第62話 たーのしいねー!
ご閲覧、評価、ブックマークありがとうございます。
陸に上がろうかとも思ったけど、目の前を泳ぐ魚に緑織が夢中になってたから、流されるまま下ることにした。
魚人達のせいで気づかなかったけど、水は驚くほど澄んでいて、川底の小石まではっきり見える。川魚は見た目は地味だけど、太陽光に反射して金色に輝いていた。
時折魚人や魚人以外の魔物が近づいてくるけど、緑織が威嚇したらすぐに離れていくから問題ない。しばらくしたら魔物達は近寄らなくなったから、緑織は仰向けで流されてる私の腕の中で微睡んでいる。川面から散らばる光に煌めく緑の鱗はエメラルドみたいだ。
「なぁ緑織。声はまだ下の方から聞こえる?」
そう聞けば、うっすら目を開けた緑織はあくびをした。
「ふあ~ぁ……。もうちょっとしただよ~」
「そっか、ありがとうな」
寝とっていいよ、と頭を撫でれば、緑織はまた目蓋を閉じた。
川岸を引っ掻くさざなみと、川底を転がる小石の音が歌みたいに聞こえる。私も眠くなってきた。でも寝るわけにはいかないな。
緑織を起こさないように頬をつねって、高い位置に来た太陽を見る。水越しだからさほど眩しくない。けど目覚ましには丁度いい。
水の音が大きくなった。川面に近づいたのかな? 木の葉がぷかぷか流れていく。……いや、音が大き過ぎる。
緑織を抱え込んで体を反転させる。流れの先を見れば、やけに明るい。
身動ぎする緑織を抱え直して上に向かって泳ぐ。川面から顔を出せば、音の正体が見えた。
「緑織、起きて起きて!」
小さな体を揺すると、緑織は目をぱちくりさせた。
「どーしたのー?」
「お前、さっき泳ぎよったよな? あんな感じで飛べる?」
仔ドラゴン達が飛ぶ姿を見たことはないけど、もしかして、と思って聞いた。
「んーんー、とべないよー」
やっぱり無理かー……。
「緑織聞いて。岸まで泳ぐよ」
「およぐー? なんでー?」
首を傾げる緑織に、下流を指差してみせた。
「あそこ、滝がある! 落ちたらやばい!」
音からしてかなりの量の水が落ちているのがわかる。高低差はわからない。だけどこの幅の川の滝壺に落ちたらただじゃすまないかもしれない。〈水神の加護〉を持っていても、こっちは生身だ。
「たきー?」
「そう! ニャオの肩に掴まって!」
器用に移動した緑織が肩を掴んだのを確認して川岸を目指すけど、流れが早過ぎて全然進めない。このままじゃほんとにヤバいんですけど?!
「あ、ねーねーニャオー」
「どしたん緑織?!」
今お話ししてる余裕ないんだけどね?!
「しただよー」
「下?! 何が?!」
「こえのひとー」
……え? 声の人? 冒険者が滝の下にいるの?
つい泳ぐのをやめてしまった。途端に一気に流されて、しまった、と思った時にはもう遅かった。
ごうごうと落ちる滝に飲まれる寸前に、緑織を抱き締めて体を丸める。
水神さん、どうか守ってください!
▷▷▷▷▷▷
「たーのしいねー!」
「死ぬかと思った……」
滝壺の縁に打ち上げられてゼイゼイと息をする私とは対照的に、緑織はジェットコースターを堪能した子どもみたいにはしゃいでる。
こっちの気も知らないで……。まあお前が楽しそうで何よりだよ。
よっこいせ、と体を起こして滝を見れば、10メートルぐらいの落差があった。よく無事だったなぁ。
合掌して、ありがとうございます、と水神さんにお礼を言えば、ジリッ、と首筋に不快感が走った。
隣で気分よさげに揺れていた緑織を拾い上げて真横に転がる。ヒュンッと風を切る音がした。
距離を取って起き上がれば、私達がいたところに人がいた。長い耳と丸い尻尾。その容姿にピンときた。
「兎人……」
獣人は大きく2種族に分けられる、と前にニャルクさんから聞いたことがある。人間に近いマイス君達は鼠獣人と呼ばれていて、もっと鼠に近い種族は鼠人、と呼び分けられるんだと。
ニャルクさん達は妖精のくくりに入るらしいけど、2人の見た目で人間として生まれていたら猫人と呼ばれるみたい。
私達の目の前に現れたのは兎人だ。目から鼻から兎そのもの。二足歩行の長身の兎が、剣先をこっちに向けている。正確には緑織に。
体つきから女性らしい。目を細めて、私と緑織を交互に見る。珍しい黒髪が仔ドラゴンを抱いてたら不審に思うよな。
刺激しないように観察する。二色の毛並みに垂れた耳。尻尾は白。もしかして、この人が斧のギルマスが言ってた行方不明の冒険者?
目尻を吊り上げて緑織を睨んだ兎人が剣を構える。左の掌を見せつけるように広げた。
〈水神の掌紋〉を持つ異世界人がいることは既に広まってるから、この人も知ってるかもしれない、と予想しての行動だったけど、見事に当たった。
兎独特の真ん丸な目を見開いた兎人の剣先がわずかに下がった。
「シシュティ」
ニャルクさんを通してギルマスから聞いていた冒険者の名前を呼ぶ。言葉は通じなくても、音としては拾えるから、きっと聞こえるはず。
「シシュティ」
なるべく優しい声色で、にっこりと笑いながらもう一度呼ぶ。垂れ耳がぴくりと動いた。
「シ、シス、シュシュティー?」
緑織が私の真似をした。言えてないよ。
冒険者が驚いた顔で緑織を見て、また私に目を戻した。この反応、やっぱり捜してた人だ。
「シシュティ」
呼ぶのはこれで一旦終わり。掌紋を見せつけるようにしていた左手を、握手を求める形に変えた。
警戒したまま、シシュティさんが近づいてくる。剣も抜いたままだ。左手を伸ばしてくる。指先が触れ合った。
「はじめまして」
言葉は通じない。ちゃんとわかってる。でも挨拶は大事。社会人の常識。
指先が触れ合うだけだった左手をしっかり握られる。シシュティさんはガクンと膝をついて、涙を流し始めた。




