第33話 イニャトさんのこだわり
ご閲覧、評価、ブックマークありがとうございます。
『○○△? □○✕?』
「いーや、こっちは1エルもまけんぞ。この値段でにゃければ売らん」
『□✕○、▽□?』
「何を言うか! これはそこらの果実とはわけが違う。一口でも食ってみらんか?!」
『✕✕□▽?』
「じゃからまけんと言っておろうに!?」
『▽▽〜〜……』
「にゃんじゃその顔は?!」
福丸さんの森から一番近いペリアッド町に来て3件目の青果店で、イニャトさんは本日四度目になる値引き交渉に苛ついていた。
持ってきたのは林檎、サクランボのシュテム、無花果のモラだ。旬が滅茶苦茶だけど、この世界では魔法で野菜とか果物を育てるから問題ないらしい。魔法薬を使って育てるところもあるみたいだけど、魔法そのもので育てたり、自然に実ったりした方が人気があるとか。いつだったか、無農薬がどうのって説明されたのは魔法薬のことみたい。
最初は商人ギルドに果実を持っていったけど、最近は質のいい物が安定して手に入るから割安になっていると説明されて、もともと安い値段をさらに値切られたから、青果店に直接卸す許可をもらって町中を回ってる真っ最中だ。
「それなりの値段で引き取ってくれるところに卸した方がいいんじゃないですかね?」
目深に被っていたフードの縁を整えながら聞いてみる。
「いやぁ、ああにゃったイニャトは簡単には引きませんよ。自分の種をニャオさんに育ててもらった大切にゃ果実ですからね」
屋台で買った回転焼きみたいな物を食べながらニャルクさんが言った。そう思ってもらえるなら嬉しいけど、お店の人と言い合ってるのを見るのはなんか嫌だなぁ。
「っかーーー! 駄目じゃ駄目じゃ! この店も林檎をたったの70エルで買い取ろうとしよる。次行くぞ次!」
「イニャト。ここがギルドから紹介された青果を取り扱う最後のお店ですよ」
「にゃんじゃと?!」
イニャトさん、ガーンって顔してら。
「1つ前のお店なら85エルだったでしょう? もうそこに買い取ってもらったらどうですか?」
「駄目じゃ! これほどに美味い林檎をそんにゃ値段で卸すわけにはいかん! そんにゃことをしたらフクマル殿に怒られるぞ!」
「イニャトさん、こればっかりは仕方ないですよ」
ほどほどにしないと買い物する時間がなくなってしまう。森に帰るのだって結構かかるし、何よりバウジオが飽きてきてる。
「福丸さんだって事情をわかってくれますよ。そんなに怒ったりしませんて」
「いや、儂にはわかる……。お前さんら、フクマル殿の林檎への情熱は知っておろう?」
「……まあ」
「……確かに」
身に沁みてわかっておりますとも。でもいつまでもそんなこと言ってらんないんだって。
「イニャトさんはどれくらいの値段で卸したいんですか?」
「林檎じゃと1つ250エル、シュテムは1掬い600エル、モラは3つで700エルといったところかの」
えーっと、林檎1つ250円ってこと? お店の取り分を上乗せしたら300円は軽く超えるよね。
「ちょっと高くないですか?」
「高くにゃどにゃい! この味にゃらこれぐらいの価値はある!」
「でも買い手がついてにゃいでしょう?」
「ぐぅ……」
あらら、ぐうの音が出た。
「くぅ~ん」
「バウジオ、どしたの?」
大人しく寝転んでいたバウジオが立ち上がった。いい加減限界かな?
「歩きたい?」
「ばっふ!」
「ニャルクさん、バウジオが限界みたいです」
「ああ、すみませんバウジオ。ニャオさん、少し歩いてきてもらってもいいですか?」
「でも、お任せしてばっかりだと申し訳ないです」
「ニャオよ。世界初心者のお前さんはいろいろ見るのが仕事じゃ。行ってくるがいい」
「あまり遠くへは行かにゃいでくださいね。バウジオから離れにゃいように」
兄弟猫に手を振られて、私はご機嫌なバウジオとペリアッド町に繰り出した。
▷▷▷▷▷▷
軽い足取りで歩き出したバウジオと一緒に、屋台に並ぶ品や町並みを眺めながら歩く。ふとバウジオが立ち止まった。
「どしたんバウジオ?」
背中を撫でてやれば、バウジオは真ん丸の目で振り返ってから建物の間に顔を向ける。暗がりに目を凝らすと、じぃっとこっちを見る男の子がいた。頭には大きな鼠の耳が生えている。
「獣人、かな?」
よく見ると鼻も少し尖ってる。尻尾は見えない。
「ばっふばっふ」
控えめにバウジオが吠えると、鼠耳の男の子は恐る恐るといった様子で近づいてきた。
「ごめんな、噛んだりしないから安心して」
そう声をかけたけど、不思議そうな顔をされてしまった。言葉が通じないから当然か。
それにしても、この子は随分とみすぼらしい格好をしてるな。袖がほつれたシャツに裾が破れたズボン、髪はボサボサだ。
「これあげる」
マジックバッグから林檎を1つ取り出して差し出すと、男の子はこっちと林檎を交互に見た後、パッと奪うように取って走っていった。
「ぅおっふぅおっふ!」
「吠えんでいいよ」
礼ぐらい言っていけ、みたいに吠えるバウジオの頭を撫でる。その声が聞こえたのか、ニャルクさん達が駆け寄ってきた。
「ニャオさん、どうしました?」
「何かあったのか?」
たった今起こった出来事を説明すると、イニャトさんが呆れ顔をした。
「お前さん、売り物をタダでくれてやってどうする? 商売ににゃらんではにゃいか」
「まあまあイニャト、1つぐらいいいじゃにゃいですか」
「あげたのは小腹が空いた時用に持ってたやつなんで、許してください」
「しかしのう……」
腕を組んでしかめっ面をするイニャトさんを宥める為に、屋台で売ってた桃のジュースを奢った。果肉がたっぷり入ったそれから、果物に困ってないことが窺い知れて、また不機嫌になってしまったけど。
「はあ。今回は諦めるしかにゃいのかのう? そうにゃのかニャルクよ?」
「タイミングっていうのがありますからね。仕方がにゃいですよ」
「幸いスパルナを数羽捕獲できてますから、その羽根を売りに行きましょう。今までの所持金と合わせて、最低限必要な物だけ買って帰りましょうよ」
私達の言葉にイニャトさんががっくりと項垂れる。残念だけど、しょうがないよね。
『○◎△◎! □□△!』
通りの向こうの方から声がしたかと思えば、林檎をあげた鼠耳の男の子が母親らしき女性を引っ張りながら目の前まで走ってきた。2人共似たような出で立ちだ。
『◎◎△○、□◎○!』
さっきまでの怯えた様子はどこへやら、可愛らしく興奮しながら私達を指差して女性に何かを訴えてる。
「お前さん何を言っとるんじゃ? こやつらはそんにゃこと話しとらんじゃろうに」
イニャトさんが不機嫌そうに言った。
「なんて言ってるんです?」
「この人がくれた林檎美味しかった、僕達のお店で売ったらお客さんいっぱい来てくれるよ、と言ってますね」
ニャルクさんが翻訳してくれる。お店の子だったのか、鼠耳の少年よ。
「待て待て坊主。お前さん、これをいくらで買い取るつもりじゃ? 食うてみて美味いと思うたこの果実、そこらの店の卸値と同じとはいかんぞ。わかっとるんか?」
イニャトさんに前足を突きつけられた男の子が駄々をこね始めた。それだけ見るとまあ可愛げがあるんだけども……。
問題なのは、女性の方が顔を手で覆って泣き始めたことだ。
「えええっ! ちょっとちょっと?!」
「ふにゃっ?! 泣かにゃいでくださいよ!?」
「キュ~ン……」
「儂のせいか??」
『▽▽□、✕▽□✕……。☓☓〜!!』
嗚咽を溢し始めた女性と、涙目で寄り添う男の子。慌てる私とニャルクさん。おろおろするバウジオ。突きつけた前足を下ろせないまま、若干青ざめるイニャトさん。
なんなのこの状況?
せめてどこかに移動させてくれないかな。周りの目が痛いよ。
 




