第4話 友達ほしい
とりあえず移動しよう。でもどっちに行こうか。
目を凝らして左右の道を見ても目印になるような物は何もない。地面は……、流石にここは普通の土だけど、足跡がないからどっち側から人の流れがあるのかはわからないな。
「……こっちにしよう」
なんとなく、門を正面に見てから右側の道に足を向けた。知らない世界なんだから考えたって仕方がない。勘だ勘。
成人して上京したとはいえ、生まれは田舎だから山道獣道はお手の物。どんと来いだよ。
それから1時間ほど歩くと川に出た。ひんやりした空気が気持ちいい。澄んだ水に思わず喉が鳴るけど、山水を軽く見たらいけない。不用意に飲めばお腹を下すし、虫の死骸ならまだしも寄生虫がいないとも限らないからね。
「あ、バッグの中……」
そういえば確認してなかったな。
蓋の金具を外して開けて覗いてみると、何も入っていなかった。……いや、入ってる物が見えないんだ。
見た目はショルダーバッグっぽいのに底が見えない。真っ暗だ。思い切って手を入れれば広い空間があって、肘までするすると入ったかと思うと、こつん、と指先が何かに触れた。
「やっぱりマジックバッグなんだ」
異世界に喚んでしまった詫びのつもりかな? 役立つ物が入ってればいいけど……。
ガサゴソと漁ってみれば、何やら折り畳まれた紙のような物、筒みたいな物、小さな袋、細い鎖のような物が入ってることがわかった。
ひとまず紙を見てみようか。地図だったら嬉しいな。
マジックバッグの中で筒やら何やらを脇に避けながら紙をつまむ。よし、破かないようにそーっと……。
真っ暗な空間から紙の端がちらっと見えた。もうちょっとで取れそう。嫌な予感がした。反射的に真横に飛ぶ。
次の瞬間派手な水飛沫が上がって、一瞬前まで自分が立っていたところの空気を噛む巨大ワニがいた。
「ぅえええぇぇぇぇっ!!!」
紙をマジックバッグの奥に突っ込んで金具を閉じて走り出す。たぶん1秒もかかってない。さすがだ私!
川原を駆け抜けて森に逆戻り。道を見失わないようなけなしの気を配りながら木々の間を走る。
だって聞こえるもん。邪魔な木をへし折って土を抉りながら追いかけてくるあいつの音が聞こえるもん! 振り返らなくてもわかるもん!!
「猪の方がマシィィィィ!!!」
大声で叫ぶけど助けは来ない。当然だけど。
山で育ったとは言っても長時間全速力が出せるわけじゃない。どうにか逃げなきゃ確実に死ぬ!
「無理だってもう来ないでぇぇぇ!!!」
足がもつれそうになるけど、止まるわけにはいかない。つまずけば即腹の中だ。
「誰か助けてぇぇぇ!!!」
返事を期待してはいないけど、叫ばずにはいられなかった。
「ゴァァァァァァァァァァ!」
期待してなかったはずの返事があった。上からだ。
え? と思って見上げようとしたけど、突風が吹いて木に叩きつけられた。
「いっっっったぁ……」
思い切り背中をぶつけたせいで息ができない。涙が滲む。何が起こったのかわからなくて、でも確認しないといけないから頑張って瞼を開ける。
巨大ワニは確かにいた。でも動いてない。死んでるのがここからでもはっきりわかる。そして、巨大ワニに覆い被さるもっと巨大な赤い影。
ドラゴンだ。
レッドドラゴンが巨大ワニの首に噛みついてる。
ワニの背中の皮は固くて銃弾も通しにくいってテレビで見たけど、目の前の巨大ワニは既に血まみれだ。
「ドラゴンってもっと中盤ぐらいで出るもんじゃないの……?」
予想外の展開につい笑ってしまう。笑うしかないよこの状況。痛みなんか吹き飛んだわ。
笑い声に気づいたのか、レッドドラゴンがこっちを向く。凄く怖い。
あれ? でも待って。異世界召喚物だったらドラゴンは定番の仲間だよね? もしかしたら目の前のドラゴンは私の悲鳴を聞いて興味を引かれてやってきてくれた今日から友達になってくれる頼れる仲間ーー
「ゴァァァァァァァァァァッ!!」
ーーな訳ないか~。
レッドドラゴンは巨大ワニの血を撒き散らしながら威嚇してきたけど、仕留めた獲物を後ろ足で掴むとそのまま空へと飛び立った。
「フシュウッ」
鼻を鳴らしてちらりとこっちを見ただけで、空の彼方へ飛んでいってしまう。
「……うん、まぁ……ありがとうございます」
土まみれになったまま合掌して頭を下げる。
お礼大事。これ社会人の常識。
……背中ひりひりしてきたなぁ。




