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余話第64話 湿地帯で

ご閲覧、評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。

「おお、おおおおっ、おおおおおおっ!!」

「イニャトうるさい!」

「変な声出すなよ……」

「ばっふぅ……」

「まあまあ」


 広大な湿地帯を前に興奮するイニャトと、露骨に嫌な顔をするランリとシキ、不安げなバウジオ、宥めるマサオミ。

 そこはただの湿地帯ではなく、歩く植物の魔物であるマングローブが何体も闊歩し、その枝には珍しい花や実、それらを求めて飛び交う蝶と小鳥で溢れていた。


「落ち着いてにゃどいられるものか?! ああ、見たことのにゃい花があんにゃに咲いておる! 実が生っておる! 持って帰りたい! 育ててみたいぞぉぉぉ!」

「マサオミおじさーん、イニャト怖い……」

「大丈夫だよ、ランリ君。すぐにいつものイニャト君に戻るから」


 ぽんぽんとランリの頭を撫でるマサオミの眼差しは温かい。永く生きているマサオミにとって、ここにいる全員の素直な反応は微笑ましい以外の何物でもないのだ。


「マサオミ殿! マングローブを連れて帰りたいとまでは言わんから、植物をいくつか持ち帰らせておくれ! 摘んだらいかん種類があれば教えてほしい! それ以外は家で育てたいぞ!」

「わかったよ。だけど、見たところマングローブについている花や実はどれも湿地帯に適したものばかりのようだ。フクマルの森で育てられるのかい?」

「無理じゃにゃ!」


 ビシッ! と指差すように前足を突きつけてきたイニャトに、マサオミは目を丸くする。シキは大袈裟にため息をついた。


「じゃあ持って帰る意味ないじゃないか。早くニャオの髪を回収して帰ろうよ」

「そうだよ。ママ達も終わったらすぐに森に帰りなさいって言ってたじゃん。道草食ってたら駄目だよ」


 口々に言うシキとランリに、チッチッチッ、とイニャトは舌を打った。


「諦めるには早いんじゃ、シキにランリよ。儂らのもとにはニャオがおる」

「「ニャオ?」」

「ばっふう?」


 バウジオも混ざり、3人揃って首を傾げる。そんな仔ども達の様子に、マサオミは口元を片手で覆ってクスクスと笑った。


「そうじゃ! ニャオが水神様に頼んでくれれば森の中に湿地帯を作ってくれるかもしれん! 規模は大きくにゃくていいんじゃ、それにゃりの広さがあれば充分育てられるからのう!」

「ええー……、水神様にお願いするの?」

「作ってくれたとしても、フクマルおじさんは作っていいって言うかな?」

「そこはほれ、お前さん達も頼み込んでおくれ」

「「巻き込まないで!?」」

「ばっほい?!」


 3人からブーイングが起こり、まあまあ、とイニャトが宥める。堪え切れなくなったマサオミは、声を上げて笑い始めた。


「場所を決めあぐねれば、私の家の近くに作るといい。シスレンの木は水気にも強いし、コーカルゥセイボウ達が新たな蜂蜜を作ってくれるかもしれないからね」

「おお! それはいい! 美味い蜂蜜にゃらばペニー・ハニーに卸せる種類も増えるからのう。儂は花を育てることができるし、いいこと尽くしじゃわい!」


 興奮で鼻息を荒くするイニャトの頭を、屈んだマサオミが優しく撫でる。


「その為にも、早くニャオ君の髪を持つ魔物を倒そう。花や実を集めている最中に襲われては大変だからね」

「あたし探してくる!」

「僕も!」

「ばっほい!」


 単独行動のお許しが出そうになると、ランリ達は目をキラキラさせた。うんうんと、マサオミは頷く。


「気をつけて行きなさい。目的の魔物はドゥア・マングローブ。ここにいるマングローブの群れの中で、一際大きな個体だからね? 見つけたら一度戻ってくること。約束だよ?」

「「はーい!」」

「アオーーン!」


 仔ドラゴン達が飛び、バウジオは飛沫を上げながら走っていった。はしゃいでいるようにも見える3人を見送ったイニャトが、ぽつりと呟く。


「バウジオの奴、帰ったら風呂じゃな。風呂」

「避けられない運命だね」


 遠くの方から、ブシュンッ! というバウジオのくしゃみが聞こえてきた。




 ▷▷▷▷▷▷




「おおーい、イニャトー、マサオミおじさーん」


 数分も経たない内にランリが帰ってきた。


「早かったね。見つかったのかい?」


 イニャトを肩に乗せたマサオミが聞けば、ランリは困ったように俯いた。


「いたのはいたんだけど……」

「どうした? 何かあったのか?」


 マサオミの頭に両前足を置いて、イニャトは立ち上がる。マサオミはイニャトが落ちないように、小さな背中を支えた。


「なんか……、なんというか……。凄く狩り辛い」

「狩り辛い?」


 イニャト達が顔を見合わせる。魔物を見れば例え止めても一直線に狩りに行っていた仔ドラゴン達が狩り辛いとはどういうことか、2人にはわからなかった。


「とにかくついてきてよ。シキもバウジオもそこにいるから」

「あやつらも狩れずにおるのか……」

「そうみたいだね。ランリ君、乗せてくれるかい?」

「うん!」


 固い地面を選んでランリが降りると、マサオミは急いで跨がった。イニャトを自分の正面に移動させて、落ちないように片手を添える。イニャトは嫌がる素振りもなく、マサオミの大きな手を前足で掴んだ。

 飛び立ったランリの背から見下ろした湿地帯には、たくさんのマングローブ達が歩いているのが見えたが、マサオミは違和感をすぐに感じ取った。

 不規則に動き回っているように見えるマングローブ達が、ある一点を明らかに避けている。その中央にはシキとバウジオがいるが、魔物達が避ける理由は彼らではなかった。


「にゃんとまあ……」


 マサオミの手を掴むイニャトの前足に力が入る。目を細めずとも見えるその光景に、マサオミは眉間にしわを寄せた。


「ばっふばっふ!」

「ああ、みんな……」


 助けを求めるようなバウジオの鳴き声と、困った顔のシキが振り返る。地面に降りたランリから飛び降りたマサオミは、イニャトを抱えたままそれに近づいた。


「フルルルル……」


 力なく項垂れる巨木、ドゥア・マングローブ。その瞳は虚ろで、かすかに光っていた。


「にゃ、泣いておるのか?」

「そのようだね」


 マングローブという魔物は体が小さい内は人間を襲わない。木に擬態し、やり過ごすのだ。しかし成長し、ドゥア・マングローブと呼ばれるようになる頃には小さなマングローブ達を守る為に防衛行動を取るようになるのだ。なのに、目の前のドゥア・マングローブはドラゴンが近づいても、バウジオがにおいを嗅いでも反応しない。ただただ、はらはらと涙を流しているのだ。


「イニャト、マングローブって泣くの?」

「いやあ、儂は聞いたことがにゃいぞ。マサオミ殿はどうじゃ?」

「私も初めて見たし、聞いたこともないね。……もしや」


 思い当たることがあるのか、マサオミはランリの背にイニャトを移動させてからドゥア・マングローブに近づいた。

 シキが場所を空ける。においを嗅ぎ続けるバウジオの背中を撫でて、マサオミは俯く魔物の項を見上げた。


「うん、ニャオ君の髪が確かにあるね」

「マサオミ殿、どういうことじゃ?」


 ランリがシキの隣に並び立ち、イニャトが問う。3人を振り返ることなく、マサオミは続けた。


「年経たマングローブは知性が増すことがあると聞く。おそらくこの仔は人間の幼児と同じぐらいなのだろう。だが、ニャオ君の髪を与えられ、異質な魔力に変化してしまったが為に仲間外れにされたのだろうね」

「可哀想に……」


 イニャトの耳がぺたりと倒れる。


「マサオミおじさん、どうにかならないの?」


 悲しげな顔でランリが尋ねる。


「うまくいくかわからないが、ニャオ君の髪を取ってみよう。しばらくすると魔力の流れも落ち着くだろうから、また仲間に入れてもらえるかもしれない」

「そうか。では儂が取ってこよう」


 言うや否や、イニャトはランリから降りてドゥア・マングローブの体を駆け上がった。

 振り払う気力もなく項垂れる魔物の項から、イニャトはニャオの髪を抜き取った。そのまま降りようとしたところで踏みとどまり、ドゥア・マングローブの顔を覗き込んだ。


「ほれ、邪魔にゃものは取ってやったぞ? わかるか?」


 イニャトの声に、ドゥア・マングローブがわずかに反応する。マサオミは、マジックバッグから紙の包みを取り出した。


「魔力の乱れを整える薬だ。イニャト君、飲ませてやってくれるかい?」

「魔物にも飲ませて大丈夫にゃのかのう?」

「エルフ印だからね」


 ふわりと笑うマサオミから包みを受け取ったイニャトは、かすかに開いているドゥア・マングローブの口に薬を入れた。前足で顔を上げさせる。こくり、と飲み込んだドゥア・マングローブの虚ろだった目に、少しだけ活気が戻る。


「フルルルル」

「あ、声が変わった」

「ばっふ!」


 シキが驚き、バウジオが嬉しそうに尻尾を振る。ニャオの髪をマサオミに預けたイニャトは、そのままドゥア・マングローブの肩に座った。


「もうしばらく様子を見よう。これにゃら道草にはにゃらんじゃろう?」

「そうだね」


 頷いたランリが、翼を畳んで地面に尻をつける。休憩の体勢だ。


「イニャト君、今の内に花を摘んでくるかい? 私が残っておくから、行ってくれて構わないよ」

「ああー……。いや、もうちっとここにおるわい。儂も様子を見たいからのう」


 ドゥア・マングローブの頬をぷにぷにとつつきながら言うイニャトに、マサオミは微笑んだ。バウジオが魔物に寄り添うように座り込む。

 しばらくして、ドゥア・マングローブの根がイニャトに絡みつき離さないというハプニングが起こったものの、雰囲気はどこか和やかなままだった。それこそ、近くにいるマングローブ達が様子を見に近づいてくるぐらいには。

1万マス歩いてもマングローブが見つからないのでマングローブに出てきてもらいました。わかる方だけわかってください(笑)

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