余話第7話 選択肢
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「アース、起きてる?」
深夜、借りたハンモックに入って10分と経たずに、シシュティは弟を呼んだ。
「起きてるよ。どうしたの姉さん?」
もぞっと寝返りを打ったアースレイが姉を見る。夜目が利く姉弟は暗がりの中で見つめ合った。
「今日凄かったね」
シシュティが微笑む。
「うん、凄かった」
アースレイが微笑み返す。
「戦争の英雄格好いいね」
「ドラゴン達とも友達になったよ」
「ご飯美味しかった」
「お風呂気持ちよかったね」
「「それに……」」
1日で起こったことを交互に言って、姉弟はプッと吹き出した。
「「〈水神の掌紋〉保有者に会えた!」」
声を殺してくすくすと笑い合って、同じタイミングでシーッと言った。
「静かにしなきゃ。ニャオさん達起きちゃう」
「うん、静かにしよう。みんな疲れてるからね」
ハンモックから体を起こしたアースレイが、ニャオ達が眠る家を見る。灯りは消えたままだ。
「大丈夫、起きてない」
「よかった」
起き上がりかけていたシシュティがハンモックに戻る。アースレイは寝そべらずに腰かけた。
「噂には聞いてたけど、本当に不思議な髪だよね。黒いのにあんなに艶があるなんて」
「うん、散髪したら少しもらえないかな? 耳飾りにしたい」
「頼んでみようか? 僕が聞いてみるよ」
「ほんとに? ありがとう!」
「これ。静かにせんか」
身を乗り出したシシュティは、枝間から首を突っ込んできたレンゲに悲鳴を上げた。
「す、すみません。もう寝ますので……」
「起きておく分には構わん。静かにせいと言うておるのじゃ」
ふん、とレンゲは鼻を鳴らした。
「レンゲ姉さん、どうしたの?」
仔ドラゴン達を寝かしつけたミカゲがそっと近づいてきた。
「気にするな。兎共が騒いでおっただけよ」
「もう夜。寝た方がいい」
ミカゲに見下ろされて、姉弟ははい、と返事をした。
「ふむ。起きておるついでに聞くが、そなたら町に行った後はどうするつもりじゃ?」
「え?」
突然の問いかけに、シシュティは目を丸くした。
「冒険者らしく旅に戻るか、町にとどまるか。はたまたここの群れに加わるか。そなたらの自由ではあるが……。妾はそなたらに後者を選んでほしい」
予想だにしなかった提案に、姉弟は顔を見合わせた。
「そなたらも知っての通り、ニャオは異世界から喚ばれた人間じゃ。喚んだのはドレイファガスで、命じたのはロスネル帝国。以前妾とフクマルがおらぬ間に、帝国の奴らが拐いにきたことがある」
「誘拐?!」
「大丈夫だったんですか?」
ハンモックから降りたシシュティとアースレイがレンゲに詰め寄る。その慌てぶりに、くはは、とレンゲは笑った。
「大丈夫だったからこそこの森に帰っておるんじゃろうが。ニャルク達が言うに、奴らは“はじき石”を使って拐おうと目論んだようじゃが、放られた石を“バンパイアシーフの短剣”で打ち返したらしいぞ」
「打ち返したって……」
「凄い……。あたし、その場にいたかったかも」
シシュティが目をキラキラさせて、鼻をふすんと鳴らす。その横でアースレイは額に手を当てた。
「姉さん、そんな悠長に言ってられないよ。もし拐われてたらニャオさんは帝国の奴隷になってたかもしれないんだよ?」
「その通り」
レンゲが頷く。
「妾達はこの体躯故町に入りづらい。その点そなたらは冒険者で、しかもSランクに届こうとしておる腕利きじゃ。ニャオ達に同行してくれれば、待つ身である妾達も安心できるというもの。それに、この森ならば危険な魔物も入らぬから命が危ぶまれることもない。食い物もあるし、ニャオ達と共に安定して稼ぐこともできる。無理にとは言わんが、悪い話ではあるまい?」
どうじゃ? とレンゲが首を傾げる。難色を示したのはシシュティだった。
「あの、あたしとしてもそのお話はありがたいんですけど……」
「何か不都合でもあるか?」
レンゲが問うた。威圧的な聞き方ではないが、シシュティは萎縮した。
「その、あたし、前のパーティーにいる時にちょっと……」
「《夢の先》じゃったかのう?」
「は、はい。そこにいる時に、その……。文字通り、パーティーに心身共に尽くしてまして……」
気まずそうにシシュティが言う。アースレイはそっと目を逸らした。
「心身共に……。ふむ、そういうことか」
「レンゲ姉さん、どういう意味?」
不思議そうにミカゲが聞けば、知らんでよろしい、とレンゲは答えた。
「確認するが、合意の上、かの?」
「あ、はい。それは大丈夫です。問題ないです」
「本当か? あやつらは4人いたはずじゃが……」
「いやぁ、えーっと……。全員と、ですね」
あはは、とシシュティは頬を掻いた。レンゲが遠い目をする。
「……まあ、兎がどういう種かは妾も知っておるからとやかくは言わんが、ほどほどにな」
「は、はい……」
シシュティの耳がピクピク動く。ミカゲはわけがわからないというように首を傾げた。
「と、ともかく、あたしはそういうことをしてきてるので、ニャオさんみたいに加護を受けてる人の傍にいたらいけないんじゃないかなー、なんて思うんです……」
「それは関係ないじゃろう」
ピシャリとレンゲが言った。
「そのようなことを言ってしまえば、200という若さで仔を産んだミカゲとてこの場にはおれん。まあ、婚姻関係にない複数と、という点を責める者はおるかもしれんが、神が責めるかは別の話じゃ」
「そ、そうですかね?」
「そうとも。それに、ニャオ自身もそなたを否定はせんじゃろうて。戸惑いはするじゃろうが、きちんと話せば大丈夫じゃ」
言い切るレンゲに、今度はアースレイが首を傾げた。
「どうして言い切れるんですか?」
「……そなたらも覚えておくがいい。ミカゲもじゃ」
レンゲは全員の目を順番に見た。
「ニャオの匂いを覚えておけ。あの匂いを放つ異世界人は腹が立つほどのお人好しじゃ。今にわかる」
枝間から首を抜いたレンゲが、ニャオ達の家の木の根元に寝転がる。見送ったミカゲが姉弟に向き直った。
「お人好しって?」
「えっと、穏やかで優しい人って意味、かな?」
「騙されやすい人のこともそう言うわよね」
「ニャオさん、騙される?」
「……いや、そんなことさせないよ」
アースレイが微笑んだ。シシュティもうんうんと頷く。
「心身共にってどういう意味?」
「……姉さん」
「言わせないで」
ハンモックに戻ったシシュティがそっぽを向く。アースレイはしばらくミカゲの質問責めにつき合う羽目になった。




