85話 居場所を探して、えんやこら6
※記念すべき、100話目となります!
† † †
ダンジョン“鮮血伯の工房”、その名前は今はエクシード・サーガ・オンラインのマップには存在しない。あるのはクラン『ネクストライブステージ』クランハウスとクランダンジョンという名称だけである。
「……これは想像の斜め上ですわね」
かつてその工房の主であったはずの“鮮血伯”エリザベート・バートリー女伯爵、通称エリザは苦笑する。現在は二階への入り口は閉鎖され、一階のみが開放されていた。そして、その一階もかつての弱小アンデッドが出現するのではなく――子犬とセント・アンジェリーナの子供たちが駆け回る、ふれあい広場となっていた。
(こんな使い方、想定してませんでしたわ……)
共同開発者がこれを見たら、「こんなことのために作ったのではない!」と烈火のごとく怒っただろうが――約条に従った結果である。ワタクシに怒られても困りますわ、と“貴族”は責任を放り投げることにした。
このふれあい広場にいる子犬は、ただの子犬ではない。ファミリアテイム可能エネミー、ガルム・パピィ――ダンジョンのエネミー生成システムを利用すべく、四人の英雄が選んだのは魔犬の最初期状態エネミーだった。
『このダンジョンはファミリアテイムのチュートリアルの場として、みんなに提供したい。ガルムは育て方によって様々な形態に進化するファミリアだから、大切に育ててあげてほしい』
配信でそう呼びかけたバーチャルアイドルたちへの反応はさまざまだった。好意的な者、懐疑的な者、賛否両論――当然だ、ダンジョンなどというクランハウスの付属品は彼女たち以外にまだ誰も手にしていないのだ。
それをなぜ、無料で提供するのか? それを純粋な善意と受け止められない者がいてもおかしくない――だから、提案者である壬生黒百合は賛同を求めなかった。
『プレイスタイルは個々、それぞれ。ただ、これが私の――』
『――私たちのプレイスタイルですので』
黒百合が言う前に、そうディアナ・フォーチュンが言い切った。多くの視聴者にとって、黒百合がほんのかすかに垣間見せた笑みこそが、評価のすべてを決定したという。
『ただ、歓迎する。ファミリアとしてテイムしなくても、子犬たちとのふれあい広場として開放するから』
すれた大人としては、上手くやったものですの、とエリザは思う。人は進んで悪役になりたくないものだ。それがどんな極悪人であろうと、自分の悪行を肯定するための理論で武装しているものだが……。
(自分たちにとって利益になれど不利益にならないのなら、人は簡単に受け入れますわ。そして、それを攻撃すればわかりやすい悪役にされる――)
人間がもっとも残酷になれるのは自分が正しい、正義の側にあると信じて疑わない時だ。正しい自分は、間違った相手を正していい――大多数の人間がそう理論で武装した時、攻撃していい悪役にどこまでも非情に攻撃できる。
(本当に正しいのかどうか、なんて関係ありませんものね。ようはそういう立場があればいいだけ……)
敵の敵が敵なのか? 味方なのか? その差はあまりにも大きい。あそこで彼女たちは自分たちの敵になる可能性のある周囲を味方につけた。あれでは、どうやっても彼女たちの善意を攻撃する者がいい悪役に仕立て上げられるだけ。そんな相手を表立って攻撃しようなど、極悪人でも考えないだろう。
(どこまで意識してやったのやら……?)
エリザは、ふと足に感じる柔らかな感触に視線を落とす。ガルム・パピィの一匹が、甘えるように足にすり寄っていたのだ。それを見てしゃがんだエリザは、子犬の頭を撫でてやった。心地よさそうに目を細めて、もっと撫でてと言わばかりに高位吸血鬼に強請る子犬に、エリザは求められるままにそうしてやった。
あまりにも穏やかで、心温まる光景。その光景に、エリザは子犬にだけ聞こえるように囁いた。
「良かったですわね、あなたたち。あなたたちのご主人様は、きっと間違っても英雄から魔王になんて堕ちませんわよ」
† † †
――目的は果たした、早くこの場違いな場所から立ち去ろう。そう彼は思った。しかし、ふと後ろから声をかけられ、足を止めた。
「あれ? シードルさん?」
「っ!?」
ビクン! と飛び跳ねそうになった彼――シードルは、頭からずれ落ちそうになっていた銀色のガルム・パピィに慌ててバランスを取った。腕で抑えることはできない、なぜなら右肩には赤錆色の毛並みの子犬が、左肩には燃え上がる炎のようにもふもふの蒼い毛並みの子犬が、それぞれ乗っかっていたからだ。
「えっと、キミは壬生白百合さん……」
「はい、レイドバトル以来ですね……って、三匹もテイムしたんですか?」
白百合の周りにいるガルム・パピィは黒か灰色、いても白ばかりだ。ファミリアとしてテイムすると見た目が変わることがあるのだが――。
「あ、ああ。うん……元々、プレイヤースキルがあった訳じゃないし。ソロだったから……」
「アビリティの《同時使役》なら複数体のファミリアが使えますもんね。そういうスタイルもいいと思いますよ」
しどろもどろのシードルに、白百合は笑顔で言う。ただ、アビリティ《同時使役》を取得した上にアクセサリー五枠の内、三枠も使うのだ。もはや、ファミリア以外のまともなアビリティなど発動できなくなるだろう。
『グルルル……』
「おい、こら、威嚇すんな!」
頭の銀色の一匹が、白百合に唸る。それをシードルが咎めると、不承不承と言った風に子犬は黙った。それを見て、クスリと白百合は笑みをこぼした。
「もうシードルさんに懐いてるんですね」
「そ、それはどうかなぁ……?」
シードル自身、“コイツラ”が自分に懐いてくれているのか自信はない。自嘲気味に苦笑したシードルは、ふと思い出したようにこのふれあい広場について最初に抱いた疑問を口にした。
「……でも、どうしてガルムだったんだい? 他にもいいテイム可能なエネミーはいただろうし、ファミリア専用ビーストでも良かった気がするけど」
確かにガルム系は、いくつもの進化先が存在する。育てれば優秀なファミリアの一種だが、逆を言えば育てなければ戦力としては心許ない。それなら最初から相応の戦闘能力を持つエネミーの方がマシだと思うのだが――。
その疑問に、白百合は小さく思い出し笑いする。その仕草に疑問を深めるシードルへ、白百合は告げた。
「クロの提案なんですよ。最初のレイドバトルの関係で、ガルムはいい印象を持たれていないからって」
なにせ、戦況的に苦しめられたエネミーである。配信された動画でも、敵としてクローズアップされたため印象が悪くなってしまった感は否めなかった。
「『せっかくあんなに楽しませてもらったのに、それだと心苦しい』だそうで。そのイメージアップの一環になれば、だそうです」
「……そっか」
その時、VR機器ごしにシードルが浮かべた表情の意味を、白百合は知る術はなく。ただ、シードルからすればほんの少し救われた気がした、そんな想いがあったのだ。
『ガル……』
「こら、叩くな止めろ、お前ら! わかったから! あぶ!?」
いつまで話してるの、と言わんばかりに三匹の前脚でてしてし頭と両の頬を叩かれ、シードルは悲鳴を上げる。それに吹き出した白百合に頭を下げて、シードルは足早にふれあい広場から立ち去った。
「……あ」
その後姿、三匹の子犬が尻尾を振っていた。まるで、こちらへの別れの挨拶のように。だから、白百合も小さく手を振ってひとりと三匹を見送った。
† † †
100話目が終わっても、続きますよ! ますよ!
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