第89話 新たなる被害
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真夜中だというのにそれなりに人が出歩いていた。やんちゃな若者かと思ったけど、年配の人も多かった。その中に、今日訪ねた牧場の牧場主や従業員が何人かいて、家畜殺しを警戒する人達の見回りだと気づいた。
小声で話し合う人達の傍を、バウジオとアーガスさんと一緒に走り抜けていく。アーガスさんが町民達に向かって何か叫ぶと、全員ついてきた。
昼間歩き回ったせいで痛かったはずの脚が軽やかに動く。急げ急げと気が急いて、気づけばみんなとの距離がかなり開いていた。バウジオだけが真横にいる。
息が切れることのないまま走り続けて、ヴァラカン牧場にたどり着く。タロゴさん達に声をかけてる暇はない。スピードを緩めないまま柵を飛び越えて、放牧地に着地した。
姿勢を低くして、耳を澄ませる。鼓動が聞こえてきそうな異様な静けさの向こうに、何かいる。
柵の隙間をくぐり抜けたバウジオが隣に立つ。アーガスさん達の足音が近くまで来た時、冷気が頬を撫でていった。
“バンパイアシーフの短剣”を口に咥えて、マジックバッグからランプと“乾き知らず”を取り出した。ランプを点けて足元に置いて、掌を濡らす。
水神さん水神さん、この辺りを照らしてください。
口から“バンパイアシーフの短剣”を離して、そう願いながら手にとったランプを掲げた。空気中に含まれる水素が光を含んで、放牧地が昼みたいに明るくなっていく。
柵の向こうがざわついた。バウジオが唸り声を上げる。
じんわりと広がっていった光が、腹が失くなった牛の死骸を照らし出した。数は2頭。綺麗な弧を描く傷口から流れ出る血の赤が目を引く。
その少し向こうに、牛じゃないモノがいる。バウジオぐらいの大きさはある。カナブンみたいな、カマキリみたいな異様な姿をしているけど、手の部分は鎌じゃなくて鋏だ。
いかつい鋏を操る魔虫は、横たわった牛の腹を千切りながら喰らっていた。この牛だけ傷口がギザギザだ。まるで内側から破裂したみたいに肉が裂けていて、そこをさらに千切られているせいで無惨な姿になっている。
不意に肩を掴まれて悲鳴を上げそうになった。後ろから回ってきた手が口を塞いでくる。アーガスさんだ。
魔虫は照らされても気にしてない様子で牛を喰い続けてるけど、音には反応するだろうから気をつけないと。バウジオの頭を撫でて落ち着かせる。
手を離したアーガスさんが、腰の剣を握って私を見た。気づかれないように仕止めるつもりなんだ。頷けば、姿勢を低くしたままアーガスさんは魔虫に近づいていった。
“バンパイアシーフの短剣”を鞘から抜けば、青緑の刀身に金色の模様が浮かんでいた。ネメアン・ライオンの魔力を取り込んだ証だ、と、前に漣華さんが教えてくれた。
アーガスさんと魔虫との距離が縮まっていく。夢中になってる魔虫が気づく様子はない。短剣を握り締めた時、ぞわっと総毛立った。
バウジオに動かないように言って、足音を立てないよう気をつけながら、タロゴさんの家がある方に小走りする。急がないと間に合わない。急げ急げ急げ!
アーガスさんが剣を抜くのと、タロゴさんの家の扉が開いてジアーナちゃんが出てきたのは同時だった。眠そうに目を擦っていたジアーナちゃんが甲高い悲鳴を上げる。一瞬気が逸れてしまったアーガスさんは、奇声を発しながらジアーナちゃんに向かって飛び立った魔虫を仕止められなかった。
脇目も振らずに走った。短剣をこれでもかってぐらい強く握り締めて、自分が持つなけなしの魔力を注ぎ込むイメージをする。だけど間に合わない。
走る私と飛ぶ魔虫じゃあ、どっちが早いかなんて比べるまでもない。アーガスさんが何をしてるのか見えない。走ってきてるのか、魔法を放とうとしてくれてるのかわからない。
やるしかない。やらなきゃいけないんだ。
一か八か、全力疾走していた足を止めて、“バンパイアシーフの短剣”の切っ先を魔虫に向けた。なけなしの魔力を最大限込める。鼻血が出た。
直後、刀身から放たれたまばゆい光の槍が、魔虫の腹を貫いた。魔虫の断末魔が夜をつんざく。膝から崩れ落ちると、バウジオが支えてくれた。
「ありがとう、バウジオ……」
「くぅ~ん」
鼻を押さえる。かなりの血が出てるのがわかる。頭がくらくらしてきた。目眩がする。
バウジオを頼りながら地面に腰を下ろすと、駆けつけたアーガスさんが炎をまとった剣で魔虫の首を切り落としてるのが見えた。泣きじゃくるジアーナちゃんを、真っ青な顔をしたマーカドさんとダリアさんが抱き締めている。その後ろで、タロゴさんが呆然と立っていた。
視界が歪む。体を起こしていられない。
体がぐらつくと、バウジオの声が遠くなって、聞こえなくなった。
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目を覚ましたら見覚えのない天井が見えた。痛む頭を押さえながら起き上がったら、尻尾を振るバウジオが床にいた。
シンプルな造りの部屋だった。ベッドから足を下ろすと、バウジオが手をペロペロ舐めてくる。顔を揉むように撫でながら周りを見たら、サイドテーブルにマジックバッグが置かれていて、“バンパイアシーフの短剣”もそこにあった。
壁にかけてあったマントを畳んで、短剣と一緒にマジックバッグにしまう。窓から見える山からは太陽が昇りかけていた。
バウジオと一緒に部屋を出て廊下を進むと、先にあった扉が開いてアーガスさんが出てきた。壁に手をつきながら歩く私を見て駆け寄ってきたアーガスさんに肩を支えられる。体格差もあって、すんごい安定感。
廊下の向こうの部屋に行くと、タロゴさん一家が勢揃いしてた。目元を腫らしたジアーナちゃんが抱きついてくる。怖かったよなぁ、ごめんなぁ。
ジアーナちゃんの背中をぽんぽん叩いていたら、マーカドさん夫婦とタロゴさんも小走りでやってきて、頭を下げられた。いやいや、巻き込んだのこっちじゃないかな。むしろごめんね?
どうしたもんかとアーガスさんを見れば、見覚えのない人間が2人いることに気づいた。アーガスさんが一人ひとり指を差す。
『エルゲ』
柔らかい笑顔の男の人。怒らせたら怖いタイプ。
『イヴァ』
グラマラスな女の人。何考えてるかわからないタイプ。
うん。この中だったらアーガスさんが断然つき合いやすいな。
その後は、エルゲさんが中心になってタロゴさん達と話を進めていた。エルゲさんが一番偉いんかな? まあそんな雰囲気はあるけど。
私はその様子を部屋にあるソファーに横になって眺めていた。最初は起きてたんだけど、頭痛がすることを見抜いてきたのか、イヴァさんにそうっと寝かされてしまった。なんか逆らえねぇ。
少し日が高くなったら、バタバタとお店の方から走ってくる足音が聞こえてきた。バタンッ! と扉が開くと、息を切らしたニャルクさん達がいた。
「ああ、ニャルクさんにイニャトさん。青蕾達も、おはようござ」
「こんの馬鹿たれがぁぁぁぁぁっ!!」
のそりと体を起こしたら、絶叫ばりに叫んだイニャトさんの跳び蹴りを顔面に食らってしまった。
ごめんなさい、正直それ、ご褒美っすわ。肉球気持ちいい。




