第325話 運搬
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雪が降りやんで、雲に切れ間ができた。風は冷たいけど、柔らかい日光にみんな嬉しそう。でも雪は残ってるから足元には気をつけないとね。
「ニャオさん、カリュブディスの報酬は3回にわけて支払われるそうです。王都からペリアッド町に送金されるので、連絡が来たら受け取りに行きましょうね」
「せっかく王都に来とるんじゃし、何かいい物を買って帰らんか? セキレイ達も頑張ったから、褒美をやりたいと思うんじゃが」
「ご褒美だにゃんて、当然ですよ。でもあの仔達、お肉は日頃からわりといい物を食べてるし、装飾品は神宝石を持ってるし、かといって家に飾るようにゃ物は好まにゃいし……。何を買って帰るつもりです?」
「それにゃんじゃよにゃあ……」
首を傾げるニャルクさんに、イニャトさんがため息をついた。
カリュブディスの死骸を回収するのは大変だった。なんせ一番重要な運び手がいない。陸が見えるところまでは璃桜が運んでくれたから助かったけど、問題はその後。赤嶺達と騎竜隊が力を合わせても運べないサイズの魔物をどうやって王都まで移動させるのか、エルゲさん達がどんなに考えても答えは出なかった。鯨を王都まで連れていくわけにもいかないみたいだったし。
結局、ぷかぷか浮いてるカリュブディスの上空で、空飛ぶ鯨に乗ったまま、あーでもないこーでもないとエルドレット隊と騎竜隊のみんなが話し合うのに小一時間つき合ってたら、痺れを切らしたっぽい漣華さんが頭を出してきて一騒動起こってしまった。まさか漣華さんに驚いた鯨がみんなを放り落として逃げていくなんて思わなかったよ。私は自分で飛べたし、ニャルクさんとイニャトさんをキャッチできたからよかったものの、ユラン達が騎手やエルドレット隊を拾い損ねて何人か落ちていっちゃったんだよね。仔ドラゴン達とまた大きくなった清ちゃんが拾ってくれたから海まで落ちずに済んだけど。
で、今私達は王都に来てる。驚かせたお詫びにって、漣華さんがカリュブディスを特大の魔法陣で移動させてくれて、ガルネ騎士団のみんなもくぐっていいって言ってくれて、ついでにこいつらも連れていけって私と兄弟猫も放り込まれて現在に至る。なぜに?
「ニャオよ、お前さんにゃら何を買って帰る?」
ぽてぽて歩いてきたイニャトさんが、私が座ってるベンチの隣に腰かけた。反対側にニャルクさんが飛び乗ってくる。
「僕は本がいいと思います。前にシキが歴史の本をほしがってたんですよ。レンゲさん達から聞く以外に、人間達の間で伝わってる話が知りたいと言ってました。ペリアッド町では売られてる本は限られますし、王都の古い書物を選んだらどうでしょう?」
「本に興味があるのはシキだけじゃろう? 他の仔らはただの紙の束としか思っとらんではにゃいか。それにゃらいっそ肉の方がいいわい」
「だから、お肉は珍しくにゃいじゃにゃいですか。それに、これを機にランリ達にも本を読むように言った方がいいと思うんですよ。あの仔達だって文字は読めるんだから」
「ニャルクや、シキ以外に本のご褒美はむしろ嫌がらせじゃぞ?」
それは私もそう思う。
「1つ確認なんですけど、ドラゴンって光り物は好きなんですかね?」
聞いてみると、2人は揃って頷いた。
「そうじゃにゃあ。ドラゴンは基本的に宝石や魔石が好きじゃよ。じゃからドラゴンの巣に行けば一生贅沢しても使い切れんほどの宝の山があると聞くぞ?」
「その分執着も強いですけどね。1粒でも盗もうものにゃらどこまでも追いかけてきて殺してでも奪い返すそうです」
そっか。
「なら、でっかい原石はどうですか? あの仔らが興味がないのは人工の飾り物でしょう? だから加工前の、岩にくっついたままの綺麗な原石をご褒美にして寝床に置いてやれば、それなりに喜んでくれると思うんですけど」
イメージしてるのは特大のアメジストジオード。紫じゃなくてもいいんだ。黒い石の中のキラキラした宝石を見れば、私だって楽しく感じるからね。
「ふむ、悪くにゃいのう。では、後で宝石商の店に行ってみるか」
「ギルドにおすすめの店を聞いてからにしましょう。王都だから大丈夫でしょうけど、その方がやっぱり安心ですから。それで、キヨちゃんには何を買いましょうか?」
「キヨにはクッションにゃどどうじゃろうか? ほれ、いつも寝る時に乗っておるやつがそろそろくたびれてきておるじゃろ? 感触がいいといって買い換えるのを嫌がっておったが、王都で売っておる最高級品にゃら文句はにゃかろうて」
「それはいいですね。きっと喜んでくれますよ」
うんうん、ご褒美が決まってよかった。それならさ……。
「ニャルクさん、イニャトさん」
「はい?」
「どうした?」
私だって結構頑張ったんだ。手伝ってもらいながら髪も全部回収できたし、竜人? みたいな姿にもなれるようになった。まあご褒美がほしいってわけじゃない。でもこれだけは叶えてほしい。
「場所を移動したいです。視線が痛い」
「……ああ、そうですね」
「そうじゃのう……。気ににゃるわいのう……」
「ええまあ」
最初に獅子獣人になった時みたいに、数時間経ったのに未だ人間に戻れてない。つまり、翼と尻尾と角が生えたままの状態で、王都のベンチに腰かけてるってわけ。ついでに言ってしまえば、肘から先と膝下から爪先までの箇所もドラゴンみたいな形に変化してる。目立たないわけがない。
王都の人達は私をガン見する人と、見ないようにする人と、こっちに来ようとしてエルドレット隊に止められてる人にわかれてる。いっそ飛んで騎士団本部の屋根にでも逃げようかと思ったけど、必死に都民を抑えてくれてるライドさん達を見てたら置いてなんか逃げられないよね。
「エルゲさん達はまだですかね?」
エルゲさんは本部に行って状況を説明してくれてる。アーガスさんは王都の外に置くしかなかったカリュブディスを数人の隊員と見張ってて、イヴァさんもそれを手伝ってる。エルゲさんが許可をもらってきてくれれば、私は騎士団本部の中に入れるんだけど……。
「お、出てきたぞ」
イニャトさんが前足で騎士団本部の扉を示した。見てみればエルゲさんと、副団長のガレンおじ様が駆け足で出てきたところだった。
私を見つけたガレンおじ様が目を真ん丸にする。まあ驚くよね。
「この姿、竜人って言うんですかね? ドラゴンと人の混血みたいなのは珍しいんですか?」
「んにゃもん存在せんわい」
……はい?
「兎人や獅子獣人といった種族はもちろんいますが、ドラゴンと人が合わさった姿の種族はいにゃいんですよ。魔物のリザードマンぐらいですね」
「……じゃあこの姿の私はなんて呼ばれるんです?」
「今お前さんが言うた竜人とやらでよかろう。前例がにゃいんじゃから」
また名づけちゃったよ。でも竜人ってのがいないなんて、私が初だなんて、どこか怪しい研究室にぶち込まれたりしないよね? 大丈夫だよね??




