85話 クラン《百花繚乱》
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享楽都市オーレウム――そこでは大体のものが金で買える。
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オーレウムの酒場、そこに呼び出されたカラドックはアカネの提案に怪訝な声を漏らした。
「――クラン勧誘?」
「うん、そう……なんだけど……」
同じテーブルに座っていたアカネは、目の前に座るカラドックに恐る恐る訊ねた。
「……どうしたの? フル防備で。防具は服に変えるんじゃなかった?」
アカネの指摘に、ガシャン! とフルプレートメイルでガチガチに固めたカラドックが反応する。ガシャガシャガシャ、とカラドックは貧乏ゆすりしながら答えた。
「無かった、そんなことは無かったんだ……アカネさん」
ヘルムの下から溢れる震える声に、切羽詰まっていた。触れてくれるな、そう訴えかける無言の圧力にアカネもさすがに察する。触れてはいけないものがあるのだろう、と。
「そ、それで? なぜ、私をクランなどに誘う?」
「実は知り合いから相談されてさ。エクシード・サーガ・オンラインで、優秀な女性プレイヤーのPCはいないかって」
アカネの説明を纏めると、こうだ。
このエクシード・サーガ・オンラインには何人ものバーチャルアイドルたちが参加を希望している。VR総合エンターテイメントとして歌を主軸に活動したい、そういう者が多いのだ。しかし、多くのバーチャルアイドルから悲鳴が上がったのだという。
「――このゲーム、難しくないかって、そういう流れになったんだって」
「ああ……」
カラドックとしても、わからないでもない。知り合いのバーチャルアイドルであるディアナ・フォーチュンもそこそこゲームは齧っていた。だが、そんな彼女でもチュートリアルの“聖女の守護者”を倒すのにかなりの準備とフォローが必要だったと聞く。
「そんなバーチャルアイドルたちのフォローと指導ができる人材がほしいらしくてさ。ボクとしてはカラさんならぴったりと思ったんだけどね」
「……それこそ、黒百合さんに頼めばいいんじゃないか? 彼女なら――」
「駄目駄目、クロちゃんとかに頼んだら向こうが目立っちゃうもん」
ああ、そういう……とカラドックはすぐに納得する。確かに面倒見のいい壬生黒百合なら丁寧に指導もしてくれるし的確なアドバイスをくれるだろう。壬生白百合やエレイン・ロセッティがいれば、フォローとしてこれ以上ないだろうが、間違いなくスーパープレイで目立ってしまうのは彼女たちだ。
「モナルダ――ああ、ボクに頼んで来たヤツね――が言うには、同じバーチャルアイドルは避けたいんだって。元々エクシード・サーガ・オンラインの外でやっていた子ならまだしも、場合によっては売名行為になっちゃってどっちも幸せにならないから」
人気商売というのは、人の感情や心に値段をつける行為だ。有限のリソースを奪い合いというのは、いつの世でも幸福な結果をもたらすとは限らないのである。
「後、ほら。基本的にバーチャルアイドルだから男性に手伝ってもらったり、は気を遣うらしいんだよね。そういう意味で、サイゾウさんとかアーロンさん、又左んは候補からいの一番に外れちゃったんだよねー」
特にサイゾウとアーロンは、ドルオタで知られている。どんなにプレイヤースキルで優れていても候補が絞られるのだ。
「どうかな? カラさんが引き受けてくれると心強いんだけど……」
「……私はもうイザベルたちのクランに誘われて入っているぞ?」
「大丈夫大丈夫、ボク的にイザベルちゃんにも声かけるつもりだったし」
イザベルもテオドラと一緒に時折、プレイ動画を配信している配信者デビューをしているが、バーチャルアイドルとはジャンルが違う。食い合いは起こらないので、ギリギリOK、とのことだ。逆にイザベルの場合はカラドックと同じようにβ時のテスト配信者ということもあり、バーチャルアイドルたちにも顔と名前は知られているので、安心して紹介できるのだという。
「あ、そうそう。クランリーダーのモナルダの話だと、《ネクストライブステージ》と同盟クランになるって話でさ。一緒に難しいクエストを挑戦する時とかも声かける予定だよ」
「……そうか。なら、考えておく」
カラドックは、コクンと頷く。おや、素直、とかからかわない。アカネさんはそこは察せられるお姉さんなのです、と心の中だけでドヤ顔する。
「ところで、大丈夫だった? いきなりオーレウムで待ち合わせしちゃってごめんね」
「構わない。私も少し用があったから」
「用? どんな?」
そのアカネの問いに、再びガシャンと鎧が鳴る。ガシャガシャと震えながら、カラドックは押し殺した声で言った。
「いや、夜刀から……服のデザインを考えたいなら、オーレウムはファッションの本場らしいぞ、と聞いて……」
「……この後、付き合ったげよっか?」
「……た、頼む」
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“不舞”『《百花繚乱》?』
“赤姉”『ん、そういうクラン名にしようと思ってるのよ』
吾妻静は、モナルダからの秘匿回線を受け取っていた。オーレウムにある被服通り――服屋をテーマにしただけで一本の大通りができる、ここはそういう都市なのだ――でなんとなくウィンドウショッピングを楽しみながら静は内心で笑う。
“不舞”『バーチャルアイドルを花に例えるというのも洒落ている……のかな?』
“赤姉”『いいのいいの。こういうので大事なのは、一にニもなくわかりやすさだから。バーチャルアイドルなんて、文字通り“偶像”。ハッタリ効かせて、印象に残ればそれだけで意味があるのよ』
このモナルダ、一度懐に入れた相手には嘘偽りなくすべてを晒すタイプだった。静の共感覚で見える彼女の色は、どこまでも澄んだ情熱の赤だ。あそこまで“濁り”ひとつない色だと、いっそ痛快と言える――どこまでも自分を貫くことに疑問を抱かない真っ直ぐな自信と信条の持ち主なのは間違いない。
“不舞”『バーチャルアイドルの相互補助クラン。そこのクランリーダーとなると、相応の旨味があるのかい?』
“赤姉”『それよりもエクシード・サーガ・オンラインの鮮度を落としたくないってのが本音かなー』
“不舞”『鮮度……なかなか変わった言葉を選ぶね。真意を聞いても?』
“赤姉”『今でこそエクシード・サーガ・オンラインは始まったばかりで、話題性があるわ。でも、その本当の価値を活かせる人間が少ないってんじゃ、無意味だって話よ』
モナルダの中では、初日の突発イベントでチュートリアルを行なっていなかったからこそ浮き彫りになった事実がある。それはこのエクシード・サーガ・オンラインというVRMMORPGのスタートラインが称号《英雄候補》を得ることを大前提にしている、ということだ。
チュートリアルをクリアし、《英雄候補》となって初めて得られるブレイクスルー《超過英雄譚》。レイドバトルの中心となるイクスプロイット・エネミーとなれば、《英雄候補》でなければダメージさえ与えられない始末だ。これではチュートリアルをクリアできなければ、楽しさ半減どころの騒ぎではない。
“赤姉”『ここらへん、難しいって印象は当然だと思うのよ。調整ミスというか運営の意思統一ができてないって言うか?』
正解である。VR総合エンターテイメント化を目指すフラットラインミュージックとゲーム制作部門のアルゲバル・ゲームスの見ている部分が違うのは事実なのだから。
“赤姉”『ゲームとしては面白いし、ゲーマーならきちんと手順を踏んで行動パターンを覚えれば楽に勝てるようになってるけどね。静もクリアできたでしょ?』
“不舞”『三回失敗したがね。ま、死にゲーとしては普通の難易度って印象だったかな』
“赤姉”『そうそう。そこのバランスはよくできてるの。根気よく挑めば、いつかはクリアできるってバランス。ゲーマーなら、問題ないけど――バーチャルアイドルのアイドル部分を売りにしてる子からするとそうも行かないのよ』
なにせ、何度も同じクエストに挑んで失敗すれば視聴者に飽きられる。そうなれば視聴者が減って、配信側のモチベーションが続かなくなるだろう。
“赤姉”『ぶっちゃければ、視聴者の目を考えると失敗してる暇がないのよねー。アタシとサイネリアは一発でクリアしたけど、eスポーツのプロって前提があるからこそだもん。普通のゲーマーより、バーチャルアイドルは折れるの早いはずよ』
視点の違いだ。ゲーマーでありバーチャルアイドルである双方の視点でものを考えられる人間は多くない――例えば、彼女たちの共通の知人などゲーマー寄りの思考だ。その上でバーチャルアイドルとしての視点も学んでいるのだから、実に勤勉だ。
“不舞”『なるほど。バーチャルアイドルたちが第一関門で落とされすぎて、先細りするのが心配なんだね』
“赤姉”『そういうこと』
なにせ、このエクシード・サーガ・オンライン内ではプレイ動画こそ正義だ。ゲーマー属性のないアイドル特化のバーチャルアイドルからすれば、窮地に立たされることになる。そうなった時、どれだけのアイドルが残れるだろうか? そこをモナルダは問題視していた。
“赤姉”『せっかくアイドルからしても美味しい場所なんですもの。失うのは勿体ないわ。なら、多少の手間暇をかけても盛り上げる方向を模索するのが未来への投資になるんじゃない?』
クランを立ち上げ、バーチャルアイドルたちやプロゲーマーたちの人脈をこれだけ使おうということを『多少の手間暇』の一言で終わらせる辺り、彼女のバイタリティを指し示している。静としては、そんなモナルダのモチベーションの高さは好ましくもある――だから、協力するのだが。
“不舞”『……ところで、まだ終わらないのかい? カジノ』
“赤姉”『も、もう一回もう一回! 次こそこのスロットの出目が揃う気がするのよ!』
なるほど、もう少し見て回る時間がありそうだ、そう静は悟った。
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こういうゲーマーかつアイドル視点を持つのって、結構貴重なのです。
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