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第70話 対岸へ

ご閲覧、評価、ブックマークありがとうございます。

 対岸まであと4分の1辺りまで走ったところで、足場の紋様が歪み始めた。掌紋の力が減った感覚はないから、精神が乱れ始めたんだと思う。それぐらいの恐怖を今感じてる。

 足がもつれた私をアースレイさんが引っ張ってくれてるけど、少しでも気を抜けば転けてしまいそう。背後からは激しい飛沫の音が絶え間なく聞こえてくる。


「ニャオさん頑張って! もう少しで陸だから!」

「は、はい!」


 アースレイさんに声をかけてもらって、転けるもんかと気合いを入れる。もし川に落ちてしまったら、呼吸は大丈夫だろうけど他の魔物にも襲われかねない。

 陸に流れ着いたら骨だけなんて絶っ対嫌だからね!


「ニャオさん。アースレイさん」


 福丸さんに呼ばれて振り返った。


「どうしました?!」

「シシュティさんの魔力が切れたようです」

「……え゛?」


 四足歩行に戻っていた福丸さんから、ほんの少し目線を上げれば、広い背中に跨がって緑織と仔ライオンを抱えているシシュティさんが申し訳なさそうな顔をしていた。

 影のドラゴンがシュルシュルと消えていった。溺れかけていたブルードラゴンが大量の水を吐くと、長い尻尾を使ってわずかに残っていた影のドラゴンを真っ二つにして、空に戻ってしまった。

 足場がないのによく飛べたなぁ、なんて考えてしまった。現実逃避かねぇ? アースレイさんにまた引っ張られた。


「急いで!」


 もう振り返る余裕なんてない。紋様の乱れも酷くなってるし、早くしないとみんな落ちてしまう!

 先頭を走っていた香梅さんが対岸に辿り着いた。アースレイさんが続いて、私も引っ張り上げられる。


「跳びなさい!」


 福丸さんが叫ぶのと同時に、シシュティさんが私達の間に跳び込んでくる。緑織と仔ライオンが地面に転がって悲鳴を上げた。


「福丸さん?!」


 最後に岸に上がるはずの福丸さんは来なかった。前足だけが岸を掴んでいて、体が川に流されかけている。

 駆け寄ろうとしたらアースレイさんに止められた。直後、ブルードラゴンが上空からドラゴンブレスを放つ。

 水神さんに願うより先に、福丸さんを包むイメージをつくり上げた。そしたらイメージ通りの光の殻が福丸さんを包み込んで、ドラゴンブレスを花火みたいにはじき散らした。


「陸に上がって! 早く!」


 そう叫べば、よいしょっと声に出しながら福丸さんは上がってきた。ブルブルッと水を払って、光の殻を見る。


「これは……」

「森に入ろう! 死角に入れば時間を稼げる!」


 アースレイさんが目の前の森を指差したけど、福丸さんはにっこり笑った。


「ここまで来れば大丈夫ですよ。すぐに迎えが来ますから」

「迎え?」


 誰が? 漣華さん?


「ゴァァァァァァァァァァ!」


 咆哮を上げながら、ブルードラゴンが私達から少し離れた場所に降り立った。いかつい顔で睨むのは緑織だ。睨み返す緑織と怯える仔ライオンをまとめて抱き上げて体で隠す。

 剣を抜いたアースレイさんとシシュティさんが私達の前に立ってくれた。香梅さんが土を掻いて威嚇する。福丸さんは星が浮かび始めた空を見上げていた。


「来るよ!」


 アースレイさんが叫ぶと同時に、ブルードラゴンがこっちに向かって突進してきた。地響きがする。あれ完璧に突っ込む気でいるよね??


「みんな逃げ」


 セリフを遮るように、ブルードラゴンにドラゴンブレスが命中した。ブルードラゴンがよろけて倒れ込む。振り返って空を見れば、口の両端から炎をこぼす美影さんがいた。ブチギレやん。


「ママー!」


 緑織が大声で呼んだ。会えてよかったねぇ。


「ミカゲ! 先に降ろしてくれんか?! 儂ゃ巻き込まれとうにゃいぞ!」


 聞き慣れた声と、美影さんの背中からひょっこり出てきたマヌル顔に思わず笑ってしまった。


「イニャトさん!」

「うにゃ? ニャオ! 無事じゃったか?!」


 地面に降りた美影さんから飛び降りたイニャトさんが駆け寄ってきた。膝をついて緑織達を離して、イニャトさんを抱き止める。1日振りの匂いを思いっ切り吸い込んだ。


「この馬鹿たれが! 急に消える奴があるか!」

「すみません、でも自分でもどうやったのかわからなくて……」

「言い訳無用じゃ! ニャルクにゃんぞお前さんがいにゃくにゃって慌て過ぎてゴミ入れの中まで捜しておったのじゃぞ?!」


 ニャルクさん、さすがにそこにはいないです。

 緑織が美影さんの方に走ろうとした。けど、美影さんは私達の上を飛び越えていく。目で追えば、ブルードラゴンと私達の間に立ちはだかって火を吹き出していた。


「ゴアアアアアァァァァァァァッ!!」

「ゴァァァァァァァァァァ!」


 美影さんとブルードラゴンが威嚇し合う。ブルードラゴンの方が体が大きい。大丈夫か?

 ブルードラゴンがドラゴンブレスを放った。至近距離から美影さんに直撃したけど、傷1つついていない。

 美影さんがブルードラゴンの首に噛みついた。人間の武器じゃあ簡単に傷つかないんだろうけど、同じドラゴンなら話は別なのか、簡単に血が噴き出した。

 ブルードラゴンが身悶えしながら美影さんを振り払った。口を離した美影さんはくるりと回って尻尾で攻撃する。頭を打たれたブルードラゴンはよろめいた。


「私の娘。私の友。許さない!」


 美影さんがブルードラゴンの顎に横から喰いついた。顎を封じられたブルードラゴンはドラゴンブレスを吐けない。美影さんはそのままずるずると引き摺っていく。

 地面をえぐりながら川まで移動した美影さんは、ブルードラゴンの頭を川に突っ込んだ。

 黒と青の尻尾が暴れる。怪我をしないように避難だ。イニャトさんを右腕で抱えて、左腕に仔ライオンを抱き上げる。にゃんじゃこやつ? っていうイニャトさんのセリフは今は無視だ。


「緑織おいで! 離れよう!」

「ママ! ママが!」

「ママにとってあんたが怪我するんが一番嫌なことなんよ! こっちおいで!」


 そう叫べば、緑織はママと私を交互に見ながらついてきた。兎人姉弟と香梅さんもドラゴン達から距離を取る。福丸さんはいつでも加勢に行ける位置にとどまっていた。

 ブルードラゴンが川から顔を上げた。噛み傷が痛々しい。美影さんが喉に噛みついてまた川に沈める。

 何度か繰り返す内に、青い尻尾の動きは鈍くなった。呼吸の為に川から顔を出した美影さんが、ブルードラゴンをじっと睨む。

 ブルードラゴンは動かなくなった。力の抜けた首が波に揺れる。

 美影さんの勝ちだ。

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