第88話 夢?
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ギルドの仮眠室に戻った後、お風呂に入ってからベッドに倒れ込んだ。脚が痛い。紫輝達を乗せてたバウジオも隣のベッドで既に夢の中だ。
「ねーえ、あしたはママのところにかえれるのー?」
青蕾がベッドに飛び乗ってきた。
「そうよー。漣華さんに頼んで迎えにきてもらうけぇ、もうちょっと我慢してな?」
「わかったー」
「ねーねー、おみやげのおにくたべていーい?」
「紫輝ちゃん……。ママ達と食べた方が美味しいよ」
「はーい」
お土産食べちゃうなんて、いけない仔だねぇ。
「ほれ、お前さんら。ニャオは疲れとるんじゃ。寝かせてやれ」
濡らした布で体を拭いていたイニャトさんが仔どもらを呼んでくれた。お手頃価格で美味しいベーコンが買えるって評判のお店に寄った時、そこで飼われてたヤギにベロベロ舐められたんだよね。さすがにそのままじゃ寝られないか。
「おやすみー」
「おやすみねー」
「はいはい、おやすみ」
青蕾と紫輝がベッドから飛び降りる。部屋がノックされて、ニャルクさんが帰ってきた。
「戻りました。斧のギルマスに明日町を出ると伝えてきました」
「すまんのうニャルクよ。で、何か言っておったかの?」
「出る前に一度声をかけてほしいそうです。あとは何も」
「そうか。ではもう寝ようぞ。儂もさすがに疲れた」
結構歩いたもんなぁ。2人共長距離を歩く時はバウジオに乗って移動してるけど、今回は青蕾達に譲ってくれたからね。ありがとうお兄ちゃん達。
「では明かりを消しますね。おやすみなさい」
「お願いします。おやすみなさい」
「おやすみじゃ」
部屋が暗くなって、瞼を閉じる。階下から宿直のギルド職員達が作業する音が聞こえてくる。
帰ったら真っ先に商人ギルドに登録に行こうとか、美味しい物がいっぱいある町だから今度アースレイさん達も誘って来ようとか考えていたら、あっという間に眠りについた。
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何も見えない。感覚的に瞼を開けてることはわかる。なのに真っ暗だ。
どこかに立ってるけど、どこなのかわからない。眠った部屋なのかすらわからない。手を伸ばしてみたけど何もない空間が広がってるだけだった。
さらっと、伸ばした右手に何かが触れた。加湿器から出る水蒸気に触ったみたいな感覚だ。
それは右手から離れたと思ったら左手の方に来た。次に右脇、左の太ももを通って背中に張りついてくる。実体がないそれに密着されて、首筋がぞわぞわした。
それは正面に来た。両手を器の形にしたら、すぽっと収まった。掌が冷たくなる。掌紋が光り出したけど、何もいなかった。
助けてーー
男の子にも、女の子にも思える声が響いた。
手に負えなくなるーー
手の器の中でそれが渦を巻いた。
お願いーー
それは、渦巻きながら上へ昇っていった。見えないそれを目で追っていたら、パッと視界が明るくなって、暗くなった。
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ベッドに仰向けで寝ていた。ギルドの仮眠室だ。廊下から入るかすかな明かりが部屋をほんのり照らしてる。
器の形で天井に伸ばしていた両手を下げて、体を起こす。布がこすれる音にバウジオが顔を上げた。
「くぅん?」
「シー……。起こしてごめんな」
首を傾げるバウジオに謝って、マジックバッグを肩にかける。フアト村で買ったマントを取り出して羽織って、枕元に置いていた“バンパイアシーフの短剣”をしまった。
ニャルクさん達を起こさないように部屋を出る。階段を降りようとしたらバウジオがついてきた。扉が開けっ放しになってないのを確認して、一緒に降りる。ギルドの仮眠室の鍵は、その晩の使用者が出入りする時に自動で開閉するらしいから、扉が閉まってさえいれば問題ない。
カウンターに受付嬢がいた。驚いた顔で私達に近づいてくる。どうしたの? みたいなことを聞いてきてるんだろうけど、さてどう伝えたもんか。
「バウジオ、出かけたいって言うにはどうしたらいいかな?」
「きゅ~ん」
ああ、困らせてしまった。受付嬢も困ってる。
たぶん、ギルマス達からは私達のことを見ておくように言われてるはずだよね。ここで振り切って出てしまえばこの人が怒られかねない。どうしよう。
『✕△?』
声をかけられて振り返れば、そこらの冒険者よりもがっしりした体つきの男の人がギルドに入ってきた。かなりいかつい防具を身につけてる。胸元には前に見たカリュー隊みたいなマークが描かれていた。
私を見て驚いた顔をしたその人は、受付嬢と何か話し始めた。出かけたいことをどうやって伝えたらいいんだろう。あ、地図。
私のマジックバッグに入れていた、ニャルクさんが買ったトールレン町の地図を広げた。じっくり道を目でなぞる。覗き込んできた男の人に、南西にある牧場を指差して見せた。
『○✕△?』
不思議そうな顔をされたから、出入り口を指差して、また地図を指差す。そして出入り口を指差す。見上げれば、男の人は合点がいったみたいに頷いた。
受付嬢を振り返って、一言二言話すと、男の人は私の手を握って外に向かった。バウジオもついてくる。受付嬢に手を振って、私達は外に出た。
手を離した男の人がにやっと笑った。私も笑い返す。出られてよかった。
『ナオ』
突然、男の人がそう呼んできた。久しぶりに聞いた、私の名前。続けて、男の人は防具をつけた胸元をこつこつと指でつつく。
『アーガス』
名前だ。男の人の名前。
「アーガス、さん?」
呼べば、アーガスさんはニカッと笑って私の頭をガシガシと撫でた。バウジオが尻尾を振る。
「ついてきてくれますか?」
そう言って、さっき示した牧場がある方角を指差せば、なんとなくわかったのか、アーガスさんは頷いてくれた。
誰もいない深夜の町の中を、私を先頭に走り始めた。




