余話第4話 古のドラゴン
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明日から本編となります。
「レイエル町には未だ立ち寄らず、か……」
王都にあるギルドの中庭で、エルゲの報告を受けたエルフのガレンはため息をついた。
「はい。フアト村からまっすぐ向かっていれば疾うに到着しているはずですが……」
片膝をついていたエルゲが顔を上げた。その後ろにはアーガスとイヴァが同じように膝をついて頭を下げている。
「他に情報はないのか?」
「それが、騎竜隊と共にレイエル町へ向かったライド・ワイトとオード・ワイトにフアト村までを捜させたところ、ドレイファガスの教会で嗅いだにおいが残っていたそうですが、途中で消えてしまっていたようで」
「消えたとな?」
「はい。周辺を詳しく調べたところ、隠れダンジョンがあったらしく、それに呑まれた可能性が高い、と」
「なんと……」
ガレンが眉間を押さえた。
「数名で隠れダンジョンに入ったそうですが、異世界人は見当たらなかったと報告を受けました」
「やられたと?」
「わかりません。異世界人やケット・シーの痕跡は何も残っていなかったそうです」
「よろしいですか? ガレン副団長」
イヴァが控えめに顔を上げた。
「申してみよ」
「こちらに伺う前に〈星詠〉を行ってみたのですが、異世界人の魂はまだこの世を離れておりませんでした。隠れダンジョンからは脱出できたものと思われます」
「そうか!」
「よかった……」
ガレンとエルゲが安堵の表情を浮かべた。アーガスがイヴァをこっそり小突く。
「なんで先に言わねぇんだよ」
「私達が合流したのは中庭の目の前でしょう? 言う暇なんてなかったじゃなぁい」
「2人共、お静かに。ガレン副団長の御前ですよ」
小声で言い合うアーガスとイヴァをエルゲが嗜めた。
「構わぬよエルゲ。しかし、となると異世界人はどこに……?」
「妾が連れて出た」
誰のものでもない声に身構えるエルゲ達を、ガレンが片手で制した。
「ふむ、妾だけではないな。そなたらがナヌークとか呼んでおったベアディハングも共におった」
「お久しぶりです、ユルクルクス。ビャクレン殿と呼ぶべきですかな?」
わずかな気配もさせずに現れた異形のドラゴンに、ガレンは頭を下げた。
「好きにせい。呼び名など妾にとっては些末なことじゃ。そなたらが捜しておる異世界人は妾をレンゲと呼んでおるがな」
ユルクルクスと呼ばれたドラゴン、レンゲは大きなあくびをした。
「ユルクルクスって、神話に出てくるドラゴンか?」
「ええ。魔物の筆頭として神々と戦った古のドラゴン。そして、そのドラゴンの血を引くとされる一族名です」
「でもビャクレンって言ったら、先代王の味方をして戦場を火の海にしたユルクルクスでしょう? なんでそんなのがここにいるのよぉ……?」
警戒するエルゲ達3人を見下ろして、レンゲは鼻を鳴らした。
「聞こえておるぞ小童共。妾がそんなに恐ろしいか」
「神話のユルクルクスはもちろん、神々が見守った戦争でのあなたの戦いぶりも現代まで伝わっております故、当然の反応ですよ」
「ふむ。ヒュドラの頭をまとめて切り落とした話かの?」
「ドラゴンの群れを雷魔法で打ち落とした話もです」
言葉を区切ると、ガレンは一呼吸置いて続けた。
「ビャクレン殿、異世界人の行方をご存知で?」
エルゲ達と違い、堂々と胸を張るガレンにレンゲは口角を上げた。
「ああ、知っておる」
「今何処に?」
「ナヌークが己の森へと連れていったわ」
アーガスが拳を握り締める。エルゲとイヴァが顔を見合わせた。
「帰らずの森にですか?」
「あの森をそう変えた者が招いたのだ。問題あるまい。仕向けたのは妾だがの」
くはは、とレンゲは笑った。
ガレンはしばらく考える素振りを見せた後、レンゲに向き直った。
「ビャクレン殿。異世界人の身柄を引き渡していただきたい」
「断る」
レンゲが即答した。
「あの者は〈水神の掌紋〉を使って助けを喚び、妾達が応えた。あの者は妾達が引き受ける。あれと共に在る者達もな」
「ビャクレン殿、その異世界人がシヅ殿と同じユニークスキルを所持している以上、我々は保護せねばなりませぬ。ドレイファガスや他の邪教だけでなく、あらゆる国々がその異世界人を欲します。存在が知れ渡る前にこの王都で」
「黙れ小童!」
レンゲが吠えた。大きく広げた翼から氷の粒を含んだ強風が吹き荒れ、美しい中庭の木々や花々が一瞬で凍りつく。身を屈めたイヴァをエルゲとアーガスが庇った。
「たかが人間やエルフ風情に妾達が遅れを取るとでも? そなた、このユルクルクスとベアディハング以上にあの者を守れると言うのか? 戦火の只中で剣をへし折られ呆けていたそなたが?」
牙を剥き出しにして唸るレンゲに、ガレンは唾を飲み込んだ。
「その異世界人は、クラオカミ様の加護を授かっているのですか?」
「いいや違う」
レンゲが牙を治める。中庭は凍りついたままだ。
「クラオカミ様ではないが、水神であることには違いない。シヅと同じユニークスキルを持つ以上、妾はあの者を守る」
「道を違えれば?」
「違えぬさ」
レンゲがガレンを見据えて翼を羽ばたかせる。
「昔から、あの匂いをさせる異世界人はお人好しと決まっておる」
空へと舞い上がったレンゲは、大きな魔法陣の中へ消えていった。羽ばたきにより生まれた風に吹かれた植物達から氷が砕け散る。息を吹き返した色は、凍てつく前より鮮やかだった。
「いいんですか? ガレン副団長」
ガレンに駆け寄ったエルゲが問うた。
「いいも何も、逆らえるはずがない。ユルクルクスもベアディハングも、王の味方についたと伝えられているが事実は違う」
「違う?」
「左様。あの2体はシヅ殿が、〈水神の掌紋〉の先代保有者が王の味方をしたから従っただけに過ぎん。私が生き証人だ」
ガレンはエルゲに向き直った。
「ギルドマスター達には異世界人についてなんと伝えておる?」
「はい。該当する者が担当地区に来れば、多少無理をしてでも足止めするよう指示しています」
「それはまずいな。下手をしてユルクルクス達を怒らせれば町なり村なり消し飛んでしまう。ホシミネナオとケット・シー、黒犬には手出し無用と即刻通達せよ」
「御意」
エルゲ、アーガス、イヴァが駆けていく。ガレンはレンゲが消えた空を見上げた。
「友と思うたのはこちらだけか……」
そう呟いたガレンの横顔は寂しげだった。




