余話第72話 可能性
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広げられた新聞を食い入るように読んでいたイヴァは、大きな大きなため息をついて机に突っ伏した。
「ああぁ~、巣立っちゃうぅぅぅ……。ランリちゃん達が巣立っちゃうぅぅぅぅぅ……」
「おまえ、いい加減黙れよな」
今日だけで何度目になるかわからないイヴァのセリフに、アーガスはまたかとうんざりした。
「ドラゴンだろうがなんだろうが、巣立つもんは巣立つんだ。それが今年の春ってだけのことだろ?」
「だからってぇ、こんなに早く巣立つなんて思わないじゃなぁい? もう少し時間をかけてぇ、ゆっくり仲よくなってぇ、王都に来てもらうはずだったのにぃ~……」
「あの仔達はあなたの仔ではないですよ」
苦笑いを浮かべるエルゲだが、彼の表情もどこか寂しげである。
エルゲ達がいるのは騎士団本部の1室である。発行されたばかりの新聞を持って駆け込んできたイヴァを引っ張り込み、休憩を取っていたエルゲを呼んだアーガスだったが、関わったことを既に後悔していた。
「だってだってだってぇ、あんなに人間に慣れててお手伝いしてくれる仔達なんてそうそういないじゃなぁい? 絶対ぜぇっっったい王都に来てほしかったのにぃぃぃ」
「キュルル?」
イヴァのローブから顔を覗かせたカフクルが心配そうな顔をした。そんなカフクルをイヴァはひしと抱き締める。
「カフクルだってランリちゃん達ともっともっと遊びたかったわよねぇぇぇ? みんなバラバラのところに縄張りを見つけに行っちゃうから会えなくなっちゃうのよぉぉぉ……、寂しいぃぃぃ……」
「……キュルル」
そんなことか、とでも言いたげにカフクルは鳴いて、小さな口を開けてあくびをした。
「すみません、エルゲ隊長はいらっしゃいますか?」
開いていた扉から顔を覗かせたのは、サスニエル隊副隊長のルシナだった。
「ええ、いますよ」
「どうしたんだ?」
エルゲとアーガスが振り返る。イヴァはちらりと見ただけで、カフクルのお腹に顔を埋めてしまった。
「ペリアッド町の斧のギルマスから、ギルドに報告書と申請書が届いたそうで、言づかってきました。今お渡ししても?」
「ルシナ副隊長が? 違う隊の副隊長に頼むなんて、珍しいですねぇ」
「ギルドにはライドが行ってるはずだが、あいつには渡せなかったのか?」
本来、エルドレッド隊への用件はギルド職員か、エルドレッド隊の隊員に任せるのが筋である。つまり、ギルドへ赴いているライドに書類を預けるのが正しい受け渡し方なのだ。なのに別部隊の、その上副隊長という地位にあるルシナにエルゲ宛の書類は託された。首を傾げるエルゲに、ルシナは乾いた笑みを返す。
「この書類、団長宛ではあるんですけど、まずはエルゲ隊長に見せてからの方がいいんじゃないかというのがギルマス達の判断だったんです。それで……」
「それで?」
「……盗み見が癖づいてる犬には渡すな、と」
「「……ああー」」
顔を見合わせたエルゲとアーガスが声を揃える。ぽかんと口を開けたイヴァが思い切り噴き出し、驚いたカフクルが壁の止まり木に逃げた。
「言われたくないなら犬っころを躾とけ、とも言ってましたけど……」
「うん、レイモンドなら言いかねないですねぇ……。ともかく、書類はいただきます。確認したら団長に必ず手渡しますから」
「はい、よろしくお願いします」
頭を下げて、ルシナが退室する。引き笑いをするイヴァを尻目に、アーガスはにやにやしながらエルゲを見た。
「レイモンドさん、相変わらずだな」
「本当ですよ。呼べば私が直接行くのに」
「間に誰か、それも別の部隊の人間を挟んだ方がお前にゃ効くってわかってんだろ。さすが伯父だな」
「勝てる気がしませんねぇ……」
今頃意地悪そうに笑っているであろう、王都の冒険者ギルドの全てを任されている男の顔を想像しながら、エルゲは苦笑しながら2枚の書類に目を通した。
「とりあえず確認しましょう。団長にも見せないと……、……おや」
サッと書類に目を走らせたエルゲが目を丸くした。そしてもう一度、頭からじっくり読み返す。その様子を、アーガスとイヴァは不思議そうに眺めた。
「……なるほど」
「どうしたんだ?」
「なんて描いてあるのぉ?」
読み終えたらしいエルゲに、2人が身を乗り出して尋ねた。ふふっと笑ったエルゲは、アーガス達が読みやすいように書類を机に置いた。
「この2枚はニャオさん達から届いたものです。報告書は、セキレイ君達の巣立ちの準備が整いつつあることが書かれていますね」
「あぁ~……、本当に巣立っちゃうのねぇ……」
「申請書の方は……。……新パーティーの編成許可願い?」
書類に目を通したアーガスは読み上げれば、イヴァがガタリと立ち上がった。
「新パーティー? え? ニャオさんたちがぁ?」
「ええ。そしてメンバーはこの方々です」
許可書に並べられた名前をエルゲが指差せば、アーガスは目を真ん丸に見開き、イヴァはぽかんと開けた口を手で覆った。
「パーティーメンバーって、あの仔ドラゴン達かよ?!」
「パーティー編成は7人でぇ、リーダーがセキレイ君? え? あの仔達だけのパーティー? は?」
訳がわからない、といった様子で何度も文面を読み返すイヴァの手元にカフクルが戻ってくる。クンクンとにおいを嗅ぎながら、イヴァの真似をして書類に目を通し、首を傾げた。
「仔ドラゴン達は巣立ちます。ですが、パーティーとして名を王国に届けておけば、普通のドラゴンとして討伐の対象となるようなことにはならず、身の安全は守られる。しかし魔物だけのパーティーなど前代未聞。だからこそ、ペリアッド町のギルドだけでは判断できず、王都まで許可を願い出たのでしょう」
うんうんと頷きながら、エルゲは許可書の1点を指差した。
「これがパーティー名のようですね。……これは記号? もしや、ニャオさんの母国の文字でしょうか?」
目を細めるエルゲの指先には、この世界の文字ではない何かが書かれていた。〈月虹〉。漢字である。
「下にこっちの文字が添えられてるぞ。読みは……、〈ゲッコウ〉?」
「次の文章に意味が書かれてあるわねぇ。どれどれ……。月の虹? もしかしてぇ、セレンスフィアのことぉ?」
セレンスフィア。こちらの世界で、明るい月を囲うように輝く虹のことである。様々な条件を満たさなければ見ることができないその現象は、幸運の象徴として昔から人々に知られているものだった。
「夜闇のような母であるミカゲさんと、射し込む朝日のような父であるイサナさんから生まれた7色の仔ドラゴン達。ええ、あの仔達に似合う名前ですねぇ」
ふふふ、と微笑んだエルゲは、書類を整えて立ち上がった。
「では、私は団長に報告してきますね。あの仔達の為に、私達もできることをやってあげないと。それに……」
「「それに?」」
今度はアーガスとイヴァが声を揃えた。
「パーティーをつくる、ということは、必要時には王国に力を貸してくれる、ということでしょう?」
不敵に笑ったエルゲが退室する。目を見合わせたアーガス達は、こちらもにやりと笑った。
「あの仔達に乗って討伐に行ける日も近いってことねぇ。楽しみだわぁ」
「毎回っつーわけにはいかねぇだろうが、それでも強力な仲間ができるからな。だが、なんでこのメンバーにニャオ達がいないんだ?」
疑問符を浮かべるアーガスに、イヴァはため息をついた。
「だってそうじゃなぁい? ドラゴンと人間の寿命の差がどれだけあると思ってるのぉ? いくら〈水神の掌紋〉保有者だってぇ、命の期限には勝てないわぁ」
「……ああ、自分が死んだ後の為、か」
仮にニャオがリーダーとなってセキレイ達を束ねたところで、数十年で寿命を迎えてしまう。それならば最初から、仔ドラゴン達同士で互いに連携を取り合った方がいい、と考えたのか、と想像したアーガスは、どこか寂しげだった。
「あの仔達がぁ、まず優先すべきは自分達の縄張りを持つことよねぇ。その後にぃ、王都に何かあったら駆けつけてもらえばいいのよねぇ?」
「どうやって喚ぶんだよ?」
「そこはほら、追々考えるのよぉ」
にこにこと笑うイヴァに、そうかよ、と返したアーガスは、いずれ来るであろうその時を思い、興奮する心を抑えられなかった。




