表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

377/418

第322話 髪

ご閲覧、評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。

 カリュブディスの触手が数を増す。体の大きさは向こうの方が上だけど、腕の太さは璃桜が勝ってる。璃桜は絡みついた触手を引き剥がすと、そのままブチブチと引き千切った。

 ずっと聞こえてた低音がまた大きくなった。あれはカリュブディスの声だったのか。これだけでかけりゃそりゃ声もでかいわな。


「ランリ後ろ!」

「そっちもだよセキレイ!」


 仔ドラゴン達が逃げ惑ってるのが見える。新しい矢をつがえて射ったけど、全部避けられてしまった。


「もう覚えられたか……」


 体と同じように脳みそもでかいんかね? だとしたら厄介だ。同じ技を何回も使えない。

 “バンパイアシーフの短剣”を扇に変えて構える。捕まりそうだった紫輝に向けて扇げば、数本の触手がすぱんと切れた。


「ニャオありがとう!」

「礼は後! みんなでカリュブディスの注意を逸らして! 髪を探すわ!」

「任せて!」


 紫輝はもちろん、他の仔ドラゴン達も頷く。伸びてくる触手を掻い潜りながら、赤嶺達は体にまとったそれぞれの色の炎で触手を焼き払った。

 本当ならここは海の中だから炎は消える。だけどみんなが使う炎は消えない。水神さんが力を貸してくれてるのか、それとも水神さんの気を浴びながら育ったあの仔らの特性なのかわからないけど、凄く心強い。芒月にはできない技だ。

 焼かれてもまだ動き続ける触手が一斉に薙ぎ払われる。一番大きな姿に変化した清ちゃんが長過ぎる胴で真横に薙いだからだ。だけど次々と新しい触手が現れて、清ちゃんの体に絡みつこうとしてる。

 清ちゃんの顔に迫った触手が赤に焼き切られる。清ちゃんの隣にふわりと浮かんだ赤嶺が、きょうだい達を見回した。


「キイナとランリは東側! ダイチとセイライは西側に行って! シキとミオリと俺は状況を見ながら加勢! キヨちゃんはどうする?!」

「好きに動くよ」

「ようし任せた!」


 おお、赤嶺が指揮を取ってる。さすがだ。


「璃桜、カリュブディスに近づける? あの仔らが頑張りよる間に髪を探さんと」


 つるつるした肌を撫でながら聞けば、璃桜は脚に絡んだ触手を引き千切りながら移動してくれた。カリュブディスの目が追ってきてるような感覚がある。あの目から隠れて動くなんて無理だな。

 数十本の触手に行く手を遮られた。今までの触手とは別物だと一目でわかる。


「璃桜避けて!」


 叫んだけど、璃桜はその前から察してくれてた。巨体が左に大きく避ける。触手の先端がぱかりと開くと、海流のブレスが私達がいた場所を貫いた。

 触手よりも太いブレスに思わず目を見開く。直撃したら私なんて塵すら残らないな。トルエイのブレスなんて比べ物にならない威力だ。

 璃桜の肌が震える。恐怖からじゃなくて、怒りが元だ。なんとなくわかる。

 これでもかと開かれた吸盤が、絡みついた触手を喰い千切る。比喩じゃなくて、本当に喰い千切った。吸盤の大きさに比例して、中にある牙もかなり鋭い。さっき頬っぺたに吸いついてきた時は加減してくれてたんだな。そうじゃなきゃ今頃私の顔半分は削れてるよ。

 “バンパイアシーフの短剣”を弓と扇に交互に変化させながら、毎回違う技を繰り出して触手から仔どもらと璃桜を庇いつつ、気配を探る。落とした雫が広げる波紋は、いつもなら見つけたいものをすぐに見つけてくれるけど、今回は集中が途切れてしまってうまくいかない。早く見つけないといけないのに。


「ニャオ、蜂蜜ちょうだい?」


 触手を押し退けながら戻ってきた清ちゃんが言った。マジックバッグごと渡すと、ありがとーって言いながら去っていく。何をするのか横目で見てたら、カリュブディスの上を泳ぎながら中身をひっくり返してしまった。

 ふわふわと、蜂蜜入りの瓶がカリュブディスに満遍なく降り注いでいく。清ちゃんの行動に気づいた赤嶺達が距離を取れば、3分の1ぐらいの触手が蜂蜜を求めて本体の方に戻っていった。

 触手の攻撃が弱まった。そこここから、瓶の蓋を開ける音が聞こえてくる。蓋をぽいっと捨てた触手は、また先端を開けて瓶の中に突っ込んで、蜂蜜を含んでしまった。


「何……?」


 蜂蜜に濡れた触手が、本体の方へ戻っていく。円を描く無数の目の中央に、十字の長い溝ができた。


「ニャオ、あれって……」


 真横に来た緑織が、カリュブディスを凝視しながら聞いてきた。他の仔ドラゴン達も、スピードが緩んだ触手から悠々と逃げつつ目線が釘づけになってる。どんどん深くなっていく溝は、ゆっくり、ほんっっっとうにゆっくり、開いていった。


「口かよ……」


 橙地がぽつりと言った。うん、あれはどう見ても口だ。

 四方向に開いた大き過ぎる口の中に、牙は見えない。ただただ真っ暗だ。触手がそこにどんどん蜂蜜を瓶ごと放り込んでいく。この隙に、もう一回気配を探ってみた。

 円形の目の並びを挟んだ向こう側に、何かある。もっとよく見てみれば、一際太い触手の根元に私の髪があった。


(清ちゃん、見つけたよ)

(うん、ぼくも感じ取れた。赤嶺達に伝える?)

(……いや、万が一一斉に群がっていったら集中的に狙われてしまう。このまま注意を引いとってもらおう)


 あの仔ら、大きくなったとはいえまだ仔どもっぽいところが残ってるからな。自分が取ってくる! って競争しかねない。陸のいつも狩ってる魔物相手ならまだしも、こいつ相手じゃ駄目だ。危険過ぎる。


「緑織、カリュブディスが蜂蜜に気を取られてる間に髪を探すけぇ、また触手の気を引いてくれる?」

「うん、いいよ」


 嘘をつくのは申し訳ないけど、今は許してもらおう。ごめんね?

 緑織がきょうだい達の方に戻っていく。璃桜に顔を寄せて、髪がある方に行ってもらおうとしたら、それよりも早く動き始めた。


(ニャオ、璃桜はこっちの世界の水神様の加護を授かってるよ)

(マジで?)

(マジマジ。だからニャオが感じ取ったことを知ってるみたい)


 凄いな璃桜ちゃん。ウルスナさんだけじゃなくて、水神様からも期待されてるなんて。……私、そんな仔に名前つけてよかったのか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ