第68話 親仔
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以前ニムザの実を置いてきた、と書きましたが、ストーリーの進行上持っていることに変更しました。
歩き続ける内に血の臭いが濃くなっていった。抉られた地面に折られた木、散らされた花。森が負った傷の深さに比例して、たくさんの太陽の光が射し込んでいる。
自分達が歩く音以外聞こえない。異様な静けさだ。抱いている仔ライオンと緑織が鼻をすんすん鳴らして不安そうにキョロキョロしてる。
「他の魔物や動物は逃げたみたいだね」
アースレイさんの言葉にシシュティさんが頷いた。
「なんで逃げるんです?」
「巻き込まれたくないからさ」
巻き込まれる? 何に?
「あそこだ」
アースレイさんが指差した先は、今まで歩いてきた獣道以上に荒れていた。
強い力で押されたのか、根元から浮き上がった木の陰に身を隠してその先を見ると、香梅さんを襲ったらしいネメアン・ライオンがいた。昔動物園で見たライオンが仔どもに思えるほどの巨体は血まみれだ。
ネメアン・ライオンは臥せていた。片目は潰れて、顎は割れている。その傍らには、腹が裂けた巨大な蛇の死骸があった。
「バジリスクだ。さっきまでネメアン・ライオンと戦ってたんだよ」
獅子と蛇の戦いか。勝ったのは獅子だけど……。
「相討ち、ですね……」
ネメアン・ライオンも致命傷を負っている。長くないことは私にもわかる。
「僕達も傷を負わせたけど、あれほどじゃなかったよ」
アースレイさんが言った。
仔ライオンが鳴きながらもぞもぞと動いたから、地面に下ろした。おぼつかない足取りで父親のもとに駆けていく。緑織もついていってしまったから、慌てて追いかけた。
『✕✕!』
「ちょっ! ニャオさん?!」
アースレイさん達が叫ぶけど、止まらなかった。残った片目で私と緑織を見るネメアン・ライオンに覇気がなかったからだ。かすかな光もすぐに消えてしまう。急がないと。
父親の鼻に頭を擦りつける仔ライオンの隣に膝をついて、力なく横たわっている顔を覗き込んだ。
「私が預かる」
ネメアン・ライオンの耳がぴくりと動いた。
「息子さんは私が育てるから。頼れる仲間もたくさんいる。だから安心して」
目の光が弱くなる。だけどまっすぐ見据えられた。“バンパイアシーフの短剣”を抜く。
「あなたは無理だけど、あなたの力は連れていける。どうする?」
そう聞けば、ネメアン・ライオンはのそりと起き上がった。前脚だけで巨体を支えている。後脚は動いていない。
切先を向ければ、ネメアン・ライオンは首についた傷を押しつけてきた。ずぶりと刀身が刺さる。ほのかに光る短剣が、血を吸っていくのが感覚でわかった。
「みゃうぅ……」
仔ライオンがないた。ネメアン・ライオンは息子をなだめるように頭を舐めて、そのまま倒れた。
「グルルル……」
喉を鳴らして、息子と、私を交互に見た。短剣の光が消える。
ネメアン・ライオンの光も消えた。
▷▷▷▷▷▷
「これぐらいでいいかい?」
土魔法で掘った大穴を見下ろしたアースレイさんに聞かれて頷いた。
「ありがとうございます。これなら充分入るでしょう」
ネメアン・ライオンの亡骸と大穴を見比べる。うん、大きさ、深さに問題なし。
「あとはどうやって入れるかですけど……」
「お手伝いしましょうか?」
突然聞こえてきた声に驚いて振り返れば、にへらと笑った福丸さんがいた。
「え? は? ふ、福丸さん??」
「あー! フクマルおいちゃんだー!」
父親に寄り添う仔ライオンにぴったりくっついていた緑織がにっこり笑って駆け寄っていった。あ、と兎人姉弟を見れば、福丸さんを見上げて固まっていた。
「アースレイさん、シシュティさん、私の仲間の福丸さんです。福丸さん、この人達は」
「存じていますよ。Sランク間近の冒険者姉弟。行方不明になっているのを捜すよう、斧のギルマスから頼まれていたんですよね」
「はい。ニャルクさん達から聞きました?」
「ええ。その直後あなたがいなくなったこともね。ですが遠くに行ってなくてよかったです」
ん? 遠くじゃない?
「福丸さん、ここってどこなんですか?」
「わたくし達が住む森の川向かいに広がる森ですよ。まあそれなりの距離はありますが」
マジか、そんなに近かったの? てか川ってもしかして、私達が落ちた滝があるあの川?
「夕方皆さんを迎えに行ったレンゲが、〈水神の掌紋〉を使ったニャオさんが消えたとイニャトさんから聞いてすぐに魔力を辿って捜したそうですが、見つけられなかったと嘆いていましたよ」
「魔力を辿る?」
「ええ。あなた方のお守りにわたくし達の魔力を込めていることはもうご存知ですよね? あれは危機を察知するだけでなく、目印にもなるんです。だけど今回は辿れなかった。わたくしの推測ですが、ニャオさんに加護を授けている水神が辿れないようにしたんだと思います。合流には早い、と」
そうだったの? じゃあ水神さんはこうなることがわかってたのかねぇ?
「ところで、あのネメアン・ライオンの幼体はどうなさるんです?」
「私が育てます。約束したんで」
福丸さんの問いに答えて、“バンパイアシーフの短剣”を見る。青緑の刀身がきらめいた。
「血を吸わせたんですね。あの魔物は高い魔力を持っていますから、きっとあなたの役に立ってくれるでしょう」
刀身を確認した福丸さんは、では、と兎人姉弟に顔を向けた。
「ネメアン・ライオンを弔うのをお手伝いいたしますから、終わればわたくし達についてきてください。明日か、明後日にでもペリアッド町に向かっていただければ、ニャオさんが受けた依頼は達成されますので」
「……あ、はい」
『◎○◎○……』
動きがぎこちない。さすがにSSランクの福丸さんは怖いのかな。優しいのに。
その後、私が仔ライオンを抱き上げている内に、福丸さんにネメアン・ライオンを穴に入れてもらった。といってもほぼ落としてたけどね。仕方ないけど。
アースレイさんに土魔法で土を被せてもらって、そこにニムザの実を植えた。“乾き知らず”の水をあげて、手を合わせる。
お墓っていうのがどんなのか知らないだろうけど、緑織も仔ライオンも私の両隣にお座りしてじっとしてた。そんな2人の頭を撫でて立ち上がる。
「ほら、帰ろう」
そう言えば、緑織は福丸さんの肩に飛び乗って、仔ライオンは私に抱っこをせがんできた。少しかがんで抱き上げる。
「私達のお家に行こうな。あそこにはお前のお兄ちゃん達がいるから、いろいろ教えてもらえるよ」
「みゃう?」
わかっているのかいないのか、仔ライオンは不思議そうに鳴いた。抱え直して、アースレイさん達を見る。
「お2人も行きましょう。福丸さんの森に家を建ててるんで、泊まってってください」
状況が状況だし、ニャルクさん達も駄目とは言わないよね。
コクコクと頷く姉弟と香梅さんを引き連れて、緑織を乗せた福丸さんを先頭に、我が家に向かって歩き始めた。




