89話 沈まぬ太陽もない2
† † †
クランハウスのリビングで、集まった三人に壬生黒百合が神聖都市アルバのことを改めて相談した。
「ん? 別にいいんじゃない?」
「右に同じ―!」
壬生白百合とエレイン・ロセッティはあっさりと同意。ディアナ・フォーチュンもそれを確認すると、改めて頷いた。
「遠出することになりますけど、エリザさんはどうされると?」
「ん、神聖都市には護りがあるからここに残るって」
ディアナはその言葉を聞いて、そうですか、と短く話を切った。もうこちらがエリザには話を通している、そのことを確認したかったのだろう。答えてから気づき、黒百合は内心で降参する。
「なら、一応サイゾウさんにOKって送っておく」
“黒狼”『サイゾウさん、みんなからOKが出た』
“忍々”『お、合点承知。こっちで伝えておくでござる!』
秘匿回線でサイゾウに了承の旨を伝えると、黒百合が今後のスケジュールについて決めようとしたその時だ。
“忍々”『……申し訳ない、黒百合殿。とんとん拍子に話が一気に進んだでござる』
“黒狼”『え?』
それってどういう意味? と黒百合が問うよりも早く、その『声』が四人に届いた。
“鮮血”『ちょっと、《転移門》の反応が庭からするんだけど?』
エリザの秘匿回線に、エレインがリビングの窓から外を見て――目を輝かせた。
「すごいよ、クロ! トリケラトプスがいるよ!」
「……恐竜?」
† † †
その生き物は正確には亜竜トライホーンという。ファミリアとしてテイムできるエネミーの中では屈指の防御力を誇る、古代種亜竜科地竜族に分類されるエネミーだ。
“忍々”『なにか黒百合殿の話をしたところ、騎士団が迎えに行く話になったらしいのでござるよ……』
“黒狼”『ん、今、目の前にいる』
クランハウスの外へ出た黒百合たちに対して、トライホーンに牽かせた馬車――この場合、竜車か――からひとりの騎士が降りてきた。短い金髪に鋭利な美貌、純白の鎧に身を包んだ女騎士だ。
女騎士は片膝をその場につき、最上位の礼を持って名乗った。
「突然の来訪、お許し願いたい。私は聖務騎士団所属副団長アーデルハイト・フライホルツと申します。《英雄》壬生黒百合殿を聖女の命により、お迎えに参りました」
「……随分と早い」
思わずこぼれた本音に、アーデルハイトは頭を上げず答える。
「現状、アルバで起きている事情を考えれば、あなたの参戦は少しでも早い方が良いかと。性急なことかと存じますが、ご理解いただきたい」
「……わかった。まずは頭を上げてほしい」
「はっ」
アーデルハイトは素直に黒百合の言葉に従い、立ち上がる。立ち上がれば彼女はかなり背が高い、一七〇センチはくだらないだろう。アーデルハイトを見上げる形で、黒百合は告げた。
「私だけではなく、この三人も一緒に同行させたいのだけれど」
「もちろん、お三方の噂もサイゾウ殿からお聞きしております。願ってもない申し出です」
アーデルハイドはそう言って微笑む。
「準備の方ができ次第、《転移門》でアルバへとご案内いたします」
「これ、乗れるの?」
「――ええ、そのための馬車ですから」
そう目を輝かせて問いかけるエレインに、アーデルハイドは一瞬目を丸くする。しかし、すぐに笑みに戻って頷いた。
「……………」
ここで実は馬車ではなく、トライホーンの方に乗りたいと言うのはさすがにまずそうだ。エレインも同じ想いだったのだろう――それを察して白百合が苦笑する。
(兄貴、こういうのも好きだからなぁ)
もう“妖獣王の黒面”でアクセサリー枠が一枠潰れているので、ファミリアは諦めているらしい。その時の狐面が、どことなくホっとしていたような感じがしたのは気の所為だろうか?
「少し待っていてほしい、急いで準備する」
「はい、心得ています」
黒百合の言葉に、アーデルハイドが視線で頷く。そのまま急いでクランハウスへ戻る四人を見送ったアーデルハイドへ、御者が声をかけた。
「どうされました? 副団長」
「ん? なにがだ?」
「なにか、驚かれたような表情をされていましたが……」
御者の問いは、正しい。隠し通せなかったか、と自分の未熟をアーデルハイドは恥じた。
「ちょっとした個人的なことだ、気にするな」
「はぁ」
御者もそう言われれば深くは踏み入らない。ただ、そのどこか懐かしむような瞳でクランハウスを見るアーデルハイドは、長らく聖務騎士団に務めた御者でも初めて見るものだった。
† † †
「聖務騎士団の副団長がお出迎えとは、随分とVIP待遇ですわね」
コンコンと開いてたドアをノックしてそうからかうのは、黒地に白フリルのゴスロリ服に白衣を羽織った少女、エリザだった。
「……名前からして聖務教会所属の騎士団みたいだけど」
「そうですわ。神聖都市アルバの防衛からアンデッドなどの神の摂理に反する者の処理、そして教義に従わない者の排除を任務とした聖務騎士と呼ばれる者たちの一団ですの……充分に、注意なさいな」
エリザはからかうような態度は崩さない。面白がって見せながら、言葉を続けた。
「本来なら今回だって、聖務騎士団が行なうべきことですのよ? それがアンデッドである高位吸血鬼が都市に我が物顔で侵入し、聖女の護ることさえ外部の英雄たちに頼らなくてはならない――歴史と誇りのある聖務騎士団からすれば、腹立たしいことこの上ないはずでしょう?」
「ましてや、《英雄》とはいえ聖女の命で出迎えまでさせられることを快く思っていない?」
「普通なら、そうでしょうね」
黒百合の意見を完全に肯定せずに、エリザは肩をすくめる。
「でも、副団長クラスが出迎えに来るあたり、本当に追い詰められている可能性がありますわ。ヴラドともなれば、もう英雄でなければ撃退も困難でしょうから……だから、せいぜい恩を売りつけてやればいいんですわ」
ただのポーズにしては、聖務騎士団副団長を使者にするには立場が高すぎる。それこそ、普通の聖務騎士でも格的には問題ないはずなのだ。
「ダンジョンとガルム・パピィの世話は任せなさいな。せいぜい、気をつけていってらっしゃいな」
「ん、心配してくれてありがとう」
素直に黒百合が礼を言うと、エリザは苦虫を噛み殺したような顔をする……少し頬が赤いのは、ご愛嬌だろう。
「言わぬが花って知ってます?」
「それよりもお礼を言う方が大事だから」
大丈夫、と請け負いながら、黒百合は準備を終えて部屋を出ようとする。それに、エリザがやらっれっぱなしというのも性に合いませんわ、と黒百合の肩に手を置いて止めた。
「――――」
なに? と黒百合が言おうとするより早く、その頬に唇を落とそうとしたエリザがガツン! とのけぞった。グルリン、と“妖獣王の黒面”が黒百合の顔に装着、その鼻部分がエリザの鼻を強打したのだ。
「こ、の……! やってくれますわね!? 女狐!」
邪魔をされ怒るエリザに、普段よりも目尻がキツい狐面の喧嘩を暗闇の中で聞きながら、黒百合はぼやいた。
「……これ、顔につくと前が見えなくなるから止めてほしい」
† † †
準備を終えた四人は、改めてトライホーンの前に集まっていた。
「エレイン、そっちじゃない」
「えー! こっちに乗りたいー!」
迷わずトライホーンの背中に乗ろうとするエレインを黒百合は止める。それは黒百合も一緒である――御者は小さく笑って言った。
「向こうで空いた時間があったら、その時で良かったら乗せてあげるよ」
「本当!? ありがとう、おじさん!」
「はい、だから今回はこっちね? エレちゃん」
満面の笑顔で御者に礼を言うエレインの背を押して、白百合が馬車へと連れて行く。ふたりの後にディアナが乗ったのを見て、最後に馬車に乗ろうとしていた黒百合が改めてアーデルハイドを見た。
「お願いする」
「はい、お任せを――アーツ《転移門》」
アーデルハイドが純白の剣を抜いてアーツを使用すると、火の線が巨大な円を描く。それを見届けてから、アーデルハイドも馬車へと乗った。
「それでは、参りましょう」
アーデルハイドの視線を受けて、御者がトライホーンの手綱を握る。それにゆっくりと動き出した巨竜が門の中へと消えていった。
† † †
恐竜の本とか見て、心躍った子供の頃を思い出します。
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