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91話 沈まぬ太陽もない4

   †  †  †


 ズン……! と夜更けの神聖都市アルバ、その片隅で血の棘が血と命を貪っていく。


「懲りない連中だ」


 アビリティ《血装外骨格ブラッディ・エクソスケルトン》によって鮮血色の全身甲冑を身に纏う“串刺し公(カズィクル・ベイ)”ヴラドは、もう幾度目かわからない蹂躙に吐き捨てた。五〇〇年前の聖女アンジェリーナとその騎士団との戦いにも参戦しなかったヴラドだ、それでも向こうが“本気”で来ていないのはわかっている。


「そういう意図か」


 ヴラドは通りを抜けて、英雄たちの意図を察した。そこは枯れた噴水が中心にある広場だった。狭い路地を利用して敵の視界を制限していたヴラドにとって、面倒な地形だった。


(誘ったということは――)


 周囲へ鋭く、ヴラドは視線を走らせる。広場へと射線が通る建物は()()()、遠距離攻撃はそれを注意しておけばいい――。

 だが、広い空間は近接攻撃という意味では英雄たちにとって最悪な選択肢だ。この期に及んでそれを理解していないとも思えない。

 ならば、この地形を選んだ理由はひとつだ。


「あなたが、ヴラド?」


 枯れた噴水の前に立っていたのは、ひとりの小柄な少女だ。黒い長髪と狼耳に尻尾を持つ和風の少女。その佇まい、纏う空気にガキン、とヴラドのヘルムが歪み、笑みを作った。


「――なるほど、英雄か」

「それを返答と判断する」


 ふたりの間で、緊張が高まる。ひりつく空気、指一本でも動かせば即命の奪い合いが始まる殺意と戦意の激突……否、そういう意味なら、もう戦いは始まっている。

 気勢による探りとフェイント、その駆け引きは対峙した瞬間から始まっていた。例えば瞳の動き、例えば呼吸、例えば肩や爪先と言った動きの起こり。耳が痛くなるほどの静寂に満ちているはずのその空間が、今か今かと熱を帯びていく――。


「――アーツ《カズィクル・ベイ》」

「――“黒面蒼毛九尾こくめんそうもうきゅうび魔狼(まろう)”」


 不意に始まった戦いに、血の棘が視界を埋め尽くしその上を蒼黒い九尾の魔狼が駆けた。


   †  †  †


 ヒュガガガガガガガガガガガガガガガガ! と縦横無尽に伸びる血の杭、それを蒼い大太刀に乗って飛び壬生黒百合(みぶ・くろゆり)がヴラドへと迫った。ドドン! と二本の尾を変形させた大太刀を射出、ヴラドは己を貫かんとする二本の大太刀を一本の血の杭を槍へと変えてギギン! と弾いた。


(――防いだでござるな)


 広場が見える白亜の塔からそれを見て、サイゾウが内心でこぼす。今まで、一度として防御を見せたことのない――より正確には、攻撃さえ届かなかった――相手の行動に、サイゾウは目を細める。


“忍々”『防御したとなると、やはり称号『英雄』なら攻撃が通るようでござるな』

“銀魔”『そうなると、どこまで削れるかの勝負になりますね』


 秘匿回線でディアナ・フォーチュンが返答すると、サイゾウはコクリと頷く。おそらく、ヴラドを倒すのにはダメージ系《超過英雄譚(エクシード・サーガ)》を最低は一〇回は当てる必要があるだろう。聖女を護るためにミニシナリオに参加しているPCプレイヤーキャラクターの人数的に数は足りている。


(問題はふたつ、《超過英雄譚》だけで削りきれるとは限らないことと――まず、ダメージ系《超過英雄譚》を発動させられるかどうかでござるか)


 マーナガルムに始まって《双獣王(そうじゅうおう)》の眷属はどれもこれも体躯が大きく、攻撃を当てるだけなら難しくなかった。そのため、《超過英雄譚》の回数を稼ぎやすいイクスプロイット・エネミーだった。

 しかし、ヴラドはまずサイズが人間大であり、また戦闘技能に優れている。攻撃を防御や回避されれば、ダメージ系《超過英雄譚》がまず発動できないのだ。そういう意味で、ただ囲んで殴ればいいという相手でもない。


(だからこそ、攻撃を当てるための前準備と事前に削れるだけHP(ヒット・ポイント)を削って一気に決着を付ける必要があるのでござるが――)


 ――だが、黒百合は攻めあぐねいていた。四方八方から迫る血の棘を九本の尾と抜刀した百合花で受け流しながら、間合いを詰めきれない。


(戦闘技巧なら蚩尤(しゆう)が上、身体能力なら大嶽丸(おおたけまる)には遠く及ばない。圧力って面なら、妖獣王(ようじゅうおう)(エイリアス)”の方がある)


 だが、ヴラドには一切の遊びがない。戦いを楽しまない、ただ相手の戦力を推し量り、相手の嫌う間合いを見切り、着実に攻めてきた。へたをすれば、アビリティ《月光を追う者(ハティ)》を用いたハティの“影”でも、相性次第でヴラドの方が厄介な敵となりえるだろう。


(一方的に不利な詰将棋をやらされてる気分。こっちに付き合ってくれない分、厄介――)


 このままでは、一手のミスで押し切られる。だからこそ、こちらも“手札”を早目に切る!


「――エレイン!」

「うん!」


 不意に、建物の屋根から飛び降りたエレイン・ロセッティが白銀の長剣を大上段でヴラドへと振り下ろした。背後からの奇襲にヴラドは振り返りさえしない、ガギン! と白銀の長剣がヴラドの甲冑に火花を散らして食い止められる。


「――――」


 捨て台詞さえない、ヴラドは血の杭でエレインを串刺しにしようとするもすかさず黒百合が飛ばした三本の尾を変形させた三つの盾が血の杭を受け止める! その盾のひとつに降り立ち、エレインは唱えた。


「――誓う。我が騎士道は武勇によって立ち、勇気を持って貫き――慈愛をもって、弱者の剣たらんことを」

「――ッ!?」


 ヴラドが、動こうとした。だが、もう遅い。


《――汝が騎士道に誉れのあらんことを》

「――“百獣騎士剣(ひゃくじゅうきしけん)獅子王(ライオンハート)双尾(ツインテール)”!」


 白銀の長剣を黄金が包んでいく――それと同時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


   †  †  †


 ――これは情報というアドバンテージが生んだ一撃だ。


()()()()では、称号《英雄》以上でないと通常攻撃ではダメージを与えられませんわ。ま、もうひとつブラックボックス製の武器やアーツなら、通常攻撃も通るようになりますけど』


 エリザという高位吸血鬼、“貴族(ノーブル・ブラッド)”が身内にいたからこその情報アドバンテージ――黒百合は、これを利用した。


   †  †  †


「行け――」


 三つの盾の内、エレインが乗っていないふたつの盾を大鎧の両腕に変えて真下からヴラドを掴み上空へと飛ばした。ゴォ! とヴラドが抵抗する隙を与えず上へ、その間に二本の尾を絡め合わせ百合花を切っ先に装着させた槍へ。


「ゲイ・――」


 そして、黒百合はその槍を放る。クルクルと回転しながら落下してくる槍を大鎧の右足を一本の尾で作り出し、振りかぶった。


「――ボルグ!」


 伝承に曰く、ケルト神話で語られるクー・フーリンは影の国にて女神スカアハにゲイ・ボルグという魔槍を授かったという。また、そのゲイ・ボルグとは槍のことではなく足を使って槍を投擲する投擲法とも伝わっている。

 すなわち、今、黒百合がやろうとしているのは、後者のゲイ・ボルグだ。

 ガゴン! と槍の柄頭を大鎧の右足がサッカーのボレーシュートのように蹴り飛ばす! 音に迫るその凄まじい槍はヴラドの心の臓を――貫けない。


「――ッ!」


 ヴラドの姿が一瞬で消えて、無数の蝙蝠となって散ったのだ。その蝙蝠は群れをなして建物の屋上へ集まり、そこで再びヴラドに戻る。ただし、《血装外骨格》の甲冑を失った姿でだ。


「やってくれたな、英雄」


 長い黒髪。豪奢な黒地に銀の細やかな刺繍が施された黒のコート。また、黒の長ズボンに革製の長靴――貴族然と着飾った壮年の男だ。幽鬼のように青白い顔に、その赤い瞳だけ爛々を輝かせ、ヴラドは無表情で吐き捨てる。


「もう時間がない、今日は退く。今度は対策を立てて挑ませてもらおう」


 ヴラドの姿が、崩れていく。再び蝙蝠の群れとなったヴラドは、夜空へと散っていった。


「……あっさり退いたね」

「そっちの方が面倒」


 引き際が良すぎる。エレインの感想に、黒百合はため息をこぼした。対策を立てる、と言ったからには次にこちらが戦える時は、確実に対処できるようになってからだろう。


「んー、やっぱり騎士剣のことはもう少し隠した方が良くなかった?」

「ううん、私以外にエレインがいるって警戒してもらわないと、多分、時間を稼げない」


 黒百合は頭に黒い狐面を戻しながら、そう答える。ひとりに対して対処するか、ふたりに対して対処するか、それだけで処理する情報の量が跳ね上がる。タイムリミットがある今回に関しては、逆に迷ってもらわないと逆にこちらが攻略されかねない。


「今回で決着がつくとは、こっちも思っていない。初戦としてはこれで充分な戦果」


 そして、ヴラドがこちらの対策を練るようにこちらもヴラドの対策を考える時間がほしい――そういう意味では、初戦は双方の痛み分けと言っても良かった。


   †  †  †

強い、というより手強い、ヴラドさんはそういう(エネミー)です。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] コウモリになるアレはきついな。 装甲は取れるみたいだが。 範囲系魔法とかでも無いと避けられるだろうし。 リキャストとかあるのかなぁ?毎回避けられるとなるとヤバいし。 [一言] 強い、と…
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