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10話 『ゲームの枠を超えたゲーム』(後)

 エクシード・サーガ・オンラインはハック&スラッシュを基本としたVRMMORPGである。

 加えてクラスもジョブも存在しないため、この手のMMORPGにありがちな生産職が存在しない。だから、エクシード・サーガ・オンラインでは戦うことしかできない……()()()()()()()


「プレイ動画だけじゃないんです。例えば歌の動画をこのゲームの中で撮ってアップしてもいいし、ゲームの世界で映画だって撮れちゃうんですよ」

「……課金してチャンネルを開設すれば、そういう遊び方もできるってこと?」

「そういうこと。ディアナさんは歌とかそっちの方が本職なの。だから、“アイドル枠”って訳」


 ディアナの説明に抱いた壬生黒百合(みぶ・くろゆり)の疑問を、そう壬生白百合(みぶ・しろゆり)が補足する。


「ゲームは、その……趣味ではするんですが……とても、クロちゃんたちほどじゃないんです」


 申し訳無さそうに、ディアナが付け加えた。正直に言えば、彼女の予想以上にゲーム技術が求められていたというのが問題か。


(アルゲバル・ゲームスは、普通のゲーマーでもへたすると心を折りに来るからなぁ)


 まさに心折設計というヤツだ。黒百合、坂野九郎(さかの・くろう)はそのことをファンとしてよく知っている。


「向こうからすれば、“聖女の守護者”ぐらいは倒せてほしいってとこらしくてさ」


 高い最低ラインだよねぇ、と白百合は苦笑する。自身はそれをクリアした――だからこそ、それが無茶なラインだともわかるのだ。


「引き受けたからには、きちんとこなさないとと思うんですが……」

「ん」


 自信がない、そういうことなのだろう。ディアナの表情からそれを読み取った黒百合は考え込み……答えた。


「……手がない、訳じゃない」


 黒百合の言葉に、ディアナがじっとこちらを見る。真剣なのだろうその瞳を真っ向から受け止めて、黒百合は解決策を提案した。


「エクシード・サーガ・オンラインは、武器や防具、装飾品(アクセサリー)で必要なアーツやアビリティを手に入れてカスタマイズできる。技術が足りないなら、それで対処するしかない」


 真っ当と言えば、真っ当なゲーム的な解決方法だ。でも、とディアナは頭によぎった疑問を口にする。


「でも、チュートリアルを先にこなさないと――」

「ううん、実はそんなことない」


 ディアナの疑問を、黒百合は真っ向から否定する。その()()は、最初からあったのだ。


「チュートリアルを開始するか、どうか判断できた。なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 あ、と白百合とディアナが揃って声を漏らす。そう、エクシード・サーガ・オンラインというゲームは、わざと不親切な部分を残している。説明せずに、できるかどうか行なうかどうかの判断を遊ぶプレイヤーに委ねているのだ。


「実際、クローズドβでも〈聖女の墓所〉以外での称号《英雄候補》の獲得方法がないか試すためにチュートリアルをわざと飛ばした人たちもいたらしい」


 ただ、クローズドβでは〈聖女の墓所〉以外での獲得方法は発見されなかったし、へたに《英雄候補》の称号を持たないで、ダメージを与えられないイクスプロイット・エネミーと遭遇したらなにもできないまま詰んでしまうのであまり旨味がない、という結果になったらしいが。


「ただ、チュートリアル前にフィールドやダンジョンにはいける。通常のエネミーを倒したり、採集したり、装備を整えることはできるから……」


 それで足りない技術を補うことはできるはず、という黒百合にふたつ目のケーキを食べ終えたエレインが立ち上がる。


「ん、じゃあ決定だ! ディアナんの装備をグレードアップしよ!」

「え? でもいいんでしょうか? 運営からすれば、ゲームの腕前を見たいんですよね……?」

「え? それ、問題なの?」


 ディアナの迷いに、エレインはキョトンと小首を傾げる。それに、黒百合も付け足すように同意した。


「……遊び方は人それぞれ。ゲームのシステムが許している解決法でクリアしたなら、それでいいはず」


 むしろ九郎の抱いているアルゲバル・ゲームスの印象では、褒めこそすれど文句は言わないはずだ。


「……ゲームなんだから。クリアするための努力を否定される方がおかしい、よ」

「……っ」


 黒百合の言葉に、ディアナが息を飲む。それは彼女が真剣に悩んでいたからこそ、至れなかった答えだったから。


 だからこそ、表情の乏しい黒百合の瞳の中にある真剣な色にディアナは思い出していた。


   †  †  †


(ああ、本当にゲームが好きなんですね、クロちゃんは……)


 ディアナは――ディアナの()()()は、歌うことが好きだった。

 ただ、彼女は人前で歌うのが苦手なあがり症だった。それでも歌いたくて、歌を誰かに聞いて欲しくて、どうすればいいか真剣に考えて……その内にVRの世界で歌う、バーチャルアイドルという存在を知った。


 (中の人)ではない、(ディアナ)なら人の前でも歌える。それに気づいた日から、バーチャルアイドルは彼女にとっては救いであり、かけがいのない夢となった。


「このゲームを、ゲームだけで終わらせたくないんです」


 エクシード・サーガ・オンラインの営業部門の人が、そう彼女に熱く語ってくれた。リアルに作られたこの世界を、エクシード・サーガ・オンラインというVRMMORPGのためだけではなくゆくゆくはさまざまな分野を発信するVRエンターテインメントとして売り出したいのだ、と。


 そして、彼女はエクシード・サーガ・オンラインの世界を見た時思ったのだ――この世界で、歌ってみたいと。


 彼女はゲームも好きだった。VRを学ぶ上で趣味として遊ぶようになったのだが、景色や物語に感動したり、下手なりに努力してクリアできたらとても達成感があった。


 それでも、歌とゲームを比べれば熱量で歌の方が勝っていたのは確かで……黒百合が、あの“妖獣王(ようじゅうおう)(エイリアス)”との戦いで見せた姿に、気後れをしてしまった理由もそれだ。


(クロちゃんもシロちゃんも、エレちゃんも……ゲームが好きなんですね)


 それはきっと、自分にとっての歌と同じで。同じぐらい真剣な夢があるからこそ、自分なんかがいいのだろうか、と後ろ向きに捉えてしまった――彼女は、ディアナ・フォーチュンであるはずの自分は、大事なことを忘れてしまっていたのだ。


(私の夢はこの世界で歌うことなんだから……そのための努力をしないなんて、嘘だ)


   †  †  †


「気に入ったぞ、クロ! お前、わかってるヤツだな!」

「……できれば叩かないでほしい」


 バンバンと満面の笑顔でエレインに背中を叩かれる無表情の黒百合。『姉』からの視線によるSOSも白百合は呆れたように眺めるだけだった。


「あの……っ」


 ディアナが声を上げると、三人の視線が自分に集まる。その視線に、先程までなら気圧されていただろうディアナは、まっすぐに受け止めて頭を下げた。


「私も、この世界で歌いたいから――力を貸して、もらえますか?」


 夢のためなら、どんな努力だってしてみせる。ディアナが思い出したのは、その覚悟と決意だ。


 その真剣な言葉に、仲間たちは三者三様頷いた。


「一応、作戦はある。その上で、どんな素材が必要か調べる」

「エネミーとの戦闘は、アタシたちも手伝えるからな!」

「街売りの方も調べてみよっか? お金はかかるけど、手に入るならドロップや採集より確実に手に入るし」


 ゲーマーが三人集まれば、大概の知恵が出るものだ。それを見て、ディアナも笑みをこぼして相談に加わった。

営業部門「ゲームで終わらせるのはもったいないですよ!」

ゲーム制作部門「ゲームとして作ったんだからゲームとして遊べよ!」


両者にはこんな確執がございました。


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