第354話 いってらっしゃい、いってきます
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次は余話を更新予定です。
二度目のカルカナの祭も大盛況だった。寧ろ去年以上の賑わいに私達はてんやわんやで、正直どれだけ売れたかわからないぐらいに忙しかった。
仔ドラゴン達には去年と同じで祭に来る子ども達の相手をしてもらった。トールレン町からジアーナちゃん達も来てくれて、赤嶺達のはしゃぎようの凄いこと凄いこと。毎日のように仔ども達を乗せて空を飛んで遊んでたな。
最終日の片づけ作業の時に、斧のギルマスとレドナさんも来てくれた。巣立ちの準備が順調か、確かめに来たらしい。もちろん順調だってアースレイさんに伝えてもらったら、なぜか斧のギルマスに泣かれた。この人、最初こそ仔ドラゴン達相手にカッチコチになってたけど、今は我が子を見守るような目で眺めてることがあるもんな。鼻水垂らしてレドナさんに殴られて、近くにいた町民達に笑われてたよ。
仔ドラゴン達と同じくらい、もしかしたらそれ以上注目を浴びてたのが清ちゃんだった。去年の祭の時期、清ちゃんはまだ神の繭のままで、家でお留守番だったからなぁ。ペリアッド町の人達ならまだしも、他の町や村から来た人達からキャーキャー言われまくって得意気になっちゃってちと大変だった。……なぜかこそこそと近づいてきた冒険者とか商人を一睨みして退散させてたけど、珍しいからって毛をむしり取ろうなんて考えてなかったよなあいつら。もう毛はこりごりだよ毛は。
祭の後は疲れ過ぎてもう動けなかったから、まるっと3日間休ませてもらった。と言ってもみんなでぐったり寝てたのは初日だけで、次の日には漣華さんと一緒に夜明け前から活動中。私と漣華さんだけで動いてることだから、ニャルクさん達を起こしたくなかったからね。でもまあ福丸さんとかククシナさんとかは勘づいてるっぽいけど。
「ほれ、これでよいか?」
家から離れたところで、漣華さんから咥えてた麻袋を渡される。見た目は質素な麻素材だけど、実際はマジックバッグなんだよね。そうじゃなきゃ重過ぎて持てないよ。
「開けてみますね……。……おおー、凄い凄い。これなら遠目でも目立ちますよ」
立派な出来映えに思わずにっこりしてたら漣華さんに笑われた。ちくしょう。
「巣立ちまでまだ間がある。これは妾が預かっておこうと思うが、よいか?」
「はい、お願いします」
マジックバッグの口を縛って、漣華さんに返す。漣華さんは魔法陣を描いて、その中にマジックバッグを入れた。
「ククシナ達がいろいろ教えておるらしいが、あやつらの覚え具合はどうじゃ?」
「毒持ちの魔物の捌き方とかは今まで実践してきてるんで、もっと細かいところまで教えれば問題ないみたいですけど、難航してるのは薬草の方ですね。紫輝は前々から本を読んだり、イニャトさんの図鑑を見たりしてたんである程度はわかるんですけど、他の仔らがどうにも……。だから、今日はイニャトさんが薬草の群生地に連れていって直に見せてくれるそうです」
絵や写真で見るよりも、そっちの方が覚えやすいだろうしね。
「そうか。まあセキレイ達ほどの魔力を持つ者ならば、多少の毒程度ならば致命傷にはならぬからな。そこまで心配せんでもよかろう」
「念には念をってことですよ」
自分の症状を治せる薬草があるって知ってるだけで精神的にも安心できるからね。知識は多いに越したことはないよ。
「それで、そなたは何をする?」
「私ですか? お休みをもらってるとはいえ、さすがに何もしないのもあれなんで、ちょっとだけ収穫とドライフルーツを作るつもりです。あ、政臣さんのところで蜂蜜をもらってこようかな。林檎の蜂蜜漬けがもうなくなったんで、それも作らないと」
もぎたてほどではないけど、蜂蜜漬けも福丸さんが大量に食べるからな。黄菜達も結構好きだし、うちにいる間にたくさん食べさせてあげたいからね。
「蜂蜜漬けとやらの作り方はシシュティ達は知らんのか?」
「いえ、知ってますよ。前に一緒に作ったことがあるので」
「ではそちらはシシュティらに任せよ。そなたの今日は妾に使え」
漣華さんにとな?
「何をするんです?」
「それは後のお楽しみじゃ」
気になるな。少なくとも私のお楽しみにはならない気がする。
「ほれ、夜明けまでまだ時間がある。もう少し寝るといい」
「はーい、おやすみなさーい」
漣華さんに手を振って、足音を立てないように家まで戻った。みんな寝てると思ってたのに、家の扉の外でバウジオが、家がある木の下では百子が頭を上げて、私を見てた。
「あれ、起きとったん? もしかして起こした? ごめんな?」
「ンモー」
「わっふ」
隣で寝てる芒月は脚を投げ出して伸びてるってのに、可愛いねぇあんた達。芒月は芒月で可愛いけど。
百子の頭を撫でて、木を登る。脚にぺったりくっつくバウジオを蹴らないよう気をつけて家に入れば、いびきを掻くイニャトさんが毛布を蹴り落としてた。
「あらら」
「くぅん」
鼻で毛布を戻そうとするバウジオの背中をぽんぽんと軽く叩いてから、場所を交代する。イニャトさんに毛布をかけ直してから、私も敷布団に寝転んだ。
私の隣に腹這いになったバウジオが、顎をお腹に預けてくる。しばらく頭を撫でてやると、ぷうぷう寝息を立て始めた。
ほんのりと明るくなる窓をなんとなしに見上げてたら、瞼が重くなってくる。ふわぁ、と大きなあくびをしたのを最後に、記憶が途切れた。
▷▷▷▷▷▷
「それじゃあ行ってくるからのう。留守は任せたぞ?」
「はい、任されました。気をつけてくださいね?」
うっすらと戻り始めた意識がそんな会話を拾った。行ってくる? 気をつけて? なんのこと?
ぱちぱちとまばたきをして周りを見れば、家の中が完全に明るい。お腹に乗ってたはずのバウジオの顎がない。バッと起き上がったら、バウジオは寝返りを打ったみたいで少し離れたところで寝てた。
窓の外を覗けば、仔ドラゴン達に政臣さんとイニャトさんが跨がってた。寝過ごしたな。出発直前じゃん。てか政臣さんも行くんだね。初耳だわ。
「あ、ニャオ起きた!」
「寝坊助ー!」
「もう朝だぞー!」
「すまんすまん」
家から出て仔ドラゴン達のところに行くと、藍里と橙地が鼻で小突いてきた。やめんか。
「私達、これから薬草を摘みに行くからニャオはお留守番ね?」
「はいよー。ちゃんと覚えておいでー」
藍里達だけじゃなくて、頭を寄せてくる他の仔らもがしがしと撫でてやれば、満足したみたいににこにこ笑ってた。
『私も同行させてもらうよ。イニャト君に頼まれてね』
「マサオミ殿は儂以上に薬草の知識が豊富じゃからのう。まあ当然じゃが」
エルフだもんね。張り合える人は限られてるよ。
「ほれ、弁当も持ったし、そろそろ行くぞ。早めに行って早めに帰ろう」
「「「「はーい」」」」
「「「いってきまーす」」」
仔ドラゴン達が尻尾を振りながら飛んでいく。こうやって見送れるのもあと少しなんだな。
「ニャオさん、今日は釣りをしないかい? 下流の方に大きい魚が来るようになったんだ」
アースレイさんが誘ってきた。ら、漣華さんチンアナゴバージョンが間に割って入ってきた。
「こやつは今日妾につき合ってもらう。釣りは明日にせよ」
「そうなんだね。わかったよ」
「誘ってくれてありがとうございます、アースレイさん。あ、もしよかったら林檎の蜂蜜漬けを作ってもらってもいいですか? もう底をついちゃったんで」
「うん、わかった。シシュティも誘うね」
そういいながらちらっと横を見る。蜂蜜漬けを食べ尽くした本人は、うとうとしてるそのさんを頭に乗せたまま林檎をシャクシャク食べ続けてる。これだけ毎日食べてても林檎がなくならないって本当に凄いな。
「グルミャウ!」
「ん? 芒月も来たいんか?」
「構わん、ついてくるがいい。ニャオ、早う行くぞ」
「はい」
駆け寄ってきた芒月と一緒に、漣華さんが描いた魔法陣をくぐる。いったい何をやらされるやら。




