95話 沈まぬ太陽もない8
ハイファンタジージャンルで『どうも! こちらメイド・サーヴァント派遣業ヴァーラスキャールヴにございます!』というお話を始めてみました。基本、こちら優先ですので不定期になるかと思いますが、そちらもぜひお楽しみくださいませ。
† † †
――聖女エミーリア、すべてのキーは彼女だ。神聖都市アルバの大聖堂、聖女の間への長い道を歩きながら壬生黒百合は……否、坂野九郎は考えていた。
(……オレが聞くしかないわな)
黒百合だけでなく、九郎がそう思う。少なくとも、エミーリアが隠している内容が確定していない今、エレイン・ロセッティを関わらせる気にはならなかった。
(子供扱いって怒る……かな)
怒られるなら、怒られよう。そして、謝ることしかできないなりに謝るつもりだ。わかってもらえる、なんて甘い期待はない。わかってもらえるように努力するだけだ――。
「これは英雄様、どうされましたか?」
思考に没頭している間に、目的地についてしまった。ひとり聖女の間へと向かった黒百合が、扉の前に控えていた女性神官に頭を下げる。確か彼女はサンドラという聖女つきの神官でももっとも位の高いはずのものだが、よく扉の前に控えている。
「突然の来訪、失礼します。聖女様にお話があるのですが……」
「それはそれは……少々お待ち下さい」
この取り次ぎの行為にスキップ機能がないあたり、このやり取りにも好感度なりなんなり上下しているのだろう。選択肢ではなくロールプレイを組み込んでくるのは、どういう意図なのか――。
「聖女様がお会いになるそうです、こちらへ」
「はい、失礼します」
女性神官の言葉に、黒百合は一礼してから聖女の間へと入室する。そこには最初に見た時と同じ笑みを浮かべた聖女エミーリアの姿があった。
「今日はどうされましたか? 黒百合さん」
「はい」
一度、言葉を切った。さきほどの女性神官のやり取りがあるからこそ、紡ぐ言葉が重要になる。
「――ヴラドに関して、お聞きしたいことがあります」
† † †
「……今、このアルバを襲っているという高位吸血鬼、ですね?」
「はい、一二〇〇年の沈黙を破り歴史の表舞台に現れた存在です。かつての魔王の右腕とも言うべき将があなたの命を狙っている――私……は、そう聞いてこの神聖都市に参りました」
私たち、といいそうになった部分を私個人に留め、黒百合は語る。嘘は語らない、ただ事実のみを遠回しに話すのみだ。
「失礼を承知でお聞きします。ヴラドがなぜあなたの命を狙うのか、心当たりはございませんか?」
「――申し訳ありません、私も身に覚えがなくて」
真っ直ぐに、聖女エミーリアを見て黒百合は問う。その視線を受け止め、聖女は短くそう答えるのみだ。ただ、一瞬だけその瞳に憂いの色が帯びたのは間違いではないはずだ。
(――考えろ、キーワードだ)
エミーリアが語れるのならば、最初から狙われた理由を話しているはずなのだ。これがオフゲーであれば総当りすればいい。クドラク、その名を出せば終わるはずだ。
(でも、女性神官がいる)
背後、気配を感じる。こちらがなにを話し、語るのか? その一部始終を聞いている。その理由が、タブーワードに触れた時のための可能性がある限り、そうもいかない。
(初代聖女であるというクドラクは、神聖都市アルバでは禁忌の存在。口にすれば、どんな悪影響が出るかわからない)
二〇年前、このキーワードも同じく怪しい。聖女と聖務教会において、それがクドラクを連想させる言葉だからだ。それと同じように、現在の序列第五位魔王レッドフードに関しても厳しい。
(……地雷原でタップダンスをしている気分)
面白いぐらいにキーワードに地雷しかない。クドラク、二〇年前、ゴブリン・ヒーローだったレッドフード、先代聖女の助力――どれだ? 彼女から情報を引き出せるキーワードは。
「……黒百合さんは、“妖獣王・影”を倒され《英雄》の称号を得られたとか」
「……はい」
唐突にエミーリアがそう切り出した。まったく違う話題転換、失敗したか、と黒百合は思い――違ったことをエミーリアの視線で悟る。
慈愛の笑みを浮かべたまま、その瞳は強く真っ直ぐな輝きを見せていた。そこに込められた真剣な色は、こちらへのメッセージだ。
「その頭のお面……“妖獣王”のブラックボックスから得たものなのですね」
「はい、呪いの品でしたが必要に迫られて」
「そうでしたが。ブラックボックスが開く前でしたら、その呪いも解けたかと思いますが……申し訳ありません、今の私ではお役に立てなくて」
「いえ、これは自分で解決すべき問題だと今では思っています」
黒百合の返答に、エミーリアの笑みがより綻んだものになる。妖獣王の黒面がカタカタと嬉しそうに揺れるのをコツンと指で弾いてお仕置きし、黒百合は改めてエミーリアを見た。
(本当にすごい、エクシード・サーガ・オンラインのNPCのAIは……)
今、エミーリアはヒントをくれたのだ。
――今の私ではお役に立てなくて。
その今のという言葉の意味を考えろ。この場では話せないという意味なら、また日と場所を改めればいい。だが、もしも今のが立場や場所、時間に関係なくエミーリアが置かれた状況を示しているなら――。
「私の友人や知人も、同じようにブラックボックスの力を使っています……呪詛であった“妖獣王”のそれとは違いますが」
「ええ、神敵である“五柱の魔王”や“八体の獣王”、それに準じた強大な存在の力を用いたとしても我らは神敵を討たねばなりません」
ガチリ、となにかの歯車が噛み合った気がした。女性神官は動かない、静かに聖女の決意を聞くのみだ。
「そして、あなたが対峙すべき運命とは“妖獣王”との決着なのでしょう。そのような運命がどなたにでもあるのでしょう。あなたにも」
「はい、どのような運命であろうと向かい合い、相対することが重要かと思います」
ただ、と黒百合は続ける。この言葉で伝わって、とすがる願いを込めながら。
「ただ、三〇〇〇年の想いを背負うというのはなかなかに重いものです」
その言葉に、エミーリアはついに決定的な一言で返した。
「ええ。そのお気持ち、わかります」
† † †
黒百合は、最後の確証を得る必要があった。だから、まだ聖女との謁見を果たしていなかった吾妻静に、ひとつの“確認”を頼んだ。
“不舞”『……当たりだよ、キミの想像通りだ。クロ』
静からの秘匿回線、その背筋が凍ったような響きにモナルダが返す。
“赤姉”『当たりって……どういうこと?』
“不舞”『私の共感覚の話はしただろう? これはエクシード・サーガ・オンラインのNPCにも色が見えるのだが……いやはや、とんでもないホラーだよ、これは。よくあの聖女は、あんな椅子に座れるものだね』
“黒狼”『それが聖女として、先代から受け継いだエミーリアさんの覚悟なんだと思う』
静は見たのだ、聖女の黄金の輝きに混じり座っていた椅子から見える“黒い”色を。その黒はエミーリアにすがるように絡みついては、徐々に縮れて消えていくものだった。
静――城ヶ崎菜摘が共感覚で見えるのは感情の色だ。ならば、あの椅子の中にこそ答えがあるのだろう。
そして、それこそがヴラドを動かす動機そのもの――エミーリアは遠回しに、その中身を教えてくれたのだ。
“黒狼”『おそらく、その椅子の中でクドラクは生きている。その椅子に聖女が座り、聖女の力で浄化している最中』
おそらくはその椅子か、椅子に仕込まれた浄化機構こそがクドラクのブラックボックスの産物で、エミーリアは先代からその役目を引き継いでいたのだろう。
不老不死、この世界でもっとも死から遠い真祖吸血鬼――ただの死では、彼女に終わりをもたらすことができなかったのだろう。
(それをヴラドが知って、クドラクを救おうとしている。それなら、あの必死さも理解できる……)
それでも、いくらかの不可解さは残るが動機としては充分すぎる。
(まったく、随分と胃がもたれるイベントを用意してくれたよ、アルゲバル・ゲームズ……)
だが、これも黒百合――九郎は挑戦状として受け取った。お前たちがどんなエンディングを望むのか、示してみろというその挑戦に九郎はこう答えるのみだ。
(後悔のない、納得できるエンディングを見つけてやろうじゃないか)
† † †
ヴラドさんの心境を考えると、そりゃあ放っておくのはキツいよな、と思います、はい。
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