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第64話 金色の獣

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 暗がりの奥には魔物がいた。金色の毛並みの大きな猪だ。


「グリンブルスティという魔物でね。足が速いのか特徴なんだ」

「そうなんですね。でも……」


 ちらっと、猪の左の後ろ脚を見る。立派なはずの蹄は裂けていて、脚そのものは骨が見えるレベルで折れてしまっていた。


「少し前にこの森に来たんだけど、彼女にはかなり世話になったんだ。でも他の魔物に襲われて怪我をしてしまって……。ありったけのポーションを使ってもここまでしか治せなかった」

「何に襲われたんです?」

「ネメアン・ライオンだ」


 ネメアン・ライオン? 確かネメアの獅子の別名だったな。


「非常に高い防御力を持つライオンの魔物なんだ。深傷を負わせることはできたけど逃げられてしまって……。ここには来ないとは思うけど、他にも危険な魔物はたくさんいるから気が気じゃないんだ」


 警戒した様子で、アースレイさんが洞窟の外を見る。危険な魔物、そんなにいるのか……。水神さんにお願いしてたとはいえ、よく無事だったな。


「あの、私が近づいても怒ったりしません?」

「大丈夫だよ。グリンブルスティは魔物の中でも温厚でね。仔連れでもない限り反撃しかしないんだよ」


 そっか、でも緑織は一応下げとこうかね。


「緑織。ちょっとあの猪さんのとこに行ってくるけぇ、ここにおってくれる?」

「わかったー」


 元気に返事をした緑織はちょこんとおすわりした。はい、いい仔。


「賢い仔だね。テイムしてるのかい?」

「いやぁ、そうじゃないんです。私が住んでる森でブラックドラゴンが産みまして、卵の頃からお世話してるんですよ。あと6人います」

「……君にはユルクルクスがついてるって噂を聞いたんだけど」

「ええ、漣華さんって呼んでます。あとベアディハングの福丸さん」


 そう答えたら、アースレイさんに乾いた笑いを返された。


「よくそんな魔物達に囲まれて平気でいられるね……」

「いい人達ですよ?」


 というのも、私に危機感がないせいだけどね。どっちかって言うと目の前の猪の方が怖いくらいだし。


「それじゃあ、ちょっと傷を見てみますね」


 おっかなびっくり、グリンブルスティに近づいてみる。丸い目を向けてはくるけど、ずいぶん穏やかだ。野生の動物、魔物なら、他の生き物相手に威嚇の1つでもしてきそうなもんだけど。

 グリンブルスティのすぐ横に膝をつく。嫌がる素振りがないから、そっとお腹に触ってみる。

 筋肉質のがっしりした体。硬い毛並み。厚い皮。寝そべってるからわかりにくいけど、立ち上がったらかなりの大きさがある。故郷の山にいた猪なんか比べ物にならないだろうな。

 マジックバッグから“乾き知らず”を取り出す。ぺリアッド町で買った新しい方だ。水を入れといてよかった。蓋を開けて両手を濡らそうとしたところで、あ、と思って手を止めた。


「アースレイさん、彼女は何か食べてますか?」


 振り返れば、アースレイさんは首を横に振った。その隣で、シシュティさんが服の飾りで緑織をあやしてる。何してんのさ。

 まあそれはいいとして。食べてないならお腹空いてるよね。林檎食べるかな?

 マジックバッグから林檎を取り出して、一旦地面に置く。掌紋を濡らしてから、両掌で林檎を包み込んだ。

 水神さん水神さん。この仔の傷を治してください。

 そうお願いしたら、林檎に掌紋と同じ紋様が浮かび上がった。兎人姉弟の驚く声が聞こえる。グリンブルスティの引くつく鼻先に林檎を近づけたら、手まで齧りそうな勢いで食いつかれた。

 シャリシャリといい音がする。滴る果汁を拭ってたら、緑織がとことこやってきた。来るなと言うたのに。まあ大人しいからいっか。


「あたしもたべたーい」

「ちょっと待ってなー」

「わかったー」


 ああ、なんて聞き分けのいい仔なんでしょう。これが食いしん坊の橙地だったらあげるまで服を引っ張ってくるというのに。

 緑織の我慢強さに感動してたら、グリンブルスティの体がほんのり光り始めた。毛並みの金と相俟っていっそ神々しく見える。

 グリンブルスティは自分が光ってることに気づいてない様子で林檎を食べ終えると、私のマジックバッグを鼻でつついてきた。まだほしいってことかな? あげましょうあげましょう。

 林檎を4つ取り出して、1つはグリンブルスティに、もう1つは緑織に渡した。あとの2つは兎人姉弟に。受け取ったシシュティさんはにっこり笑って林檎に齧りつくと、目を真ん丸に見開いた。アースレイさんも同じ反応だ。

 全員が林檎を堪能したのを確認して、よいしょっと立ち上がる。


「ほら、お前さんも立ってみ?」


 グリンブルスティに言うと、一瞬躊躇ったように見えた。もう大丈夫だって。


「治ったから。信じな?」


 頭をぽんぽんと撫でてやる。折れていた脚は綺麗に元通りだ。

 グリンブルスティがおもむろに立ち上がる。シシュティさん達が嬉しそうな声を上げた。

 確認するように何度か足踏みしたグリンブルスティは、私の胸に頬擦りしてきた。予想以上にでかい。体高が私の顔なんだけど。


「げんきになったねー! よかったねー!」


 緑織がグリンブルスティを見上げてキャッキャとはしゃぐ。仔ドラゴンが珍しいのか、グリンブルスティが緑織をじっと見つめるもんだから、顔の高さに抱き上げた。


「ほら、挨拶しなさい。はじめましてーって」

「はじめましてー!」

「フシュウッ!」


 駆け寄ってきたシシュティさんがグリンブルスティの首に抱きついた。アースレイさんも背中に顔を埋めてる。何があったのか知らないけど、心配してたんだろうなぁ。

 と、思いながら少し離れた場所から眺めてたら、バッと顔を上げたシシュティさんが今度は私を抱き締めてきた。ピャッと鳴いた緑織は既に逃亡済み。うん、それでいい。首を締め上げるくらいの力なんだもの。間にいたら潰されてたね。

 この状況にアースレイさんまで加わって本当に死にそうになった。2人の背中をバンバン叩いてやっと解放された頃には息が上がっていた。あんたら殺す気?

 逃げた緑織はグリンブルスティの背中に乗ってこっちを見てた。乗せてる方はなんか冷めた目をしてる、ように感じる。

 そんな目で見んといて。

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