第76話 契約
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※この小説はR15です。R15です(2回目)
お風呂にくっつく形で作った簀の子の上で体を洗い終えてお湯に浸かれば、あ゛あ゛~っと変な声が出た。仔ドラゴン達と入るのも楽しいけど、たまには1人でのんびりするのもいいね。
日暮れと同時にお湯が張り始めるこのお風呂は、いつも丁度いい湯加減を保ってくれていて、時間を空けて入っても問題ない。しかも夜明けと一緒に栓を抜くみたいにお湯がなくなるから、手入れの必要もないからありがたい。
バシャッと顔を洗って、そのままお湯の中に沈む。川に落ちた時みたいに呼吸できるから、湯船の底に横たわった。
目を開けてみても、白濁湯だから何も見えない。湯船の縁に置いたランプの灯りだけがほんのり揺れているのがわかるだけだ。それをぼんやり眺めながら、自分の状況を考える。
今ハノア農園とレストラン・ロナンデラに卸してる分で週に400万エルぐらいの収入があるから、お金に関しては不安要素は全くない。元いた世界と比べると稼ぎ過ぎてるぐらいだ。しかも時々漣華さん達が魔物を獲ってきてくれるから、それの収入が入ることもある。額が額なだけに正直怖い。
次に浮かんだのは町で起こる騒動のこと。フアト村の時もそうだったけど、人がいるところに行くとほぼ確実に騒動に巻き込まれる。というか巻き起こしてしまう。どうしたもんか。
今日のはシシュティさんを狙った馬鹿共だったけど、前はロスネル帝国とかドレイファガスに狙われたし、今後も近づいてこないとも言い切れない。兎人姉弟がついてきてくれるとはいえ、兄弟猫や仔どもらを巻き込まない保証もない。私が町に行かなかったら帝国関係の奴らも来なくなるかもしれないけど、根本的な解決にはならないな。
お湯から頭を出してため息をついた。いい案が思い浮かばない。仔ライオンの名前も浮かばない。漣華さんに水玉ぶつけるの忘れてた。
体をひっくり返して、湯船の縁に両腕をかけて頬を置く。眠くなってきた。早く出てみんなのところに帰ろう。
と、思って目を開けたら、真正面にシシュティさんがいた。鼻と鼻が引っつきそうになるくらいの距離に。しかも裸。服どした?
「え? ちょっ、は?」
私がお湯に戻るのについてくるみたいにシシュティさんが湯船に入ってきた。え? もしかして家に戻ってくるのが早かったのって体洗っただけだったから? じゃあもしかして……。
「僕もお邪魔するよ」
やっぱりかーい。てか魔力戻ったのねアースレイさん。
アースレイさんも裸で近くに立っていて、うんって言う前に入ってきた。あれだね、大事なところは毛に隠れてるんだね。収納されてんのかな? まあ、よかったよ、うん。
「あの、ユニークスキル使って大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。もう回復したから。〈万能言語〉を使う時は消費魔力を予め決めておくんだよ。そっちばっかりに魔力を使って他に回せなかったら困るからね」
アースレイさんが私の左に座る。シシュティさんは右側だ。動けん。
「あの、2人共お風呂済ませましたよね? 何かありました?」
聞きたいことは他にもある。姉弟なのに裸見せ合うのは抵抗ないの? とか、片方は私と同性だけど大丈夫なの? とか、いやそもそもなんで来たの? とか。
私はいいよ? 銭湯とかよく行ってたから裸のつき合いには慣れてるし。まあはっきり言うと2人は毛で全身覆われてるからスレンダーな人型の兎と思えば異性でもさほど抵抗はない。隠すべきところは隠れてるし。でも私は丸見えだから見られるとなるとちょっと恥ずかしい。鼻から下お湯に浸けとこ。
「ニャオさんと話したいことがあるから来たんだよ」
それここじゃなきゃ駄目なんですかね? 裸じゃなきゃできない話なんですかね? 腹を割って話せってか? やかましいわ。
「ニャオさん、僕達は種族上今日みたいなことがこれからも起こると思う。今までそうだったから、ああいう目で見られることには慣れてはいるんだけど」
慣れちゃ駄目だよあんなの。あんな奴ら蹴散らしちまえ。
「姉さんは特に狙われるよ。弟の僕が言うのもなんだけど、兎人の中でもかなり整った見た目をしてるから」
あら、美人さんなのね。わかってたけど。
「ニャオさん達と一緒にいても、ああいう目から逃れるには限度があるんだ。だからお願いなんだけど、雇用契約を結んでほしい」
雇用? 2人を雇うってこと? 仲間のつもりだったんだけど。
「あくまで形だけだけどね。この森にいるみんなとは仲間でいたいし。だけどニャオさんが僕達を雇うってはっきり証明してくれれば、あの手の輩は絡んでこなくなるはずだ。契約済みの冒険者に手を出すことは雇用主に喧嘩を売るようなものだから」
なるほど。雇用主が私なら下手すりゃSSランクが出てくるもんね。そりゃいい案だ。私だっていざって時は掌紋ぶっ放すからね。
「勝手なことを言ってるのは重々承知の上だ。利用しようとしてるって受け取られても仕方がないと思う。でもニャオさんにとっても悪い案じゃないんだよ。それなりに名が知られてる僕達を雇ったと知れ渡れば、ロスネル帝国も手を出しにくくなるだろうし。だから」
「いいですよ」
お湯から顔を出して返事をした。セリフにかぶっちゃったな。まあいいか。
「一番大事なのは、雇用っていうのは本当に形だけのものにすること。町とか人目のあるところじゃあそれらしく振る舞わないといけないかもしれないけど、それ以外は普通に仲間でいること。私達は仲間。はい繰り返して?」
「ぼ、僕達は仲間」
「はいよろしい。で、次はお金の話。形だけでも雇うからにはちゃんと支払いますからね。金額はニャルクさん達と相談しないといけないけど、お2人はちゃんと受け取ること。それでいいですか?」
「うん、それはまあ、大丈夫だよ。あ、でも冒険者としての仕事もしたいんだけど」
「そりゃあもちろん好きなようにしてください。町にはいろんな依頼が来てるんですよね? ご自由にどうぞ。この森では果実の収穫と卸す準備ぐらいしかしないですからね」
まあそれが大変なんだけど。
「提案しといてなんなんだけど、本当にいいのかい?」
「もちろんですよ。それでお2人をあんな奴らから守れるんなら本名でもあだ名でもなんでも貸しますよ。次の納品の時にギルドに行きましょう。こういう登録ってギルドでするんですよね?」
「うん、そうだよ」
アースレイさんが嬉しそうに頷いた。反対側で不安げにしていたシシュティさんににっこり笑って見せれば、提案を呑んだことがわかったのかまた抱き締められた。……当たってるからね? それどころか私の顔埋まってるからね?? 毛に覆われててもあなたの母性の主張は激しいんだからね! ちょっと離れようかお嬢さん?!
柔らかいふにふにから逃げようとしたらアースレイさんに当たってしまった。で、捕まった。何故?
「ありがとうニャオさん。僕達のことを思ってくれて嬉しいよ」
「あの、それはいいからとりあえずお姉さん止めてもらっていいですかね?」
「うーん……、◎△▽✕□?』
あ! 〈万能言語〉切りやがった! まだ魔力残ってんだろあんた!
てかシシュティさん脚の間に足入れてこないで! 開いちゃうから! 無防備になるから! アースレイさんも腹に手を回さない! ほんとにやめて!
ちょ、これも雇用主の役目じゃないよね? 兎人雇う上での責任じゃないよね?? マジ無理これ無理ムリ無理ムリ無理……。
あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーーーーーーっ!!
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「遅かったではないか。ほどほどにせんとのぼせるぞ」
癒されに行ったはずのお風呂からどっと疲れて帰ってきたら、漣華さんにそう言われた。
「だいじょうぶです……。そんなよゆうなかったんで……」
「うん? 声が枯れかけておるな。風邪か?」
いえ、違います。後ろでほくほくしてる兎人姉弟の仕業です。はい。
「ニャオさん、シシュティさん達の家用のガジューを植えるって言ってましたけど、できそうですか? 明日にします?」
ニャルクさんが心配そうな顔で聞いてきた。
「できる……。やる……。わたし、やれる……」
「……明日にします?」
「や゛る!」
絶対に今日の内にやるんだから! こんちくしょうめ!
私達の家は開けたところに面するように建てたけど、アースレイさん達は故郷みたいに木々に囲まれている方が落ち着くってことで、のん木の奥側に苗を植えることにした。少し離れてるけど、私の足で歩いて10分かからないくらいの場所だから、姉弟からしたらすぐの距離だ。
イニャトさんからもらったガジューの苗は1本だけ。予備がなかったらしい。ペリアッド町にも取り扱いがないみたいで、今取り寄せてもらってるって言っていた。
アースレイさん達は気にしてないっぽいけど、姉弟とはいえ男女が同じ家じゃちょっとあれだよね。さてどうしたもんか。
悩んでも仕方ないから、せっせとガジューの苗を植えて水を掌と土にかける。
水神さん水神さん。この苗を人が2人住めるように育てていただけますか?
これでよし。
ついてきてくれた漣華さんと一緒にみんなで家に帰る。途中シシュティさんが腕を組んできたり、アースレイさんが肩に手を回してきたりしたもんだからニャルクさんが不思議そうな顔をしていた。漣華さんはにやにやしてた。こんにゃろうめ。
はあ……。ほんとにもう、この2人をどうしたもんか。どうしたもんか……。
未遂です。一応。




