第79話 シシュティさんの買い物
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シシュティさんが扉を開いたのはなんともお洒落なお店だった。
大通りに面した大きなガラス窓からは可愛い雑貨が綺麗に並べられているのが見えて、いかにも女性向けといった外装の店に入るのは躊躇ったけど、握られた手を離すことはできなかった。
カランカランとベルが鳴って、店員さんが挨拶してくる。私を見てピンと耳を立てた。野兎みたいな女性の兎獣人だ。
他にお客さんはいなかった。丁度お昼時だから、みんなご飯を食べてるんだろうな。これならゆっくり見ても大丈夫そう。
シシュティさんは店員さんと話しながらいくつかの雑貨を選んでいく。アースレイさんと約束した通り、クッションは2つに絞らせた。
私もいろいろ見て回る。積み木みたいに重ねられる家の形をしたおもちゃとか、窓に飾るモビールとか、自然由来の物が多い。
その中から、窓の縁にかけるタイプの鉢植えを2つと、私がゆったり座れるサイズの大きめのクッションを1つ買った。これならニャルクさん達とか芒月も乗れるからね。仔ドラゴン達は……、爪を丸く研いだら乗ってもいいかな。
しれっと買う物の中に追加されてたクッションを棚に戻させてから、シシュティさんにも会計してもらってマジックバッグにしまう。品物の方が明らかに大きいけど、マジックバッグの口につけたらしゅるんと入っていった。どうなってんだろ。
そろそろ出ようか、と出入り口を見たら、ドアノブに小さな看板がかけてあった。もしかしてクローズって書いてある? シシュティさんに手招きされた。
先を歩く店員さんについていくと、掌サイズのぬいぐるみを置いてあるショーケースに行き着いた。店先からは見えない位置だ。店員さんがガラスを開けていくつかのぬいぐるみを複雑に置き換えると、カチン、と音がしてショーケースが動き始めた。
「隠し扉?」
開いたショーケースの向こうにはもう1枚の扉があった。店員さんが中指に嵌めていた宝石つきの指輪をかざすと、カチャンと鍵が開いた。魔石だったか。
通された先は、数本の蝋燭だけが揺れる薄暗い部屋だった。棚にはいろいろな道具が置かれている。液体が入った小瓶もあるけど、ポーションではないっぽい。
『◎◎△□?』
『○◎△△♪』
シシュティさんと店員さんが楽しそうに話してる。部屋の雰囲気と合わないな。勝手に見させてもらおう。
頑丈な筒に入れられた商品。ゼリー状の物が詰められた瓶。何かが入った麻袋。うーん、怪しい。
シシュティさんはここに何を買いに来たんだろうか? 森に持って帰っちゃ駄目な物とかじゃないよね? 物によっちゃあ福丸さんも怒ると思うよ?
商品を手に取って読めないラベルに目を滑らせる。視線を感じて振り返れば、シシュティさんと店員さんがにまにましながらこっちを見てた。なんぞ?
「お?」
足が何かに当たって下を見たら、水を張った木桶があった。水槽っぽい。膝をついて覗き込むと、ナマコみたいな生き物が3匹入っていた。
スーパーでよく見たナマコよりも細くて長い。直径は2センチないぐらいだけど、長さは30センチはある。乾燥ナマコみたいな突起がたくさんついていて、うねうね動いてる。
……触ってみても、いいかな?
シシュティさん達をちらっと見たら、何かを期待してるような顔をしていた。ナマコっぽい生き物に目を戻す。危なかったら止めてくれるよね?
左手の人差し指を、そーっと木桶に入れる。ナマコっぽい生き物達は片方の先端を近づけてきた。そっちが頭か。
むに、って音がしそうな動きで、ナマコっぽい生き物の先端が開く。ヤツメウナギみたいだ。だけどあのいかにも痛そうな棘はついてなくて、小さな真珠みたいな丸い突起物が不規則に並んでる。
3匹のナマコっぽい生き物が指に吸いついてきた。痛みはない。ドクターフィッシュみたいなもんかね? これ食用かしら。ナマコ好きなんだよね。醤油と大根おろしで食べたい。
水から指を出すと、ナマコっぽい生き物達は吸いついたまま出てきてしまった。その内の2匹がポチャンと落ちる。最後の1匹を水に戻そうとしたら、店員さんがひょいと掴まえた。
店員さんは、動物? 魔物? どっちかわからないけど皮で作った袋をとって、水とナマコっぽい生き物を入れた。水が溢れないように口を縛って、シシュティさんに渡す。シシュティさんはお金を払ったんだけど、見間違いじゃなきゃたぶん26万エルだった。たっか。
ナマコっぽい生き物が入った袋を、シシュティさんは斜めがけのバッグにしまった。これは普通のバッグ。シシュティさんにマジックバッグを持たせたらあり得ない物を入れてしまうから持たせないようにしてるってアースレイさんが言っていた。まあそもそも生き物はマジックバッグには入れられないらしいけど。
シシュティさんは売場にあったのと同じ木桶と種も買った。そっちは私のマジックバッグに入れる。ほくほく顔のシシュティさんが腕を組んできて、隠し部屋を出る。
お店を後にすると、店員さんは外まで見送りにきてくれた。手を振ってくれたから、私達も振り返す。
道を行く町民達からは微笑ましげに、冒険者達からは羨ましそうに見られながら、レストラン・ロナンデラに向かった。
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「それは穴潜りだね」
「あなもぐり?」
レストラン・ロナンデラに向かう途中の道でニャルクさん達とばったり出会って、時間に余裕があるからとカフェで一休みしている時に、シシュティさんが買った生き物についてアースレイさんに聞いてみたら、そう答えられた。
「淡水でも海水でも生きられる魔物の一種でね。といってもほとんど魔力を持たない無害な生き物だよ。穴潜りは水中の岩場に体をねじ込んで流されないようにしてから餌を食べるんだ。それが名前の由来なんだ」
「へぇ~。あ、でも骨がないんじゃないかってぐらい柔らかかったですけど、水流に耐えられるんですか?」
「普段は岩とか沈んだ倒木に当たっても大丈夫なように柔らかいんだけど、巣と決めた場所に潜ったらある程度固くなるんだ。で、外皮にある突起を引っかけて抜けにくくするんだよ」
ほうほう、生き物って凄いね。
「かなり高額っぽかったですけど、あの生き物は食用ですか?」
「しょ……。いや、食べないよ……」
食用じゃないのか。残念。てゆーかアースレイさん、なんて顔してんのさ。
「穴潜りを食用なんて聞かれたのは初めてだよ……」
「そうなんですか? 私の故郷ではわりと食べられてますけど」
そう言えば、またすんごい顔をされた。なんなのさ。
「と、とにかく、あれは食べてはいけないよ。姉さんが育てるだろうから、時間があれば手伝ってもらってもいいかい?」
「そりゃいいですけど……。穴潜りって食べるんじゃなければどうするんです? 観賞用?」
「……まあ、その内わかるよ」
なーんか引っかかる言い方だなぁ。まあいいけど。
「すみません、お待たせしました」
木のトレーを持った兄弟猫とシシュティさんが戻ってきた。載っているのはクレープだ。足元でいびきを掻いていたバウジオが起きる。
「ありがとうございます」
クレープを受け取ってかぶりつく。うん、蜜柑とチョコが美味しい。
「そうじゃ、ニャオよ。お前さんが前に使っておったマジックバッグと“乾き知らず”は中古店が買い取ってくれたぞ。合わせて70万エルににゃった」
苺のクレープを食べながらイニャトさんが言った。口の端にクリームついてら。
「そこそこの額になりましたね」
「まあ、物はよかったからのう。出所が不吉じゃが」
「不吉ですねぇ」
クレープを食べ終えて、みんなでレストラン・ロナンデラに向かう。さすがにこの人数がいたら路地裏には連れ込まれなかった。よかったよかった。




