第8話 その日の仕事はその日の内に
香ばしい匂いがする鶏肉にかぶりつけば、こんがり焼けた皮がパリパリ鳴って余計に美味しく感じる。空腹だったこともあってなおさら。
焼いた2羽の鶏を食べやすいサイズにカットしてからマジックバッグにしまって、定位置になりつつある巨木の枝に跨がっての腹拵え。早食いしないようゆっくり噛むことを意識しながら、風に揺れる頭上の木の葉をぼうっと眺めた。
まず考えるのはこれからのこと。当面の目標は地図にある村に辿り着くこと。元の世界に帰る方法は、まあ、見つからないだろうな。異世界召喚物の定番だから。
お下品教会を放り出されてからここに来るまでにかかった体感時間を考えると、村までの距離は無理なく歩いて4日ぐらいはかかるはず。休める場所があるともしれないから、せめてその間の食料は確保しておきたい。となると、利用できそうなのは例の木の実だな。
摘んだままじゃあそんなにだったけど、半分に割れば甘い匂いが強くなったから、それを餌に鶏を捕まえよう。他に食べられそうな獲物がかかれば万々歳だ。念の為、数粒採取しておこう。
飲み水については解決済み。魔法陣が描かれた竹筒は、飲んだ分だけ補水される優れ物だった。
「かなりいい物だと思うんだけどなぁ」
この世界だとそうでもないのかな? 追い出す奴に放って寄越せるぐらいに普及してるアイテムなんだろうか。
あと、調べたいのはマジックバッグによくある機能。時間経過を止められるかどうかだ。
現実と同じように時間が経つなら、食料を集め過ぎても食べ切る前に傷んでしまう。理想なのは停止機能だけど、今は半分でも充分ありがたい。旅の準備も含めて、それも調べておこう。
太陽が傾き始めた。数時間で暗くなるから、明るい内にやれることをやらないと。
腹ぺこだったから、鶏1羽食べ切ってしまった。骨も一応取っておこうかな。
それから夕方にかけて、1羽の鶏と2匹のトカゲを捕まえた。けど、トカゲは逃がした。上半身棘だらけの真っ青なトカゲはさすがに食べる気にはなれなかった。
暗くなってから火を起こすと目立つから、鶏の脚を結んで巨木から少し離れた木にくくりつけておく。
明日も日の出から動かないとな。早めに寝よう。
▷▷▷▷▷▷
コォォォォケケケケケェェェッ!
けたたましい鳴き声に目覚めるより先に飛び上がった。ぐらっと傾き落ちそうになるのを近くの出っ張りを掴むことでなんとか耐える。
寝起きのはっきりしない頭で音の発生源を探すと、なんとマジックバッグからだった。
もたつく手でどうにか金具を開けて中を確認する。地図じゃない。竹筒も違う。お金は鳴かない。となると……。
「これ……?」
引っ張り出した短剣がわずかに光っている。鞘から抜けば鳴き声はもっと大きくなった。
コォォォォケケケケケェェェッ!
コォォォォケケケケケェェェッ!
コォォォォケケケケケェェェッ!
コォォォォケケケケケェェェッ!
「あぁぁぁぁぁもううるさいっ!!」
そう叫んでガチンッ! と短剣を鞘に戻す。やっと鳴きやんだ。
太陽は昇り始めたばかり。最悪の目覚めだ……。
マジックバッグにしまってから両手で顔を擦ってると、遠くからまた鳴き声が聞こえてきた。木にくくってある鶏が鳴いてるらしい。
直後、バキバキと木や枝が折れる音がした。ガリガリと地面を掻く音も。
「コケーーーーーー……」
鳴き声とは違う、明かな断末魔は途切れた。続くのは、バリバリクチャクチャという咀嚼音。
息を殺して指の隙間から音がする方をじぃっと見ていたら、口周りに羽根をつけた巨大なカモシカがもぐもぐしながら歩いていった。
「雑食かよ……」
超怖いとか、今まで出遭わなくてよかったとか、思うことはいろいろあるけど……。
鶏は明るい内に捌いてしまおう。




