第5話 バッグの中身はなんじゃろか
道に戻ってしばらく歩くと、巨木と呼んでいいレベルの木が見えて思わず立ち止まった。
「屋久杉みたいだな」
いや、それ以上かも。幹の太さなんて一周するのに成人何人分必要なんだろうか。
ほぇ~、と見えない天辺を見ようとしてこれでもかと顔を上げると、幹にいくつもの出っ張りを見つけた。近づいて触ってみれば、足をかけられそうな幅と厚みがある。
「これ登れそう」
いくつかの出っ張りを掴んで揺すってみたけどびくともしない。よし、行ける。
「ほっ」
勢いをつけて高い位置の出っ張りを掴んで、適当な出っ張りに足をかける。後はそれの繰り返しだ。
子どもの頃は誰が一番高いところまで登れるか、友達と競って遊んだなぁ。手頃な木を登り尽くした後、近所の御神木をコースにして大目玉を喰らったこともある。
そのほとんどで勝利を収めた私に登れぬ木はない。……拳骨を喰らった回数も断トツだったけど。
「とりあえず、ここまでっと」
幹の中腹に突き出た太い枝に跨がって一息つく。森はかなり深いみたいで、どっちを見ても木、木、木だ。
……木々の間にちょんと飛び出た金色が見える。屋根の形的に西洋の教会っぽい。猫耳おじさんに引きずられている時は建物まで見てる余裕がなかったもんなぁ。教会だったのか、あそこ。
はぁ、と息を吐いて、肩にかけていたマジックバッグを膝に乗せて金具を開ける。まずは紙を取り出した。
「おっ、地図だ!」
これはありがたい。
「次は……、竹筒? 水筒か?」
節に栓がしてある竹筒の側面には漫画でよく見る魔法陣が描かれてる。振ってみたらチャプチャプと音がした。
「……飲んでみる、か?」
誰かに言ったわけではないけど、語尾が自然に上がってしまう。
栓を抜いて中を覗く。微かに水の反射が見えただけで色まではわからない。まあ当然だな。
……考えても仕方がない。毒かどうかがわかるスキルなんて持ってないんだから。言葉すら通じない私だもんね。
よし、と意気込んで水を煽ると心底驚いた。常温で持ち運んでたのにキンキンに冷えてる。凄く美味しい。
口を離して竹筒を見ても、結露なんてして全然ない。もしかしてこれもマジックアイテム? だとしたらマジックバッグに入ってる他の物も?
栓をして竹筒をマジックバッグにしまって、今度は袋を取り出す。巾着の形をしたこれには魔法陣は描かれてなくて、チャリチャリと音がする。
口を開けて中身を出せば、数字が書かれた硬貨2種類と紙幣3種類が数枚ずつ入っていた。
「日本円に似てるな」
読めないけど、硬貨2種類にはそれぞれ3桁、2種類の紙幣には4桁、残りの紙幣には5桁の数字っぽい文字が刻まれてる。
100円と500円、1000円、5000円、1万円ってところかな。
落とさないよう巾着に入れてからマジックバッグに戻して、最後に細い鎖を掴む。そこそこの重さがあったから少し探ると、鎖が何かに繋がっているのがわかった。
「ぃよっし、取れた」
鎖を千切らないよう気をつけながら手を抜くと、一振の短剣が出てきた。
刃物なんか包丁かカッターナイフか農具ぐらいしか触ったことがないからちょっとびっくり。鞘から抜いてみると、緑のような青のような、不思議な色合いの刀身に目を奪われた。
荒削りした原石みたいな綺麗な刀身。夕焼けの赤を反射すると、また違った色が見えてきて、いつまでも眺めていたくなる。
……夕焼け?
「あ、太陽が……」
そこそこの時間が経ってたんだな。太陽沈みかけてんじゃん。
「ちょ、地図地図!」
明るい内に、自分がどの辺りにいるのかぐらい見ておきたい。それによっては明日進む方角が変わるんだから。
「えーっと、さっきの建物は……この✕印のとこかな。わりと近い位置に川があるから……こっちの方に来たのか。村村村……あった! あぁ~……」
やっぱり、嫌な予想ってのは当たるもんだね。
地図に描かれた村? 町? は、今いる場所の反対側。自分が召喚された建物の向こう側だった。
「あのお下品教会の近くを通らないと行けないわけか……」
今から憂鬱だけど仕方がない。行きたい場所には進まないと辿り着かないんだから。
「まぁ、今日は野宿だね」
地面に下りるのは危ないだろうから、できればこの枝の上で寝たい。寝返りを打てば落ちるけど、自分の寝相の良さを信じるしかないな。
「ふわぁ~ぁ」
いろんなことがあり過ぎて疲れた。今日はもう何も考えたくない。
太陽が完全に沈んで、一番星、二番星、三番星を数えた辺りから、ふわふわと意識は途切れていった。