閑話 メイドから見た“主”の話
† † †
《――リザルト》
《――チュートリアル:英雄の試練、クリア》
《――聖女の試練を乗り越えたPCプレイヤーキャラクターミストは称号:《英雄候補》を獲得》
《――偉業ポイントを一〇獲得》
《――アイテムドロップ判定。守護者の斧槍、守護者の核、ナイトソウルを取得》
《――クリア報酬五〇〇サディールを獲得》
《――リザルト、終了》
† † †
「……なるほど、これはなかなかに骨が折れるゲームですね」
光の粒子となって消えていく“聖女の守護者”“豪腕”ウォルター・ウォークウッドの白銀の鎧を見下ろし、ミストは小さく呟く。ロングスカートのメイド服にガントレッドという趣味的な外見の彼女は、純白のハルバートをモップのように持って教会の外へと出た。
「お、クリアできたようだね。おめでとう」
出口に待ち受けていたのは、ひとりの騎士だ。彼女の主――比喩でもロールプレイでもなく、だ――、このエクシード・サーガ・オンラインでは十三番目の騎士などと名乗るPCだ。ミストの中の人、メアリーは思う……この人、正体を隠す気がないな、と。
「お嬢様の“遊び”相手を務めていた経験がいきました」
「エステルに比べれば、楽な相手だったろう?」
「ええ、それはもう」
騎士がマントを翻し歩き出し、その横にミストは並ぶ。周囲の視線がふたりに向くが、割合的には騎士に七割メイドに三割といったところだ。
「それで? 騎士様はどうだったのですか?」
「ん? 私かね。“影”というのとやってみたくて、あのクロという少女の真似をしてみたが……駄目だったね」
チュートリアルをクリアすることは、もはや決定事項だったらしい。少なくとも自分が一回の挑戦で倒せた相手なら、万が一の間違いもないのだろうが。
「ああ、もちろん無理はしていないよ? キミに心配をかけるつもりはないからね」
「“影”とやらが出ていたら、どうされていたんです?」
疑わしい、というミストの視線を受けて、ヘルムに包まれた顎をさすり騎士は当然のことのように言う。
「攻略法が明確な相手だ、この間の半分で倒せたろうさ」
「……それ、お嬢様に言ってはいけませんよ?」
我らが“妖精姫”の負けず嫌いは祖父譲りなのである。なにせ、“影”の出現を前提に戦っていたのは彼女も同じなのだ。
「しかし、あれだ。あのお嬢さんのプレゼントはいかんな、オーバーキルがすぎる」
「お嬢様が使われている騎士剣より基本攻撃力が高い、のでしたっけ?」
「らしいね。エステル曰く『クロが当たりって言ってたよ!』だそうだ」
魔王のブラックボックスによるプレゼント、方天戟“兵主月牙”はポールウエポンとして大変優秀だった。たった一本の武器でコンボが完成している、十全に使いこなせば騎士のプレイヤースキルと相まって鬼に金棒だった。
「よほどの強敵以外は封印だな。あまりにも単純作業になってしまう。なにか店売りのポールウエポンでも買うか……」
「…………」
武器の性能関係なく、通常のVRMMORPGぐらいお遊び感覚なのでは? とミストは訝しんだ。
――以前、この主はある特殊部隊が訓練に用いるVRFPSに飛び入り参加したことがあった。
現役軍人と退役軍人の、お遊びのような訓練だ。本来なら「HAHAHA、私たちも寄る年波には勝てんな。さすがは現役!」と和やかに終わるはずのお遊び――四〇対四〇の市街戦を想定したその訓練で、騎士はなんと拳銃は愚かタクティカル・トマホーク二本のみを引っさげて、実に現役軍人二四人をひとりで排除。まさかの退役軍人側の圧勝という結果を招いた。
相手をさせられた現役軍人たちこそ、不幸である。反省会で意見を求められた騎士は、蹂躙した相手たちの目の前で渋い表情でこう言ったという。
『二四人は切りが悪かった、後ひとりは落としたかった』
……ちなみに、このエピソードは『サー・ロジャーの全盛期伝説』の一エピソードとしてネットでまことしやかに囁かれている。半分の人間はジョークだと思っているが、それ以来お遊びにも誘われなくなった騎士に、本当のことではないかと信じる者も少なくない。
(本当なんですよねぇ、目撃しましたし)
歴史の生き証人、ミストの中の人がぼんやり思う。このぐらいで驚いていては、ブランソン家の使用人はできないのである。
「そうそう、ミスト」
「――はい、なんでしょう?」
まだPC名に慣れていない彼女は、わずかに反応に遅れる。それを気にした風もなく、騎士はヘルムの下で笑って言った。
「キミ、犬は好きかね?」
「は? 大好きですが?」
† † †
「はぁ……」
クラン《ネクストライブステージ》のダンジョン。その個室でガルム・パピィに埋もれてミストは、至福の息をこぼす。いいですね、アニマルセラピー……心が休まります。そう笑みを浮かべていたところに、見慣れた見慣れない少女が駆けてきた。
「お爺様! メアリー!」
「おお、久し振りだね」
抱きついてきたエレイン・ロセッティを抱きとめて、騎士は朗らかに笑う。至福の中から返ってきて、ミストもお嬢様を出迎えた。
「お元気そうでなによりです、お嬢様」
「うん! でも、お爺様。また無理してない? 駄目だよ、まだ本調子じゃないんだから」
「はははは! もうすっかり大丈夫だとも!」
エレインの頭を撫でる騎士は、ふと視線を上げる。こちらを見ている壬生姉妹とディアナ・フォーチュンが、そこにいた。
「ああ、キミたちがエス……エレインの友人の」
「はい、私は黒百合といいます」
「妹の白百合です」
「ディアナといいます。お話はエレちゃんから、よく」
エレちゃんか、と騎士は嬉しそうに目を細める。自分を慮ってか、飛び級を繰り返し早く大人になろうとした孫娘が得られなかった友人を、こうして得られた姿を見たのだ。それが嬉しい、騎士はヘルムを外し改めて名乗った。
「私はこの子の祖父、ロジャー・ブランソンという。いつも孫娘が世話になっているね」
そのヘルムの下から出てきたのは、老人の顔ではない。三〇をいくつか過ぎた、金色の柔らかな髪に爽やかな顔立ちの好青年だった。
† † †
「ふふふ、昔の私の写真から最新CGに起こしたのだよ! 見た目だけは三〇は若返ったよ!」
「精神の方はいつも子供のような方ですが――」
「メアリー、メアリー! 一応、私はキミの雇い主なのだがね!?」
ドヤ顔の騎士に、メイドは半眼。そのやり取りに、エレインも苦笑せざるを得ない。故郷ではよく見た、漫才のような光景だ。
「あぁー……」
「? なに?」
白百合の視線に、黒百合が小首を傾げる。ううん、気にしないで、と白百合は露骨に誤魔化した。
(……エレちゃんがリアルの兄貴に自然と懐ける訳だ)
出会ったその日から、普通に膝の上に座ったり手を繋ぎにいったりおかしいと思ったのだ。だが、それも若いサー・ロジャーの姿に納得する――どことなく、リアルの坂野九郎と似ているのだ。美形というのなら間違いなく騎士の方だが、身長やこちらを見るその瞳の優しい輝きはよく似ていた――それはディアナも思っていて、知らぬは本人のみである。
ただ、その自覚のない九郎に教えるのもはばかられた。祖父に感じる好意と九郎に感じる好意、それはもう彼女にとって明確に別のものになっているのだから。
(……なるほど。アレがお嬢様の――)
周囲の反応に小首を傾げていた黒百合を見て、ミストは納得する。お爺様には内緒にしますから、とエステルの口から“事情”は聞いているのだが……少女の見た目ではなく、その雰囲気から察した。
ああ、これはお嬢様が惚れてしまうのも仕方がないな、と。騎士の側に相応にいたメイドだから思った。
(やはり、仲良くしていた方がいいでしょうか? 遠くない未来、主になる可能性のある方ですし……)
† † †
地味にこの場でクロの中の人の性別を知らないの、お爺ちゃんだけなのです。
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