94話 沈まぬ太陽もない7&名探偵は推理に花を咲かせるか?(後)
† † †
「元々、クドラクは魔王の中で穏健派……いえ、むしろ普通の人類より平穏を愛していた節があるような魔王です。不老不死、もっとも死から遠いと言われた真祖吸血鬼……そして、その正体は神の寵愛を受けた、最初の聖女らしいんです」
プルメリアの語るそれこそが、クドラクの本当の“絶望”だったのだろう。神の愛は聖女にとって呪いに等しく――そして、その愛を否定した最初の聖女の存在を聖務教会は抹消した……この神聖都市アルバでは、この情報は決して得られなかったはずだ。
「享楽都市オーレウムのおっかないとこよ。攻略情報だろうが世界の謎だろうと、裏でお金で取引されてんだもん。正直、ドン引いたわ」
「……世界がひとつに繋がってるって証拠でもある」
お茶菓子をぱくつきながら呆れ顔のモナルダに、壬生黒百合は言葉を選ぶ。それこそオーレウムとはMMO後半でありがちな「PCが遊び尽くして金銭で購入するものがなくなり、お金を懐に溜め込んでしまう」という現象への対策として用意されたのだろう。
お金さえあれば、情報も道具も手に入る。そして、その逆もしかり。お金に変えることができるのだ。
情報の出どころについて黒百合が納得したのを見て、プルメリアは続けた。
「二〇年前、この世界にいたある魔法使いが真祖吸血鬼へと成り上がったそうです。周囲の魔物や亜人を支配し、領土を得ようと画策していましたが……これを阻止したのが後にレッドフードとなるゴブリン・ヒーローと先代聖女、その他こちらの世界の実力者だったそうです」
ゴブリン・ヒーロー、ゴブリンの中から突如として出現したイレギュラー。このイレギュラーは、まさにこの世界の申し子のような存在だった。
「それこそ、一〇〇〇年にひとりとか、何千億にひとりとか、現れるらしいんです。NPCの中に、称号《英雄》を持つ存在が」
事実、五〇〇年前にホツマでひとりの称号《英雄》を持つ織田信長という武将がいたことはこちらの歴史に残っている。そのように世界の自浄作用のように、英雄が現れてはこの世界の窮地を救ってきた――もう既に神のいないこの世界の唯一の救い、それが《英雄》なのだ。
「ですが、ここから話がおかしくなります。なぜか、このゴブリン・ヒーローと先代聖女はクドラクと敵対してしまいます。五〇〇年前、自身の臣下が聖女アンジェリーナとその騎士団と戦っても干渉しなかったクドラクが、です」
「……その理由は、だいたいわかる」
無意識に、黒百合は頭の妖獣王の黒面に触れていた。その感触に思い出すのは、三〇〇〇年という歳月に擦り切れた大妖怪の本性――自らの死を望む、慟哭のような願い。
「クドラクは思った、んだと思う。ゴブリン・ヒーローなら、自分を殺してくれる……ううん、違うか」
彼女たちは見る。黒百合の無表情、その中で瞳だけが痛ましい輝きを帯びたことを。
「この英雄に殺してほしい……きっと、そう思った、んだと思う」
† † †
妖獣王という実例、それを目にしていなければ至らない答え。黒百合がそれを告げた瞬間、沈黙が落ちた。
吾妻静の共感覚が、鈍い鋼の輝きを見ていた。誰かのために見せる、“彼”の本当の色。その輝きが綺麗だからこそ、物悲しい。
「……その流れ的に、ゴブリン・ヒーローはクドラクを討った?」
「あ、はい」
場の空気に飲まれていたプルメリアは現実に引き戻される。小さく深呼吸、なぜか妙に早鐘を打っていた心臓の鼓動を抑えながら言った。
「クドラクはあまりにも強大すぎました。ですので、先代聖女の協力は必須だったと思われます。聖女の力を宿した白木の杭、それを心の臓に刺されクドラクはようやく死に至ったそうです」
ここが断定にならないのは、その場でその光景を見た者がゴブリン・ヒーローだけだからだ。神の寵愛という呪いは、クドラクに死の危険が及ぶのを許さない――自動迎撃してくるクドラクの“影”の群れを越えて、魔王打倒という“偉業”を成し遂げ……魔王へと、堕ちた。
「これが大体の二〇年前の流れです。黒百合さんならもう気づかれていると思いますが………」
「ん、動機として弱い」
そう、やはり二〇年前のクドラクが討たれた件が今回の背景にあったとしても、弱すぎる。まず、本当に聖女への復讐が目的ならヴラドは二〇年前に動いていたはずだ。現在の、次代の聖女を狙う理由にやはりならない。
「可能性としては、いくつか思いつきます。例えば、最近までヴラドが封印されていたとか――」
「それはない、と思う。あれほどの高位吸血鬼が人知れず封印されていました、というなら誰がいつ行なったか、もっと情報があると思う」
「……ですよね」
オーレウムでは、一二〇〇年の歳月表舞台に姿を見せなかった、という情報があるだけだ。正直、クドラクの顛末のオマケで教えてもらえるぐらい軽い情報だったのだ。
(……それに、エリザは一切そんなことを言わなかった。彼女も相応の歳月寝ていたとは言っていたが、情報に疎い訳ではなかった)
あるいは、彼女はクドラクやヴラド、他にいるかもしれない高位吸血鬼の情報を集めているのかもしれない。表立って口にはしないが、彼女は同族――否、一二〇〇年前の王国にいた吸血鬼を大事な存在と思っている節が見え隠れしていたから。
「でも、視点としては正しいと思う。ヴラドが動くほどの理由がクドラク以外になくて、クドラクの最期に先代聖女が関わっているなら、そこになにかあった、という可能性は高い」
「んー、ちょっといいかい?」
そう言って軽く手を挙げるのは静だ。彼女はあくまで裏方、口出しは避けていたが、敢えてここで口を挟んだ。
「なんですか? 静ママ」
「……ママ?」
「あ、バーチャルアイドルがCGモデルのデザインをした人をママと呼ぶ文化があるんです」
「昔からの伝統ですね」
妙な単語が混じった、と黒百合が疑問に思うとプルメリアが説明し、サイネリアが補足する。なるほど、そうなると黒百合にもママかパパがいるのか。なんとも奇妙な文化である。静は咳払いをひとつ、意見を出した。
「これ、本当にヴラドがミニシナリオの起点なのかな?」
「え? えーと……」
「別のNPCか行動が起点になった受動型じゃないのかってこと?」
「うん、それ」
黒百合の指摘に、静は我が意を得たりとニヤリと笑う。貸してくれないか? と黒百合に先程の紙とペンを借りて今度は静が筆を走らせる。
「二〇年前、クドラクが討たれた。ここをまずはスタートと考えよう」
丸を書いた静は横へ長く一本の線を書く。その上で「問題点、二〇年の空白?」と書き記す。
「ヴラドはクドラクの忠臣だ。本当にクドラクを守りたいと考えるなら、行動を起こすタイミングがおかしいんだよ。すべては二〇年前に起きていないとおかしい」
「ん、動機がクドラクの復讐じゃない?」
「ああ、そう考える方が自然になる」
二〇年前の事件、これはこれでもうひとつの事件として完結しているのだ。そう考えた上で、線の中心に静は丸を書く――「二〇年後、ヴラドが聖女の命を狙う」と綴った。
「で、ここ。急にヴラドが動き出す。唐突にここでヴラドが聖女を狙う動機が生まれた訳だ。おそらく、ヴラドは聖女を殺すだけの理由を得たんだ」
ならば、それはなにかまではわからない。だが、どうしてまでなら想像できる。
「誰か――それかなにかがあったんだ、ヴラドが聖女を殺そうとする動機。それをどうやってヴラドが知ったのか? おそらくは、そいつこそが本当のこのミニシナリオの起点だ」
「……確証は?」
静はその問いを聞き、肩をすくめる――メタ視点からの推理だ。
「だって、このタイミングで称号《英雄》がいないと倒すのが困難なイクスプロイット・エネミーを投入するなんてゲームバランスが悪いだろ?」
そう、あくまでエクシード・サーガ・オンラインというゲーム内のミニシナリオとして見た時、誰もが抱いていた感想こそが答えなのだ。
「断言できる、イクスプロイット・エネミーヴラドはただ倒すことが目的のエネミーじゃない。ギミック攻略系のエネミーってことさ」
† † †
「…………」
静の意見を噛み砕くと、確かに納得のできるものだった。ゲームバランスの悪いミニシナリオのエネミー、これをただ倒すのではなくなにかしらのギミックで撃退するなり排除するなりPCに考えさせた方が、まだ納得できた。
「そう考えて、逆算してみればいい。情報は歯抜けだが、重要なピースは揃ってるだろう?」
「ヴラドは誰かによって聖女を殺すだけの動機を与えられた?」
「うん、その動機を見つけ出し対処する。おそらくは、このシナリオのギミックはそこだ」
静は紙に「5W1H」と記す。
「誰が、いつ、どこで、なにを、どうしたのか? 重要な情報はこれだ。このミニシナリオのどこかで、この情報は得られるはずだ」
「……底意地が悪い。普通、誰もこんな答えに行き着かな――」
「いや、そんなことはないよ。元凶クン」
黒百合の感想を、そう静は否定する。静は、ここで紙に一文記した――それは「称号《英雄》の不在」という一文だ。
「キミが“妖獣王・影”をチュートリアルで独力で撃破し、称号《英雄》が生まれた。これ、間違いなく今回のミニシナリオにとってはイレギュラーなのさ」
「……あ」
プルメリアが小さく声をこぼす。静の言葉の意図に気づいたのだ。このミニシナリオは受動型、だとしたらタイミングそのものは最初から決まっていたはずだ――。
「称号《英雄》がいなければ、このタイミングでそれが有効な敵が出てきたらおかしいって思います……よね?」
「……ん、それで元凶。理解した」
壬生黒百合というイレギュラー、このタイミングにいるはずのない称号《英雄》の持ち主。それがこの答えへ至るはずの思考を遮ってしまったのだ――不幸な事故である。
「ま、それは別にいいとして。アルバで入手できない情報がオーレウムでは入手できた、ならその逆もしかりさ」
「……なるほどねー」
『はんぶんもわかってないだろ、ほんたい』
「そこはわかっている風を装うのよ。配信テクのひとつでしょ?」
配信画面に心の声は配信されない、なるほど真理だ。最後、今まで沈黙を守っていたカラドックが口を開いた。
「だとすれば、もっとも重要な情報……動機を握ってそうな人物を調べるべきだな」
カラドックの意図は明白だ。そして、黒百合も自分に意見を求められた最大の理由を理解する。
「聖女エミーリア、彼女が重要な情報を握っている可能性が確かにある」
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頭脳担当:プレメリア・黒百合・静(裏方)
聞き役 :サイネリア・カラドック・SDモナ
相槌担当:モナルダ
地味に相槌担当って重要だったりします。
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