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第61話 森の危険

ご閲覧、評価、ブックマークありがとうございます。

 翌朝、こくりこくりと船を漕ぐ緑織を抱えて小川に沿って下り始める。寝起き一番に、緑織が川の下の方から声がするって言ったからだ。

 聞こえる距離ならすぐ近くにいると思ったんだけど、結局30分くらい歩き続けて、大きな川に辿り着いてしまった。


「緑織、ちょっと起きて」


 背中をぽんぽんと軽く叩けば、緑織はむにゃむにゃしながら目を開けた。


「ニャオ~、な~に~?」

「ごめんなぁ起こして。声がしたのってどの辺りかねぇ?」


 顔を上げた緑織は、くんくんとにおいを嗅ぎなから下流に目をやった。


「あっちー」

「あっち?」


 思った以上に離れてるなぁ。


「なあ緑織。声ってどんな感じで聞こえたんかな?」

「えーっとねー、ふわわ~ってかんじ」

「ふわわ~って感じかぁ~」


 うーん、耳で聞いたっていうより、頭に直接聞こえてきたってこと? だとしたら、距離があってもおかしくはない、かな……。でも、なんで緑織にはそんな声が聞こえるんだろう?


「なんでそんな声が聞こえるんかわかる?」

「わかんないよぉ」


 むー、と顔をしかめてしまった緑織の頭を撫でて、ごめんな、と謝った。

 そうだよなぁ。卵から孵ったばっかりなんだし、難しいことはわかんないよなぁ。


「じゃあ、声が聞こえた方に行ってみようか。またなんか気づいたら教えてな」

「はーい」


 ぴょいと腕から降りた緑織と並んで歩く。もちろん警戒は忘れないし、腰に差した“バンパイアシーフの短剣”をすぐ抜けるように手は添えている。

 そのまま歩いていけば、川の水を飲みに来た動物達と出会えた。鹿、兎、狸、狐。この世界での呼び方があるかもしれないけど、姿は故郷で見たのと変わらない。


「ねーねーニャオー」

「うん? どした?」

「きのうのリンゴたべたーい」

「はいはい」


 丁度いい倒木があったから、そこに腰かけてマジックバッグを開ける。クエリンの皮に包んでいた焼き林檎を出して、緑織に手渡した。


「はいどーぞ」

「わーい、ありがとー!」


 にこっと笑ってかぶりつく緑織の可愛いこと可愛いこと。はぁ~、なんか自分が産んだ気分になってくる。可愛い。


「あ、ねーねーニャオー」

「はいよー、どした?」

「なんかくるよー?」


 赤ちゃんらしからぬ爪が生えた前足で川を指す。まーた林檎の欠片口につけちゃって。可愛いなぁもう。ん? なんかくる?

 緑織が言う方に目をやれば、鹿の親子が水を飲んでいた。母鹿がピクリと耳を揺らして顔を上げる。次の瞬間、水掻きがある鱗の生えた手が水飛沫を立てながら伸びてきて、子鹿の首を鷲掴んだ。

 派手な水音がして、子鹿が水中に引き込まれる。母鹿は飛び退いたけど、子どもを捜して川に近づいた途端に水掻きの手に前脚を掴まれた。

 周りの動物達が逃げていく。私も緑織を抱き上げて距離を取る。

 悲鳴を上げる母鹿が水に落とされた。バシャバシャともがく母鹿の後ろ足は、そう経たない内に水底に消えた。


「……緑織ちゃん、あれ何かわかる?」

「わかんなーい」


 わかんないかーじゃあしょうがないなーとりあえすここから離れましょうねーなーんて考えながら他の動物達に倣ってそそくさと逃げようとしたら川からなんか出てきた。3体出てきた。魚人が出てきた。逃げ遅れた。


「掴まれ!」

「あぅ!」


 急に走ったもんだから緑織を驚かせてしまったけど、気にしてる余裕はない。逃げないと鹿の親子の二の舞だ。

 木々の間に滑り込もうとしたら、足首を掴まれる感覚があって躓いた。足元を見れば、水草が絡みついている。根元がどこか探せば、1体の魚人が掴んでいた。


「行け緑織!」

「ぅええっ! ニャオ!」


 ぽーんと緑織を遠くに放る。ころころと転がった緑織は、目を真ん丸にして私を見た。


「走れ緑織! 逃げぇ!」


 叫んでる間にも、どんどん魚人達の方に引き摺られていく。反撃しようと短剣を抜けば、危険な物と察知したのか、水草を持つ魚人が力いっぱい引っ張った。

 ぐわり、と体が浮いて、緑織が遥か下に見える。視界が反転して空。背中に衝撃。

 川面に叩きつけられて、なす術なく川に沈む。口から漏れ出た空気の上に、魚人の群れと千切れた鹿の脚が見えた。

 あんまりの光景につい叫んでしまって、一気に息苦しくなる。無理とわかってても酸素を求めて口を開ければ、普通に呼吸ができた。嘘でしょ?

 一回り小柄な魚人がこっちに向かって泳いできた。短剣を抜いて構える。喰われてなんてやるもんか。

 そう思って柄を握り締めたら、ドボンッと川面が波打った。緑織が飛び込んできてしまった。


「いじわるだめー!」


 水の中だというのに、緑織の声がはっきりと聞こえる。翼を広げた緑織は、まるで飛んでるみたいに泳ぎ始めた。


「ギョギョギョギョッ!」


 1体の魚人が叫ぶと、水が渦を巻き始めた。水魔法だ。〈水神の掌紋〉を頼ろうと握り締めた時、緑織がぱかっと口を開く。

 緑織の体を魔法陣が囲って、周りの水が緑色の光できらめくと、口から水の玉が放たれる。

 対岸の岩壁をえぐった水の玉は、4体の魚人を引き裂いた。


「……マジで?」


 呟いた自分の台詞もはっきりと聞こえる。そういえば目も痛くない。これって水神の加護のおかげ?


「ニャオー、だいじょーぶー?」


 心配そうな顔で泳いできた緑織を抱き止める。魚人達はとっくに逃げた。


「ありがとう。大丈夫よー」

「よかったー」


 首に頬擦りしてくる緑織の頭に頬擦りを返して、安堵のため息をついた。

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