93話 沈まぬ太陽もない6&名探偵は推理に花を咲かせるか?(前)
† † †
神聖都市アルバの割り当てられた部屋に、見知った来客があった。
「久し振りだな、黒百合さん」
「うん、久し振り……」
ガシャンガシャンと前よりもフルプレートメイルの装甲が増したカラドックの姿に、壬生黒百合は戸惑った。解説を求めてモナルダとサイネリアの赤青姉妹と吾妻静を見るが、曖昧に笑うだけだ。流せ、というパスだと判断、黒百合は改めてモナルダを見た。
「借金、返し終わった?」
「ぐ! 人のそういう配信を見なくていいのよ!」
「ここにいるのが答えですよー」
サイネリアが言外に返し終えましたと答えると、黒百合はコクンと頷く。
「あのミニシナリオは興味深い。銀行があるからポーカーを一回やる分の金額を残しておいて、わざとバーストすれば簡単にミニシナリオに入れる」
「は、はは……賭け事をそんな手抜きするようじゃお子様よ、お子様……っ!」
ほら、私の言った通りだろう? と静の視線に、モナルダは渇いた笑いを浮かべる。なるほど、静なら自分も思いついた手ぐらい思いつくかと黒百合はそのやり取りを見た。
「クランのメンバーで、ヴラドのミニイベントに参加を?」
「ええ、それであんたの意見がほしいのよ」
モナルダが視線を送る先、そこにいたのは眼鏡姿がよく似合う少女だった。黒セーラーの制服によく似たデザインの衣装にファンタジー風の白のケープと口元を隠す白いマフラーの小物が、剣と魔法のファンタジーという世界観からの乖離を防いでいた。その手には分厚い本を持っていて三編みに黒髪という外見から、文学少女のようなイメージが強い。
「初めまして、私、プルメリアと言います。モナさんのクラン《百花繚乱》でバーチャルアイドルを始めさせてもらったばかりで……」
「私は壬生黒百合、よろしく。プルメリアさん」
コクン、と頷いて握手する。握手を終えて静を見ると、小さく肩をすくめる――どうやら、彼女がCGデザインしたバーチャルアイドルらしい。
「こっちの情報はある程度、配信で出している。だとすると、意見がほしいのはまだこちらがわかっていない件?」
「そうです、この手の話は黒百合さんが得意だってみなさんが」
赤青姉妹と静、カラドックを見る。追加情報がないあたり、彼女たちの総意なのだろう。
「わかった、私でわかることでよければ」
「充分です、ありがとうございます」
† † †
黒百合に割り当てられた部屋でテーブルを囲みながら、黒百合はプルメリアの説明に興味深そうに考え込む。
「うん、能動型と受動型。その分類は、とてもしっくり来てわかりやすい」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
黒百合の感想に、少し照れたようにプルメリアは返す。この分類はわかりやすさを優先した、彼女独自の分類だ。それを一度の説明で理解する――。
「その説明なら、あなたが持った疑問もわかる。ヴラドが聖女の命をなぜ狙うのか……そうでしょ?」
――その上で、一を聞いて一〇にたどり着く。驚いて言葉が止まるプルメリアに、静が代表して言った。
「クロはこういう相手だ、遠慮はいらないよ」
「は、はい」
いや、遠慮はさせてくださいよ!? と視線で訴える黒百合を静はスルー。なぜか出てきていたSDモナルダが、乗っかった黒百合の頭の上から言った。
『クロ、クロ。どうしてそうおもったんだ? あたし、ちんぷんかんぷんなんだけど』
「ん、だって受動型だとしたらヴラドの襲撃はこのタイミングでなければいけない理由があるはずで――」
黒百合は、一枚の紙を取り出すと二本の線を引く。上の線には『能』と書いて、下の線には『受』と書き込む。
「まず、この線が時間の流れ、時間経過だと思って」
『ふむふむ』
「能動型だと、PCの行動や選択肢が基準になるからどこからでも始まる。ゲーム内世界においては、ミニシナリオが始まる理由は行動や選択の結果ってことになる」
黒百合は『能』の線に、無数の丸を描く。この丸がミニシナリオの始まるタイミング、PCの行動や選択肢となる。
「受動型だと世界観やNPCの行動や選択がミニシナリオの開始点になる」
次に黒百合は『受』の線に、ひとつの丸を書く。受動型の場合、この丸のタイミングはひとつのみ、決して動かない。
「んで、次はPCの参加タイミング。能動型は、ミニシナリオが始まったタイミングになる」
黒百合は『能』の線に書かれた丸にレ点を打っていく。このレ点が、PCがミニシナリオに関わり始めるタイミングとなる。PCの行動や選択の結果始まるのだから、当然PCが関わり始めるタイミングはそこが基本になる。複数人が関われる能動型だとまた例外が生まれるが、敢えて黒百合はそこを無視――わかりやすさ優先で解説を続ける。
「受動型は開始時と逆で、ミニシナリオが終わるタイミングまでいつでもPCは参加できる。だって、いつ始まるかわからないんだから後から参加できませんではミニシナリオとして成り立たなくなる」
今度は黒百合は『受』の線に無数のレ点を書いていく。さっきとはまったく逆の展開、特徴だ。
「プルメリアさんは、ヴラドが一二〇〇年前に姿を消してから今まで歴史の舞台に関わらず、人とも争っていない。なのに、突然現れて聖女の命を狙うことに違和感を覚えた……違う?」
「……そ、の……通り、です」
『ふえー、なるほどなー』
ああ、この人天才型じゃなくて秀才型だ、とプルメリアは内心で舌を巻く。相手の視点と自分の視点、それをきちんと精査し判別し、その上で言語化できる。天才のようなひらめきではなく、経験や憶測、推理、理論的思考で正解を導き出すタイプだ。
「ね? クロに意見を聞こうって言った意味、わかったでしょ?」
「で、ですね……すごい参考になります……」
「そ、そう?」
期待値を上げられても困る、というのが黒百合の本音だ。自分がそこに至ったのはエリザという隠し玉があってこそだ。自分もまた同じ疑問を抱いていたからこそ察せられた、それが大きいのだ。
「実は、それについてひとつ聞いてほしい情報があるんです」
ここからが本題、と言うようにプルメリアは一度区切り、言葉を続けた。
「私の方で、ヴラドがなぜ聖女を狙うのか途中までは推測してみたんです。黒百合さんは、二〇年前に起きたことを知っていますか?」
「二〇年前……?」
黒百合は考え込む。確か、その年数をどこかで聞いたことがある気がする。どこだったか……。
『“五柱の魔王”先代序列第五位魔王クドラク。妖獣王白面金毛九尾の狐様とほぼ同じ時を生きて、つい二〇年ほど前に現序列第五位魔王“血塗れの頭巾”に討たれ代替わりされた真祖吸血鬼です』
思い出した、大嶽丸のところで護法が確かにそう言っていた。
「――あ。もしかして、先代序列第五位魔王クドラクが今の魔王に討たれた話?」
「はい、それです」
「確かにクドラクに唯一の忠誠を誓っていたヴラドが思うところがあるのは理解できる。でも、それと聖女の命を狙うのに関係がある?」
黒百合の疑問は、もっともだ。もしもクドラクを討たれた復讐がしたいなら、現在の序列第五位魔王レッドフードにするべきで――。
「これは聖務教会ではなく、別ルートでの情報です」
「享楽都市オーレウムで金で買えないものはない……とはいえ、大奮発したけどね」
モナルダの言葉に、黒百合はひとつの答えに行き着く。だが、これは自分が口にすべきではないだろう――黒百合は次のプルメリアの言葉を待った。
「今の聖女エミーリアではありませんが、ゴブリン・ヒーローであったレッドフードに先代聖女の助力があったんです。私はこの件が今回のヴラドの聖女殺害の目的に関係あるんだと思うんです」
† † †
推理でシナリオの本質に迫る、これもまた立派な攻略方法なのです。
そして、推理パートは後編に続きます。
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