9話 『ゲームの枠を超えたゲーム』(前)
段々とエクシード・サーガ・オンラインの“仕様”が明かされていきます。
「……あれ?」
最初、壬生黒百合は自分が待ち合わせ場所を間違えたかと思った。食事処“銀色の牡鹿亭”は、クローズドβテストのプレイヤーたちが作った非公式情報サイトによると落ち着いた空気のモダンな食堂だ、とのことだったのだが。
「うわーははははははははははははははははははははは!」
そんな食事処が、騒がしい子供たちに占拠されていた。街の子供たちだとは思うのだが、だとすればひとつおかしな点がある。
子供たちに、金髪ツインテールの少女が混じっていたのだ。背は一四〇センチそこそこの黒百合より、わずかに小さい。二本のツインテールをその名の通り尻尾のように揺らし駆けるその姿は、真っ赤な瞳と愛らしい顔立ちや近代の軍服にも似た白を基調とした服装から服を着せられはしゃぐ仔ウサギのようだった。
「おっと」
そんな子供たちの中で、ぶつかりそうになった男の子の肩を掴んで抱きとめる。ビクっと動きを止めた男の子に、顔を覗き込んで訊ねた。
「……大丈夫? 怪我、ない?」
「あ……っ……」
男の子は答えず、弾けたように逃げ出してしまった。あー、怖がられたかな? と黒百合の中で坂野九郎が苦笑する。子供相手に逃げられるのは、たまにあるのだ。
「お? どうしたどうした?」
背中に回り込んで隠れてしまった男の子に、金髪ツインテールの少女がようやく黒百合に気づく。八重歯を見せて笑うと、少女が手を上げた。
「お! 来たな、クロ!」
「……えーと?」
「こっちだよ、クロ」
ツインテール少女の馴れ馴れしい反応に黒百合が戸惑っていると、二階から聞き慣れた声がする。顔を出していたのは白髪狼耳の少女、壬生白百合だった。
「よーし、お前らここまでな! 解散だぞ!」
「はーい、ぼすー!」
「またねーっ」
金髪ツインテールの少女の言葉に、子供たちはあっさりと散っていく。それを見届けた少女は、改めて黒百合に言った。
「待ってたぞ、クロ!」
「あ、うん……と、とにかく二階行く?」
† † †
「ワタシはエレイン・ロセッティ! んで、こっちはディアナん!」
「あ、ディアナ・フォーチュンです。よろしくね、クロちゃん」
二階のテーブル席で、そんな自己紹介が始まったころには“銀色の牡鹿亭”の女将が、注文していなかった苺のショートケーキを四つ持って来たところだった。
「ガキどもの面倒見てもらって助かったよ、あんがとね。こいつは約束のもんだよ」
「うわーい!」
「あはははは……」
はしゃぐエレインに乾いた笑いをこぼすディアナ、そんなふたりに白百合が秘匿回線で黒百合に説明する。
“白狼”:『待ってる間にミニシナリオが始まっちゃったみたい。んで、エレちゃんが乗り気になって子供の面倒見ててくれたんだよね』
ミニシナリオとは、さまざまな場所で唐突に発生するシナリオのことだ。ものによっては後々に有益な情報やアイテムが入手できるのだが……少なくともアイテムに関しては、このケーキが報酬なのだろう。
“黒狼”:『ふうん、ならさっきは運が良かったな。怯えさせてミニシナリオ失敗にならなくて』
“白狼”:『アハハハー……ン。ソウダネ』
“黒狼”:『……?』
気まずそうに、白百合が視線を逸らした。黒百合がそれを指摘する前に、ディアナが口を開いた。
「クロちゃんは、ゲームに詳しいんですよね?」
「……ん、それなりに」
「実は相談がありまして……ゲームのことで相談に乗ってほしいんです」
黒百合は、真剣な表情のディアナを改めて見る。見た目は妖艶、と言ってもいいはずだ。こぼれた月光のような銀色の髪、神秘的な翠色の瞳、魔女のローブを改造したような服の上からでもわかる体のライン……この四人の中では、もっとも大人びているのは彼女だ。
(ま、どっちかというとフォロー役かな?)
特にエレインの、と黒百合は視線を向ける。気づいたのか、エレインは食べ終えたショートケーキの甘い味覚に目を輝かせていたが……黒百合は自分の分のケーキの皿をエレインの方に押した。
「……いいよ。甘いの、得意じゃない」
「お! そっか! あんがとな!」
改めてケーキに集中したエレインに、黒百合はディアナに向き直った。
「できる限りなら、協力する」
「ありがとうございます! 私、ゲームはみんなほど得意じゃなくて……」
「……ということは、もしかして相談は〈聖女の墓所〉のこと?」
それです、とディアナは真剣な表情で頷く。傍らの壁にかかっているのは、樫の木の杖――どうやら典型的な魔法の使い手らしい。
「クロちゃんとシロちゃんの動画を見たけど……私、きっと“聖女の守護者”も厳しいと思うんです」
「えー、あんなの簡単だよ! 動く前にやっつけちゃえばいいんだ!」
ディアナの言葉に、エレインが頬を膨らませる。それなりのゲーマーならシステムを把握すれば問題なく勝てる仕様なのは、確かだ。
だが、逆にそれなりの腕前もなかったら? 充分に脅威となるチュートリアルボスなのだ。
「エレちゃんはあたしより上手いぐらいだから問題ないけど……ディアナさんは“アイドル枠”だもんね」
「……? みんな、アイドルでは?」
白百合の言いように違和感を感じて、黒百合が指摘する。ああ、とディアナはようやくそこから説明が必要なのだ、と気づいた。
「クロちゃんは聞いたことありませんか? 『ゲームの枠を超えたゲーム』って」
「……ん。エクシード・サーガ・オンラインのキャッチコピー」
「それです。実は正式サービス時から導入されるシステムが関係あるんです」
そう言うと、ディアナはテーブルの上にコツンと金属の球体を置いた。見覚えがある、SS撮影用の球体だ。
「これ、動画撮影機能もあるんです。エクシード・サーガ・オンラインは課金するとプレイヤー専用の動画チャンネルや動画編集ソフトも提供してくれるんですよ」
その意味を黒百合――九郎は自分の中で噛み砕き、ひとつの答えに行き着いた。
「……それ、プレイヤー全員がエクシード・サーガ・オンラインの動画配信者になれるってこと?」
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