第48話 懐かしい味
ご閲覧、評価、ブックマークありがとうございます。
さすがに売れないだろうと思っていた葡萄は見事に売れた。
数が数だから個数制限を設けなかったんだけど、その為か10個単位で買っていく人が多かった。
一番凄かったのはぽっちゃりした女性。最初に1粒食べて味を確かめてからごっそり買っていった。なんと100房も。
ニャルクさんがラミラさんに聞いた話によると、ロナンデラというレストランを経営するオーナーで、人柄も評判もすこぶるいいんだとか。
その後もたくさんの人が買いに来てくれたけど、いつもは来ない顔触れが多かった。
例えば商人。ギルドでよく見かけるタイプのおじさん達が結構来た。普通に買い物をしてたけど、お店の中を覗き込む人ばかりで、バウジオに吠えられていた。
次に冒険者。こっちも林檎とか蜜柑を買いながらお店を覗き込んでは吠えられて、そそくさと帰っていってた。
なんなんだろう、とイニャトさん達と首を傾げてたら、午前中に商品が完売してお昼ご飯をご馳走してもらってる時にダッドさんが教えてくれた。
「にゃるほど。ニャオのユニークスキルが知られたと」
「それであんにゃに人が来たんですねぇ……」
「くぅ~ん……」
なんとまあ。
「じゃあ、これももういらないですかね」
そう言ってフードを脱げば、私の髪を見たダッドさん一家が目を真ん丸にした。
「よいのか? ニャオ」
「いいも何も、異世界人って知られた以上、この世界の人達とは違うところがあっても不思議じゃないでしょう? それに、この髪は確かに目立ちますけど、目印になると思うんです」
「目印?」
「はい。あの黒髪に手を出したらユルクルクスとベアディハングが出てくるぞって」
ああー、と、ニャルクさん達が頷いた。
福丸さん達を盾にするつもりはないけど、下手にちょっかいを出されてあのSSランクが大暴れしたら困るしね。
『○○△、◎□?』
『◎◎!』
ステアちゃんとナーヤちゃんが可愛い髪留めを持ってきて何か言った。すんごい笑顔。
「結ばせてって言ってますよ」
「どうぞって言ってください」
ニャルクさんが翻訳してくれて、私の髪が編み込まれていく。器用だなぁ。
「では、そろそろ売り上げの確認をするかの」
ダッドさんが書き終えた計算書を見ながらイニャトさんが言った。あれ、ダッドさん固まってない?
「林檎にゃどは前回と変わらぬ数を卸したから、そっちへの支払いは場所代含めて30万エルでよかろう。葡萄は2600エルで売ったから……売り上げは390万エル、卸値を引けば67万5000エル。ダッドらよ、お前さんらの分は97万5000エルとにゃるが、よいかの?」
あら~、もうちょっとで大台に乗りそうなのに。次はもっと持ってこようかね。てゆーか、ダッドさんこの額見たから固まってたのね。
まだ固まってるダッドさんに目を潤ませたラミラさんが抱きついて、そこにステアちゃんとナーヤちゃんが加わる。編みかけの髪を引っ張られてちょっと痛い。
ぽかんと口を開けていたマイス君、ロイ君、メルク君は顔を見合わせてから、ニャルクさん、イニャトさん、バウジオに抱きついた。
……私だけぼっちだ。ぼっちの再来。寂しい。
あ、私達はいくらの収入になるんだろう? 前回は77万9000エルだったから、今回の葡萄を合わせると……。うん、400万4000エルだな。
1日でこれだけ稼げるなんて思ってなかったなぁ。日本にいた頃じゃあり得ない額だ。でも収穫結構大変だから、もう1人2人人手がほしいところではあるけど、欲張ったら駄目だよね。
『○○□◎△、◎○△♪』
隣の部屋に走っていったラミラさんが、野菜がいっぱい入った大きなかごを持って戻ってきた。
「ニャオさん、農園で採れた野菜をお裾分けしてくれるみたいですよ」
「やった、嬉しいです!」
フォークを置いて思わず立ち上がると、五つ子がいっぺんに抱きついてきた。祝! ぼっち脱出!
「キャベツとタータンとニャス、ニンジンにタマネギ、パシーに、おお! リモンもあるぞ!」
イニャトさんが小躍りする。タータンはホウレン草、パシーはハクサイ、リモンは檸檬か。……ニャスはナス。言い方の問題だね。
「あ、この材料なら林檎とニンジンのジャムが作れますね」
懐かしいなぁ。政叔父さんの奥さんがよくお裾分けでくれたっけ。美味しいんだよなぁ、あれ。
「林檎とニンジンのジャムじゃと? そんにゃもんがあるのか?」
「ええ、私がいた世界では結構売られてたんですよ。林檎とニンジンと、リモンと砂糖があれば作れるんです、け、ど?」
私の説明をニャルクさんが翻訳してたら、にっっっこり笑ったラミラさんが両手を掴んできた。なんぞ?
『◎◎◎◎、△◎?』
「作り方を教えてほしいと言っておるぞ」
いいけどさ、そりゃいいけどさ。
というより、説明するまで離してくれない顔してるじゃん。
▷▷▷▷▷▷
ラミラさんと一緒に台所に立って、女の子達に手伝ってもらいながら林檎とニンジンの皮をむいていく。ちなみにこの林檎は小腹が空いた時用のだ。
芯を取った林檎を荒く切って、ニンジンはすり下ろす。まずはお試しというこで、量は少なめ。小さい鍋に用意した材料と檸檬汁、砂糖を入れて、馴染むまでしばらく待機。
その間に、髪を結んでもらったお礼に残った林檎で兎を作ってあげたら、ステアちゃんもナーヤちゃんも、ラミラさんまで興奮してた。
切り方を教えている間にいい具合に馴染んだから、水を加えて、水分が飛ぶまで煮詰めれば完成。
「温かい内に瓶に詰めたらすぐ蓋をするんじゃ。そうしたら中に余分にゃ空気が入らんようににゃって長持ちするぞ。完全に冷えたら保存食としてできあがりじゃ。開けたら早めに食えよ、と言うておるぞ」
「イニャトさん、もうちょっと柔らかく言ってくれません? 私がそう喋ってるように聞こえるじゃないですか」
「にゃほほほほ」
まあいっか。
パンを切ってお皿に盛って、ダッドさん達のところに持っていってから早速試食。懐かしい味についテンションが上がってしまう。
野菜と果物の組み合わせにおっかなびっくりだったマイス君達も、1口食べたら止まらなくなってた。
「美味しいですねぇ。いくらでも食べられそうです」
「作り方も簡単じゃったぞ。ニャオ、今度家でも作っておくれ」
「ええ、もちろんです。というか、そろそろ家庭菜園作りません?」
「おお、それはいい! 儂は樹木魔法じゃから野菜は育てられにゃんだが、お前さんにゃら立派にやれるじゃろうて」
「後で種を買いに行きましょうね」
お暇しようとしたらラミラさんに呼び止められて、林檎とニンジンでジャムを作って売っていいかイニャトさんを通して聞かれたからオッケーって言っておいた。そしたらもう喜ぶ喜ぶ。しかもさっきのニャルクさんの言葉を聞いてたのか、農園で使うはずの種を分けてくれた。
大切な物なんだから返そうとしたけど、ダッドさんも追加で別の種を数種類くれたから、もうありがたく受け取ることにした。
いつも通り見送ってくれるダッドさん一家に手を振って町に向かう。
一番ほしいのは洗髪用石鹸。いいのがあるといいな。
外し忘れた髪留めを返す為に100メートルぐらい走る羽目になったよ……。




