96話 悪と呼ばれた者たち4
ハイファンタジージャンルで『どうも! こちらメイド・サーヴァント派遣業ヴァーラスキャールヴにございます!』というお話を始めてみました。基本、こちら優先ですので不定期になるかと思いますが、そちらもぜひお楽しみくださいませ。
† † †
「レっさん? どうしたの?」
フローズヴィトニルが、“血塗れの頭巾”を覗き込む。
周囲はバーラム大森林よりもなお深い森、“中央大陸”の西方にある未開領域タナトス大樹海である。“森獣王”カリストの眷属たる樹獣の徘徊するそこは、決して西の地へ進むことを許さない。
「いや、こっちのことだ。気にするな」
血塗られたフード、その名にもなっているレッドフードの下で彼が浮かべている表情は呆れとも言うべき表情だ。
「もう、そこでおわったらかいわになんないよ? こみゅにけーしょんへたくそだよ、レっさん」
「……お前、どこで憶えてくるんだ? そういう台詞」
「ひび、オイラもせいちょうしてるんでーすっ」
ほめろほめろ、と頬をこすりつけてくるフローズヴィトニルの大きな頭を押しやり、レッドフードは「うっとおしい」と吐き捨てる。
「……なぁ、駄犬」
「なぁに?」
「お前、もしも自分が死にたいと思っていて、ようやく死ねたのにお前に死んでほしくないってヤツが現れて、生き返らされたらどう思う?」
「ん? んん?」
レッドフード自身、自分で言っていてなにがなにやらわからない。目の前の図体ばかり大きい精神的に幼い狼が意味がわからず小首を傾げてしまっても仕方ないだろう。
そう思っていたら、まったく予想のしない疑問が投げかけられた。
「それさ、どうしてオイラしにたいの?」
あまりにも基本で、あまりにも当然な疑問。その答えを導き出すのに、絶対に必要不可欠なファクターをフローズヴィトニルは問いかけた。
「ふつう、しにたいっておもっていきないし、しんだらしんだままじゃない? いきかえることないじゃん?」
「お前、レイドバトル中何度も生き返ってたろうが」
「あれはオイラののうりょくだもん。しんだっていうかいちじりだつ? みたいな?」
ふむ、とレッドフードはフローズヴィトニルの言葉を吟味する。なかなかに真理を突いた見方だ。あれこれ余計なことを考えないから、驚くべきことにまっすぐ正解にたどり着いた、そんな感覚だ。
「そうだな。もう生きていたくない……だから、死んで終わりにしたい。そんなところか」
「んー、ならいきかえってまだしにたいならしぬんじゃない? んで、しにたいりゆうがなくなってればいきる……とおもうかな」
「なるほど、生きていたい。死んでも終わりにしなくていい、と思えたらってことか」
「うん、オイラはね」
あっさりと答えが出て、レッドフードは自身の二〇年を振り返る。彼女の願いを叶えて殺し、魔王に堕ちて跡を継いで――死にもっとも遠い真祖吸血鬼の願いのため、聖女とやらは自ら呪われることを選んだ。
(それも、もうすぐ終わるのにな)
風の噂に聞けば、先代も一〇年前に亡くなり次代がその役目を引き継いでいるという。合計二〇年、皮肉にもゴブリンの平均寿命と同じ歳月、唯一残った心臓の浄化がもうすぐ終わる――本当に、あの時の彼女の願いが叶うというのに。
しかし、歴史の闇に消えていたはずのヴラドがそれを覆そうとしている。
(あの中の誰かの仕業か)
レッドフードがクドラクを討ったその場にいたのは、先代の聖女含めて聖務教会の数名。初老の司祭と若き聖女お付きの騎士、そして聖女付きの神官だ。彼らの誰かが話さない限り、ヴラドがその真相に至るとは思えない。
「レッさん、またはなしがとぎれてるー」
はなそー、と鼻っ柱を押し付けてくるフローズヴィトニルに、レッドフードはのけぞる。ぐいっと片手で頭を押さえつけ、思考を中断されたことに苛立ちながら言った。
「わかったわかった、なら逆はどうだ?」
「ん? ぎゃく?」
「死にたいと思い、ようやく死ねた誰かがいた。お前はそれを生き返らせたい。でも、それはそいつの願いを否定することになる。それでも生き返らせるか?」
「うん」
これにもあっさりと、フローズヴィトニルは答えを出す。こいつ大丈夫か? もう脊髄反射で答えてないか? そうレッドフードが疑ったその時だ。
「だって、それでもいきてほしいんでしょ? なら、オイラなんどだっていきかえらせるよ。そんで、きくよ。どうすればしにたくなくなるのって」
「――――」
レッドフードが、言葉を飲み込む。茶化すのには、フローズヴィトニルの瞳があまりにも真剣な色をしていたからだ。
「……そうか、その手もあったか」
あの時、自分たちはそう考えなかった。ただ、彼女の悲壮なまでの願いを叶えよう、そう思っただけだった。
歴史に“もしも”はない。だとしても、今、レッドフードは確かに思ってしまった。
「あの時にお前がいれば、あの結末も変わったのかもな――」
† † †
わかっている――全ては自分の我儘で、彼女の願いを踏みにじる行為なのだ、と。
(ああ、それでも思ってしまったのだ……私は)
ただ、国を――引いては彼女を護るために外敵と戦う日々。それを終わらせるために、ヴラドは自ら外敵の厄災となった。護られる少数の者にとっては守護神でも、襲い来る敵には死の象徴となろう、と。
そのために屍を積み上げ、積み上げ、積み上げ、文字通り屍山血河を築いたのだ。そうして得た、ほんの一〇〇年の平穏。もはや血塗られたヴラドにとって、クドラクの穏やかな日々を遠くから眺めるだけでも至福の時だった。
――だが、滅んでなお神の祝福は彼女を苦しめた。それはまさに、運命という名の呪いだ。
吸血鬼たちの国、そこに死病が蔓延し始めたのだ。高位吸血鬼たちでも、そのことを知る者は皆無と言ってもいい。魔王クドラクがその原因をいち早く知り、国を解体したからだ。
『原因は私です。魔王としての私の在り様が、今の平穏を許さないから――』
『ならば、その過ちを生み出したのは私です。お命じください、侵略し殺し尽くせと――さすれば、あなたの中の魔王の業は……』
死病の名は、魔王の業。例え彼女が魔王として例外的に悪を成す必要が驚異的に低かったと言えど、魔王としての役割はそれを許さなかった。ヴラドに命じ、外敵の命を奪い続ける――まさか、その行為こそが彼女の魔王の業を支えていたなど誰が考える? 悪を成さぬから、と彼女の同族を死に至らしめて帳尻を合わせるなどと誰が考える!?
『この国を解体しましょう。そうすれば、少なくとも私の魔王の業は我が子たちに降りかからないでしょう』
『二〇〇〇年近い歳月をかけて、あなたがようやく得た平穏をなぜ捨てると言うのですか!? それでは――』
あなたが救われない、という言葉をヴラドは飲み込んだ。今も思う、その一言が言えたら、彼女は自分に命じてくれただろうか、と。
――私の魔王としての悪を、あなたが背負ってください、と。
それこそが望みだった。それで共に居れるというのなら、なんでもした。例え心優しい彼女の笑みが永遠に消えたとしても――生きていて、ほしかった。
(だが、そうはならなかった)
国を解体し、彼女は消えた。決して追ってくるな、と命令され……それに従った。すべての原因である自分にまで、最後まで彼女は慈悲をかけたのだ、とヴラドは思った。
それからの一二〇〇年など、もはや生きる屍だった。ただ死んでいないというだけの日々、ほんの二〇年前に彼女の滅びを知った時にヴラドは思った。
『本当に、それがあなたの救いなのですか……?』
そして、つい最近だ。彼女の心臓が、今も浄化のさなかで――それがもうすぐ終わってしまうのだ、と。
考える前に身体が動き、それよりも早く心が動いていた。あまりにも醜い、あまりにも浅ましい、執着と願望。
神よ、今はもう亡きこの世界の神々よ。罰するのならば、彼女ではなく私を罰すればいい。私はただ、愛した女性に生きていてほしい、それだけの我儘で聖女の命を奪い、彼女を取り返そうとしているのだから――。
† † †
すべての出来事は繋がっています。そして、その解決手段もまた――
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