第351話 まさかの……
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水がはじける音がして、太陽が見えた。水を払うように頭を振って、悲鳴がする方に顔を向ければ、ブレスを放つエルシュ・ドラゴンからニャルクさん達が逃げ回ってた。
「イニャトォォォッ! イエロードラゴンだけでも縛りつけててくださいねぇぇぇっ!」
「わかっとるわい! じゃが長くは無理じゃ! ニャオは、ニャオとキイニャはまだかぁぁぁっ?!」
必死の形相で逃げてらっしゃる。ニャルクさんに抱えられたそのさんがなんとも言えない表情になってるよ。あれが虚無顔ってやつか?
「あれ、イエロードラゴンは?」
空を飛んでるのはエルシュ・ドラゴンだけだった。イエロードラゴンを探して辺りを見回せば、イニャトさんの樹木魔法で操られた大量の根っこで縛り上げられたイエロードラゴンが地べたに転がってた。
「あたしはあっち! ニャオはニャルク兄ちゃん達のところに行って!」
「はいよ!」
黄菜の背中から降りて、エルシュ・ドラゴンに向かって真っ直ぐ飛ぶ。扇から生み出したドラゴン達がどこにもいない。やっぱり消えてたか。
扇から弓に形を変えて、光の矢を射る。ニャルクさん達を追いかけるのに夢中になってたエルシュ・ドラゴンは気づかなかったみたいで、矢は翼の皮膜を貫いて風穴を空けた。
エルシュ・ドラゴンが悲鳴染みた咆哮を上げる。驚いて立ち止まったニャルクさん達が私を見つけて、途端に笑顔になった。
「ニャオ! キイニャはどうにゃった?!」
「無事です! イエロードラゴンを狩りに行きました!」
「にゃんですって?!」
叫ぶニャルクさんの頭を、そのさんが尾先でぺちんと叩いた。
「さっきから騒々しいったらないよあんた達。ちっとも集中できやしない」
「で、ですが、キイニャがイエロードラゴンを狩りに行ったって?!」
「元からそれが目的だろう? 何を驚いてるんだい」
はあ、とそのさんがため息をつく。嫌な気配を感じて振り向き様に矢を射れば、いつの間にか飛んできてた火球が真ん中から左右に割れた。
「ゴアアァァァアアアアァァァァァッ!!」
皮膜に空けた穴が小さかったのか、エルシュ・ドラゴンはまだ空にいて、私を睨んでる。ニャルクさん達に軽く手を振って、私も空へ飛んだ。
「私の相手をしてくれん? 向こうは忙しいけな」
「ぼくも混ぜてよ」
兄弟猫とそのさんにまた攻撃しないように、挑発しながら言えば、真上から声がした。
「清ちゃん、今までどこにおったん?」
雲の隙間から、一番大きい姿になった清ちゃんがするすると降りてくる。責めたつもりじゃないんだけど、ちょっと居心地の悪そうな顔をされた。
「黄菜がドラゴン狩りを始めた時、近くにエルシュ・ドラゴンがいることに気づいて家まで物を取りに行ってたんだ。すぐに戻ってくるつもりだったんだけど、まさか番がこんなに早く合流するとは思わなくて……。ごめんね?」
「任せっきりにしたのは私の判断やけな。黄菜のことを思って動いてくれたにぃ怒りはせんよ」
そもそも、うちの仔らなら大丈夫、なんて思い込んでしまってたからな。実際黄菜と赤嶺以外は危なげなくドラゴンを狩れたわけだし。もっと注意すべきだったよ。
「あいつ、結構強いね。もちろん漣華ほどじゃないけどさ」
「漣華さんより強いドラゴンなんておるん?」
「うーん……。いないんじゃない?」
(おるわけなかろう)
あ、聞かれてた。
(妾と肩を並べられるのはせいぜいシラドぐらいじゃ。そのシラドを負かしたそなたらならその金色なぞ敵ではない)
「うん、頑張るね」
私だって頑張るよ。
「ところで、家から持ってきた物って?」
そう聞いたところで、エルシュ・ドラゴンが突進してきた。清ちゃんは上に、私は下に逃げる。擦れ違い様に尾で叩かれて、激しく飛ばされてしまった。
「ニャオさん?!」
「どこへ行くんじゃ?!」
「堪えるんだよ!」
ニャルクさん達の声が遠くなっていく。体に受けた衝撃が大き過ぎて上手く飛べない。地面に叩きつけられる覚悟をした瞬間、背中が何かに触った。ぷにんって。
「……え? ……は?」
考えてもなかった感触に頭の中がハテナマークだらけになった。豆粒サイズにまで遠ざかったニャルクさん達が目を真ん丸にしてるのが見える。ゆっくり、ゆっくり振り返ると、物すごーく見覚えのようある、ヌメヌメした物体が見えた。
「り、璃桜ちゃん?」
名前を呼ぶと、長い長い触腕がピンと伸びて元気に返事をした。どうしてここに? あんた、百子と一緒にお留守番してたよね? いくらクラーケンだからって、福丸さんの森からここまでは来れないでしょ? ……もしかして、清ちゃんが家から持ってきた物って……。
(当たりー。ウルスナがくれた千年珊瑚だよー)
マジかーい。
ぐわり、と璃桜の触腕が持ち上がる。真後ろにエルシュ・ドラゴンがいるのも忘れてそれを目で追った。何する気? ねえ何する気??
風を切る音がして、触腕が頬を掠める。ぐしゃり、と、背後から嫌な音。振り返らなくても、何が起こったかなんてはっきりわかる。これは振り返れない。
「ニャオやーい」
ぽてぽてと可愛らしい足音がした。イニャトさんと、そのさんを抱えたニャルクさんが隣に並ぶ。
「キイニャの方はどうかの? 上手く狩れそうか?」
「相手が1頭にゃらキイニャだって遅れは取らにゃいでしょう。特等席で見守ってあげましょうね」
……そうだね。あれこれ考えても疲れるだけだわ。もう見守るに徹しよう。黄菜が危険になったら助けに行こうね。
私達の体の間をうねうねと這う璃桜の触腕に、ただただ笑うことしかできなかった。




