかける。
「あなたが聖女を狙う理由は、クドラクを救うため?」
「――そうだ」
真剣には真剣を、黒百合はその返答を受け取り、なお問いを重ねた。
「どうして、それが聖女を殺すことに繋がるの?」
「――あ?」
ヴラドには、その問いの意味がわからなかった。
† † †
――その反応で、充分。
黒百合は、ひとつひとつ順番を間違わないように言葉を重ねていた。それは、ヴラドに向けるためだけではない。
■え? ちょ、クロちゃんどういうこと? え? クドラクって誰!?
□クドラクは吸血鬼の真祖、ヴラドの仕えていた前序列第五位の魔王です
□ごめんね、もうちょっと聞いてあげて!
■おいおい、これ本当に大丈夫か? 聖務教会と敵対関係にならないか!?
そう、今現在、黒百合は配信中だった。このミニシナリオの参加者へ、ディアナ・フォーチュンと壬生白百合にはコメント欄での解説をお願いしていた。
(これは賭け、この賭けに負けたら、ハッピーエンドの結末は完全に諦めるしかなくなる――)
ヴラドの反応に手応えを感じながら、黒百合は慎重に言葉を重ねた。
「あなたは、こう聞いた。今もクドラクは聖女によって浄化中で、それから救うには聖女を殺すしかない、と」
ヴラドは、答えない。戸惑い、そして震える声で言った。
「……なにが、言いたい?」
「それがおかしいと言っている。ただ浄化を止めればいいだけ――違う?」
そうだ、ここが噛み合わない。ヴラドは聖女を殺せなければクドラクを救えないと思っている。だが、もしも殺さずに救えたとしたら? ――聖女をヴラドが殺す、このミニシナリオの目的はギミックによってクリアされる。
「馬鹿な! 彼女のブラックボックスのカテゴリは、“カースド”! 自分の死を望むために先代聖女を呪い、その呪いが現在の聖女にも受け継がれている! その呪いを解くために、浄化を続けて――」
「だから、聖女を殺さなければ呪いのアイテムが解除できなくて救えない? そう聞いた?」
ヴラドの確信を持って返される反論を、黒百合は真っ向から返す。このやり取りに、視聴者の一部もおかしいことに気づき始めていた。
■ん? おかしくないか? これ
■なにが? ヴラドの言うこともおかしくは聞こえないけど……
■いやいや、うん、確かにちょっとおかしいな、これ
■ヴラド、誰から聞いたんだ? そいつの言うこと信用しすぎじゃね?
そうだ、ヴラドにクドラクが浄化されているという情報を与えた誰か。その誰かが、聖女を殺さないと救えないと言った、本当のこのミニシナリオの黒幕なのだ。
『誰か――それかなにかがあったんだ、ヴラドが聖女を殺そうとする動機。それをどうやってヴラドが知ったのか? おそらくは、そいつこそが本当のこのミニシナリオの起点だ』
吾妻静の言葉が、思い出される。あの人は……と思う。もしかしたら、あの人はあの時点でここまでの絵が見えていたのかもしれない――共感覚という人の感情や人格をより深く見えていたからこその視点の持ち主。推理小説の主人公にしては絶対してはいけない、物証もなく動機を見抜ける名探偵なのだから。
「あなたがそれを信じた理由、それは聖務教会の誰かが情報提供者だったから――違う?」
† † †
「あの、エレインさん……これ……」
「うん、エミーリアさんには見てほしかったから」
聖女の間、聖女エミーリアはエレイン・ロセッティが見せてくれた配信に息を飲む。自分の椅子の下、そこに隠されたブラックボックス:カースド製の封印。その中のクドラクの心臓を浄化し続けた彼女は知っているのだ。
ヴラドの言うことではなく、黒百合が言っていることが正しいのだ、と。だって、この封印は――。
「これを見て、エミーリアさんに決めてほしいんだ」
「……私が、決める?」
「うん」
エレインが、頷く。真っ直ぐにエミーリアを見上げて、その手を握ってエレインは告げた。
「まだ、なにも終わっていないから。まだ、終わりを選べるんだよ」
† † †
「ば、かな、それではあの御方は……彼女、は――」
ヴラドは、一瞬よろめく。まるで足場が崩れたようなよろめき。しかし、ヴラドはよろめくだけで倒れない。それはもう、決して許されないのだから。
「目をそらすな、ヴラド」
対して、強く黒百合が告げる。その強い瞳の輝きに、憶えのある者は多くない――真剣に語りかける時に見せる、坂野九郎の瞳の輝きを。
「お前が認められないなら、言ってやる。それでもなお認められず聖女を殺すというなら、全力で相手をして終わらせてやる。だから、聞け――」
■クロちゃん、男前すぎやん……?
■俺、男だけどクロちゃんになら抱かれてもいいわ
■シー、黙っとき! いいとこだから――
コメント欄も止まる。黒百合の、九郎の、次の言葉こそがすべてを決める、最後の証明。
「自分の死を望んだから? お前の大切な女は、そんな理由で人を呪えたのか?」
――それが、決定打となった。ヴラドが膝から崩れ落ち、俯いた。
「そ、れが、できて、いた、なら……」
そうだ、それができていたのならかの国を解体する必要などなかったはずだ。自らの子と称する吸血鬼たちを護るため、そして他の命を奪うことさえ拒んだ彼女が? 自分が死にたいなどという理由で、人を呪える訳がなかったのだ。
だから、ブラックボックス:カースドのアイテムによる封印で呪ったのは自分、彼女自身なのだ。
「――立て、ヴラド」
俯いたヴラドの胸ぐらを掴み、黒百合が強引に上を向かせる。そのまま額を突き合わせ、瞳を覗き込みながら続けた。
「まだ終わっていない、なにも終わっていない。お前がただ彼女を取り戻したいというだけなら、協力したっていい」
「っ? な、ぜ……?」
「なぜ? 決まってる」
無表情のまま、コツンと頭の妖獣王の黒面を叩き、わずかに口の端を持ち上げて言った。
「こっちも三〇〇〇年生きて、もう死にたいって望むヤツに約束した。どうするか考える、納得の行く答えを出すって。目の前で同じものを背負おうとしている誰かに手のひとつも差し出せないで、なにができるって?」
† † †
そういうとこだよ、九郎君!(エレインに中の人が男と知られて納得されちゃうとこ)
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