1話 バーチャルアイドル、始めました
初投稿になります。
小説家になろうではまったくのド素人となりますが、気長にお付き合いいただければ幸いです。
ニ一世紀後半、VR技術は加速度的に発展した。
装着者に与える視覚や聴覚を始めとして感覚面。敢えてリアルよりも精度を落としたとさえ言われる物理演算エンジン。地上であろうと海中であろうと、空中や宇宙、人工物や非人工物を問わず、再現できないものなど存在しない万能空間――まさに、技術の発展は人類の手によってもうひとつの世界を生み出すに至ったと言われている。
『あ、今度はここに視線くださーいっ。そんな緊張しなくていいですからねー』
それほどのVR技術は、装着者の強張った表情さえPCに伝えてしまう。天の声に従って深呼吸をひとつ、『彼女』は視線をふよふよと浮かぶ球体に送る。
黒髪に青いリンドウの髪飾り。黒の狼耳に狼尻尾、青袴の巫女服に黒い千早――右目が金、左目が赤という特徴の小柄な少女だ。
“白狼”:『九割表情表現カット……してるよね? よっぽどキてる?』
口を動かさず、そんな声をかけて来るのは隣で打って変わって愛らしい笑顔を浮かべた少女だ。
白髪に赤い彼岸花の髪飾り。白の狼耳に狼尻尾、赤袴の巫女服に白い千早――右目が青、左目が金という特徴は、強張った表情を浮かべた隣の少女と両極的な色の違いだけで造形はまったく同じだった。
ふたりの頭上には、それぞれ壬生黒百合、壬生白百合と言う名前が浮かんでいる……そして、更に上には『双子姉妹バーチャルアイドル、デビュー配信!』の文字がでかでかと踊っていた。
それを確認してしまった黒百合の表情が、一瞬変わる。すん……、とでも擬音を付けたくなるような、目のハイライトの消えた表情に。
“白狼”:『あー……あのさ?』
“黒狼”:『騙したなぁあああああああああああ!! だましたなあああぁああああああああああ!!?』
“白狼”:『……九割カットしてて良かったね』
お互いにだけ伝わる秘匿回線でそんな会話をしながら、双子姉妹は天の声に従い配信閲覧者たちが望むままにポーズを決め、視線をSS用の球体に送り続けた。
† † †
――全ての始まりは、二日前に遡る。
『兄貴、ごめん! 今すぐ、ココに来て!』
妹のそんな呼び出しに応じて、とあるVRオフィスにアクセスした少年――坂野九郎は突然の土下座に言葉を失った。
「本当に、お願いします! 助けると思って手を貸してください!」
「え、あ……」
土下座される側が気圧されるまま、九郎は助けを求めて妹を見る。九郎のひとつ年下である坂野真百合は、ただ手を合わせて「ごめん!」という表情で頭を下げているだけだった。
埒が明かない、そう思った九郎は土下座している相手に改めて視線を戻した。
「あの、とにかく顔を上げてもらえます? 一体、なにがなんやら……」
「あ、はい……私、こういうものでして……」
顔を上げたのは、野暮ったい黒縁眼鏡、地味な紺色スーツの女性だった。ピコン、というメッセージに、九郎は指先を動かしてメッセージに触れる。
『株式会社ネクストライブステージ代表取締役兼マネージャー 牧村ゆかり』
「お、おう……」
その電子名刺に書かれていた名前に、九郎は身に覚えが合った。
ネクストライブステージとはできてニ年ほどの、バーチャルアイドル――VR機器を利用した、外見はVRキャラクターを用いたアイドルの総称――を管理する芸能事務所だ。その業務はバーチャルアイドルのコンサートやゲーム配信などの管理を行なっている。まさにニ一世紀になってから、雨後の筍のように存在するVRビジネスを用いた会社のひとつである。
他でもない、目の前で手を合わせ続けるバーチャルアイドルを目指す妹のマネージャーであり、CEOその人だった。
「い、妹がいつもお世話に……」
「いえ! むしろ、こっちがお世話になっているというか!?」
「あ、あの、頭を上げてもらって――」
「いえいえいえいえいえ!」
立場が立場だ、九郎が腰を低くしようとしたら、女社長はさらなる低さで返してきた。助けを求めて真百合に視線を送る九郎であったが、妹は役に立たない……なだめすかし、なんとか五分後に『問題』の内容に入ることができた。
「――お兄さんは、エクシード・サーガ・オンラインというのをご存知ですか?」
VRオフィスで向かい合って座り、ゆかりがそう切り出してくる。ようやく九郎にも、聞き覚えのある名前だった。
「ああ、最近オープンβテストの参加者募集を終えたVRRPGですよね」
VR系のゲーマーである九郎も注目していたタイトルだ。
特に自分が好んでやっている、オフライン専門のVRゲーム制作会社アルゲバル・ゲームスが初めてオンラインに殴り込む、とのこともあって期待していたVRMMORPGのタイトルだ。ゲーム内容だけはチェックしていたが、ハック&スラッシュ系のオープンワールド系のRPGであり、曰く『ゲームの枠を超えたゲーム』として注目を集めているという。
「そう、それです! 実は真百合ちゃんが今度、そのゲームでバーチャルアイドルとして配信者デビューすることが決定しまして!」
「え? マジで!?」
思わず九郎が素で妹に視線を送ると、引きつった笑みを返すだけだ。ネクストライブステージとは、弱小ながらバーチャルアイドルを売り出す芸能事務所である……ようするに、九郎の妹である真百合はアイドルの卵であった訳だが……。
「その第一陣として、真百合ちゃんと一緒にデビューするはずだった子が……諸事情で急遽辞退してしまいまして……」
言いにくそうに言うゆかりの話の内容を纏めると、こういうことだ。
弱小芸能事務所であるネクストライブステージは、ついに注目株のVRRPGの配信枠を確保――これは事務所にとって、一世一代の大口契約だった。
「その契約の内容というのが、配信するバーチャルアイドルはVRゲームで相応の上手さがあるものだけというものでして……辞退した子は、こちらで推していた一番の腕前の子だったんです」
「それは、また――」
九郎もその時点で『問題』の意味がわかった。弱小事務所が大口契約側の強い要望に逆らえるはずなく、もっともその要望に応えられるだろう『商品』が突然いなくなってしまったのだ。
話が違う――そう言われた時、それを否定することができなければ、弱小事務所側の落ち度にしかならない。契約はもちろん、業界の信用を失った弱小芸能事務所などやっていけるはずもなかった。
「もう、真百合ちゃんとその子がデビューするのは二日後……後発でデビューする子を繰り上げて、とも考えたのですが……」
「ゲームの腕前の問題で、約束が違うと言われたら言い返せないかもしれない、と?」
「ええ、そういうことです……」
弱りきったゆかりの横で、ようやく真百合が口を開く。
「ごめんね、兄貴。大事な時期だからって、デビューのこと言えなくてさ」
「いいって。守秘義務だっけか? そういうので言えなかったんだろ?」
苦笑する九郎に、真百合は心底すまなそうに力なく笑う。大人の世界は面倒くさいのだ、そのことを若くして知った兄妹の笑みだった。
「それで真百合ちゃんが前に送ってくれた、あるゲームの動画を思い出しまして」
「あぁ」
短く、ゆかりの言いたいことを九郎は察した。ゆかりがバーチャルアイドルとしてゲーム配信者をやるかもしれないから、と九郎と一緒にやったゲームの動画を送ったのだ。その撮影を手伝ったのは、他でもない九郎自身だ。
「お兄さんが、とてもゲームがお上手なのは動画を見てわかりました。だから、もしかしたら……と」
「オレにバーチャルアイドルをやれ、と?」
自分でもわかる、VR機器は見事に引きつった表情を再現してくれた――と。
「大丈夫です! 歌えとか踊れとか言いません! ただ、すごい腕前のゲーマーが配信者としている! その事実だけでいいんです!」
「は、はぁ」
「キャラクターの用意とか、配信のあれこれとか! そっちは全部こっちが受け持ちますから! お兄さんはゲームをやってくれるだけでいいんです!」
「…………」
VRオフィスでの姿は、ゲームのそれではない。ようは目の前の女社長もまた、九郎や真百合のように素顔を元にしているはずだ。そんな年上の女性に拝み倒され、また即座に土下座に移行されそうなこの状況に、九郎は頭を抱えそうになり――。
「あたしからも、お願い。力を貸して、お兄ちゃん」
「――――」
お前なぁ……という言葉を九郎は脱力しながら飲み込んだ。このひとつ年下の妹が、自分を兄貴と呼ぶようになったのはいつからだろう?
それでも、時々、自分を『お兄ちゃん』と昔の呼び方をする時がある。それは往々にして、本気で困っている時だ。
正直、九郎はゲーマーではあるがアイドルには一切興味がない。そんな自分がどんなに理由があったとしても、望んでそれになれなかった誰かがいるかもしれないのに、自分が『そう』なるのは違う、と思うのだ。
それと同時に、思う。自分がもしも断ったら――『そう』なりたかった誰か、あるいは誰か『たち』の夢を壊してしまうのではないか、と。
――真剣に考え込むこと、数分。九郎はようやく、口を開いた。
「……エクシード・サーガ・オンラインのオープンβテスト。オレ、抽選に外れてたんですよ」
「――え?」
「そのゲームには興味あるんで……ゲームすればいいだけって言うなら、まぁ……」
「もちろん! もちろんです!」
実質了承の返答に、ゆかりと真百合が抱き合って喜ぶ。ありがと、と口の動きで伝えてくる妹に九郎は軽口で答えた。
「キャラクターの作成はお任せしていいんですよね?」
「はい! プロが一からデザインしたキャラクターをご用意しますから! 期待しておいてください!」
自信満々で請け負うゆかりに、ゲーマーの九郎はプロのデザインというのはどんな格好いいキャラになるんだろう? そんな風に柄にもなく期待した……期待、してしまったのだ。
† † †
“黒狼”:『だぁましたなああああああああああぁぁあああぁぁ!!』
“白狼”:『ウチって女性バーチャルアイドルしかいないって……知らなかった?』
“黒狼”:『――騙したなああああああああああぁぁあああぁぁ!!』
そんな事情で、ゲーマー少年坂野九郎は妹と双子『姉妹』として、美少女バーチャルアイドルデビューすることとなったのである……。
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