第80話 神の繭
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レストラン・ロナンデラに納品した後、食料を買い足して森に戻った。お迎えは漣華さんと美影さん。ダッドさん達にまた野菜をたくさんもらったから、バーベキューをする予定だ。
連れて帰った穴潜りは物置木の根元にとりあえず置いた。ニャルクさん達も初めて見るみたいで、仔ドラゴン達と珍しそうに眺めていた。
町で買ったお肉ともらった野菜を切って下準備をする。金網は今日の夕飯に合わせてイニャトさんが買っておいてくれた。ニャルクさんとアースレイさんが石を積んで台を作って、落ちないように固定する。使用するのは炭だ。これも町で売っていた。
「ニャオよ、あの穴潜りの名前はどうするんじゃ?」
充分熱した金網に肉を置きながらイニャトさんが聞いてきた。
「いや、あの仔はシシュティさんが選んだ仔だから、シシュティさんがつけるべきじゃないですか?」
「おお、そうじゃった」
なんか私が名前をつけるのが定番みたいになってるけど、違うからね?
みんなが焼いてる間にタレを作っていく。醤油ベースと玉葱入りの2種類用意した。
「よし、そろそろいいですかね」
タレをみんなに配り終えてから、いただきます、と手を合わせる。香ばしい肉の匂いが食欲をそそる。
香梅さんには果実、バウジオには焼いたお肉、仔ドラゴン達と仔ライオンには美影さんが獲ってきた魔物の生肉を用意してたけど、みんな焼き肉の方に来てしまった。まあいいさ、焼いちゃる焼いちゃる。
漣華さん、福丸さん、美影さんも焼き肉に興味を示したから、こっちにも大量に焼いた。ニャルクさん達にも手伝ってもらったけど、金網がもう2つほしいな。今度買うか。
忙しいながらも楽しみつつ食事を終えて、片づけに入る。ふと置いておいた穴潜りが目に入った。水を張った木桶を覗き込めば、穴潜りは縁にぴったりくっついていた。
「どうされました?」
洗った食器を運んでいた福丸さんに声をかけられた。
「いや、なんかえらい端っこにいるなーと思って」
「ああ、その魔物は狭い場所を好みますからね。ただの木桶では落ち着かないんでしょう」
そういえばそんなこと言ってたな。うーん、これじゃまずい……。
「福丸さん、ちょっと竹を、バンブーを採りに行きたいんですけどいいですか?」
「今からですか? もう暗いですし、明日でも……」
「いや、すぐがいいです。ちょっと行ってきますね」
そんなに遠くないから大丈夫だろうと思って走り出したら、お待ちなさいって襟に爪を引っかけられた。苦しい。
「わたくしもお供しますよ。危険な魔物はいないとはいえ、こんな時間に1人で動いてはいけません」
「すみません、お願いします」
火の処理をしていたニャルクさんに一声かけて、ランプを片手に福丸さんに跨がる。小走りする福丸さんの背中は漣華さん以上に揺れるけど、もう慣れた。
バンブーエリアに着いて福丸さんから飛び降りたら、いい感じの太さの竹を探した。選んだのは直径4センチぐらいのと6センチぐらいのを1本ずつ。福丸さんの風魔法で、片方の節を残してもう片方の節ギリギリを切ってもらえば、あっという間に穴潜りの家の完成だ。太さ違いを用意しておけば、多少成長しても使えるよね。
「なるほど、神の繭の寝床がほしかったんですね?」
マジックバッグに竹を入れていると、福丸さんにそう聞かれた。
「神の繭ってなんですか?」
「あなた方が今日連れて帰ってきた魔物ですよ」
「穴潜りってアースレイさんから聞きましたけど……?」
「それは戦争が終わった頃から呼ばれ始めた名前ですね。それ以前は神の繭だったんです」
なんかかっこいい名前だね。
「あの魔物は外皮がとても柔らかく、他者を傷つけることがありません。しかし内側には内臓を守る強固な皮膚があります。そのことから、神々が地上に降りる時はあの魔物の中に一度宿って、体を下界の空気に慣らすと言われているんです」
「神様だから、生き物を傷つけないように気を配ってるんですね?」
「ええ、そうです」
なるほど、神聖な魔物だったのか。でもそんな魔物を売買していいんかね?
「でも、なんで名前が変わったんです? 何か切っ掛けでもあったんですか?」
そう聞けば、福丸さんは物凄~く穏やかな笑顔を浮かべた。
「とある人間が、ですね……。性具として使いまして……」
「………………は?」
「それまでは普通に神聖な生き物として扱われていたんですが、それ以降そういう目的で乱獲され始めてしまいまして……」
「…………はぁ?」
「さすがに神の名を冠したままでは使いづらいということで、誰かが穴潜りと呼んでからはそちらの名前が定着したんです」
「はぁぁ?」
ちょっと、お話ししましょか兎共。
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福丸さんに乗せてもらってみんなのところに帰れば、お風呂を終えたシシュティさんが神の繭を家に持って帰ろうとしているところだった。福丸さんに呼び止めてもらって、アースレイさんも呼んで3人で物置木の裏に回る。仔どもらはもう寝てたからいいとして、ニャルクさん達には家に上がってもらった。
で、現在。
地面に直座りした兎人姉弟を真正面から見下ろしている。
「シシュティさん。私はあなたが《夢の先》相手にしてきたことを咎めるつもりはありませんし否定もしません。そこで覚えたことを忘れろとも言いません。だけどこの森に持ち込めば仔どもらの目に触れることは予想できましたよね?」
私が言ったことをアースレイさんに翻訳してもらう。実の姉相手に言いづらい内容だろうけど、今回ばっかりはあんたも同罪だからね。
「何もね? するなとは言わないですよ? 兎の本能がどういうものか私も理解してるつもりです。でもここには何人の仔どもがいると思ってるんです? 大人なら悟られないように配慮すべきじゃないですか?」
アースレイさんが翻訳すれば、シシュティさんは身を縮めて耳で顔を隠してしまった。弟からこんな話されたら恥ずかしいだろうけど、罰だ罰。
「穴潜り……、神の繭をそこら辺の川に帰すわけにはいきません。かといってお店に返品もできないんなら、私達にはあの魔物を最期まで世話する責任があります。シシュティさん。あの仔をそういう目的で使いたいんなら、仔どもらの目の届かないところで育ててください。使わないんであれば、私に任せてください。私が世話します。どうしますか?」
アースレイさんが、私の言葉を一言一句違えずに伝えた。シシュティさんは顔を隠したまま、傍に置いていた木桶をずるずると差し出してくる。はい、受け取りましょう。
マジックバッグから財布を出して、26万エルをシシュティさんに渡す。驚いた顔で返そうとしてくるシシュティさんの手に札をねじ込んだ。
「このお金は、もっと他のことに使ってください。美味しい物買ったり、本に使ったり。……穴潜り、どうしてもほしいなら新しい仔を買うなとは言いませんけど、うちの仔らの目に触れないところに置くことが条件です。私にも、買ったことすら気づかれないようにしてくださいね」
約束ですよ、とじぃっと見つめながら言った。アースレイさんが訳せば、飛んでいきそうな勢いで首を何度も縦に振られた。こりゃそう経たん内に買ってきそうだな。
はあ、と息を吐いて立ち上がって、マジックバッグに入れていた竹を取り出す。とりあえず細い方。節の真ん中辺りにナイフで丸い小さな穴を開けて、水に沈める。
竹に気づいた神の繭はゆっくり近づいてきて、口で舐めるように入り口を確認した後向きを変えて、お尻からすっぽり入っていった。
表情はわからないけど、さっきよりは落ち着いたように見える。よかったよかった。
反省してる兎人姉弟におやすみと言って、お風呂に向かった。緑織はいないけど、このタイミングで突撃はされないはず。早めに上がって、家に帰る。兄弟猫もバウジオも夢の中だ。毛布を蹴り落としてるイニャトさんにかけ直してから、敷布団に横になる。
なんかどっと疲れた。福丸さんに言われなかったらとんでもないことになってたかもしれない。明日は林檎でデザートを作ろう。
……あれ? 昼間のアースレイさんの口振りからすると、もしかしてシシュティさん、私に使おうと企んでた?
いやいやいやいや 、まさかそんな……、ねえ?




