余話第56話 王者の風格
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もう1話本編を挟むつもりでしたが、流れ的に余話を入れさせてもらいました。
シシュティは憤っていた。舐めるような視線に。下卑た笑い声に。
指名された魔物の討伐依頼の場所はペリアッド町から少し離れた平原で、対象はガルーダの亜種だった。
ベラータと呼ばれる魔物はガルーダよりも小柄で、ガルーダほどの魔力や戦闘能力はないものの、30羽を超える群れを作り連携を持って襲ってくるのでBランクに位置づけられている魔物である。それ故に討伐に向かう際は数組のパーティーを用意する必要があるのだが、今回集められた冒険者達は全て男だった。
(あからさま過ぎる……。ランクの高いパーティーもいるし、人を餌にして仲を深めるつもりなんだ……、依頼主め……)
シシュティは兎人という自身の立場をよく理解していた。他の種族からどのように見られているのか、受け入れればどのように扱われるのか。実際、そのような対象としてパーティーに加わっていた時期もあるし、弟に我慢させたことも多々ある。
しかし今、ニャオのもとに身を寄せ契約している以上、男達に媚びなければならない理由はない。何より、ニャオを番に選んでいるのだから、男達を受け入れる気などさらさらなかった。
(とはいえ、数が多い。あんまり近づかないようにしないと。距離を取って、背後に回られないように……)
集められたパーティーは3つで、合計14人。ベラータを狩るには平均的な人数だが、男達の目的は魔物だけではない。シシュティはこの場にいる14人と、30を超える魔物の群れ。そのどちらにも警戒しなければならず、気づかれないようにため息をついた。
「そろそろ時間だ。出発するぞ」
男達の中でもっとも大柄な男が言うと、全てのパーティーが従うように動き始めた。複数のパーティーが同じ依頼を受けた時、その中で一番ランクの高い冒険者が指揮を取るのが通例である。この男はSランクであり、シシュティと同ランクなのだが、向こうの方が経験が長いということで、シシュティは従う立場となった。
(せめてあたしが指揮を取れればよかったんだけど……)
そう思ったところで現状を変える術はない。チラチラと振り返る男達と目を合わせないように、刺激にしないように、シシュティは最後尾を歩き始めた。
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平原を進むと、数羽のベラータが襲いかかってきた。高ランクのパーティーとだけあって、簡単に討伐していく。シシュティも〈影借り〉を使い、2体の影を操って2羽を討伐した。
「見事だなぁ、兎人よ」
大柄な男が豪快に笑いながら近づいてきた。シシュティは微笑みを返すが、納めた剣の柄から手を離しはしない。
「それなりに場数は踏んでますから」
「さすがはSランクだ。どうだ? 俺達のパーティーに入らないか? お前ほどの腕の奴が1つの町にとどまってるのは実に惜しい」
「お構いなく」
粘り気を感じる言い方に、シシュティは全身が総毛立った。周りにいる男達もにやにやとこちらを眺めている。討伐は始まったばかりだというのに、シシュティは帰りたくて仕方がなかった。
「そう言うなって。せっかく同じ依頼をしてるんだから仲よくしようぜ?」
調子のよさそうな男がシシュティの肩に腕を回してきた。大柄な男に目を向けていたシシュティは、突然真横に現れた男の顔をじろりと睨みつけ、腕を払いのける。
「雇用契約しているので、ここを離れる気はありません」
男達全員が見える位置に立ったシシュティは、はっきりと言い切った。そんな彼女を男達は値踏みするような目で眺める。
「冷たいなぁ。あったけぇのは毛皮だけか?」
ケラケラと男が笑う。周りからも沸き上がるそれは、明らかな嘲笑だった。
(兎人ってだけで、なんでこんな目に遭うの……?)
鼻の奥が熱くなるのを、シシュティはぐっと堪えた。このように嘲笑われるのは初めてではない。しかしニャオ達といる間は、友として、家族として接してもらえていたから、忘れかけていたのだ。
「そうツンツンするなよ。今日明日と一緒なんだし、おつき合いしようぜ?」
肩を組んできた男が追いかけるように距離を縮めてきた。シシュティは剣の柄に添えていただけの手に力を入れる。節くれだった手を伸ばしてきた男は、ぴたりと動きを止めた。
「あ……?」
なんとも間抜けな声だった。今までの雰囲気を壊すような声色に、シシュティも怪訝な顔をする。
他の男達の顔は強張っていた。皆一様にシシュティの背後を、斜め上を見上げて硬直している。
「グルルルルルルルゥゥゥ……」
唸り声がした。鳥類であるベラータのものではない。もっと大きな、凶暴な魔物だ。
真後ろから聞こえてきた唸り声に、シシュティは聞き覚えがあった。パッと振り返って見えたのは、太く逞しい前脚と艷やかな毛並み。見上げれば、金色のたてがみときらりと光るサファイアがあった。
「グルミャウ」
「ノヅキ?!」
見知ったどころではない、赤ん坊の頃から面倒を見ているネメアン・ライオンに、シシュティは跳ぶように抱きついた。
「あなた、いつ戻ってきたの? コウメさんのところに遊びに行ってたんじゃなかったの?」
「ゴロゴロゴロゴロ……」
「アースじゃないからわかんないわよ~」
喉を鳴らして頬擦りしてくるノヅキに、シシュティは心の底から安堵した。
ノヅキは10日ほど前から、自分を育てる為に母乳を与えてくれた金色の猪のもとへ出かけていたのだ。一月ほどはそちらにいたいと言っている、とアースレイが訳したので、今回の騒動については伝えていなかったのである。
何も知らないはずのノヅキが傍にいる。しかもその姿に幼さは欠片も残っていない。
生えかけだったたてがみは見事に生え揃い、王者の風格を漂わせている。首にかけていた神宝石のサファイアは、後から採りに行ったもう1粒と一緒に左右の耳につけられていた。豊かなたてがみに埋もれて見えなくなってしまったから、魔力を感じてくっつく特別な魔石で磁石のように挟んでいるのだ。
「な、なあ嬢ちゃん、そいつは……」
大柄な男がわずかに震える手でノヅキを指差した。他の男達は身動ぎ1つしない。できないのだ。
「私の家族です。怪我をさせたら私はもちろん、〈水神の掌紋〉保有者も黙ってませんから。神宝石をつけた魔物は私達の身内だって、王都のギルドから全ての冒険者に通達されてるはずですけど?」
「この仔だけじゃにゃくて、ドラゴン達もですよ? ちゃんと覚えててくださいね?」
え? とシシュティが顔を上げれば、ノヅキのたてがみに埋もれるようにニャルクがいた。
「ニャルクさんまで?! 依頼はどうしたの?」
「それが、用が済んだということで依頼主が依頼を取り下げちゃったんです。時間ができたのでこっちに向かっていたら、ノヅキと合流したんですよ」
ニャルクの話は嘘である。
先日ニャルクがいい依頼を探しにギルドを訪れた際、斧のギルマスに呼ばれてシシュティを指名した依頼主について相談をされたのだ。
この依頼主、自身の交流を広めたいが為に他人を利用した過去があるらしく、シシュティの種族も考えると充分に気をつけた方がいいと言われたニャルクは、依頼を受けたふりをして森に残り、ニャオ達を見送ったのだ。そして依頼に行くと言って森を出た足でノヅキを迎えに行き、事情を身振り手振りで事情を説明して駆けつけたのである。もちろん、コウメとチビコウメ達へのお土産である林檎を渡すのを忘れずに。
ちなみに、他にこの件を知っているのはイニャトとククシナだけである。ニャオ達に伝えてダンジョン行きが遅れるようなことになれば、体調を崩しているフクマルが苦しむ時間が長くなる。それを避けるために、ニャルクは教える人数を最小限に抑えたのだ。
(僕だけでは舐められますからねぇ。獅子の威を貸してもらいますよ、ノヅキ)
先ほどまでの強張った表情から、安心し切った笑顔に変わったシシュティを見下ろしながら、ニャルクは軽くノヅキのたてがみを掴んだ。
(ノヅキのことを気にしてましたけど、あにゃたが傷められたとしても僕達は許しませんからね)
よいしょとノヅキに登ってくるシシュティに笑いつつ、ニャルクはじろりと男達を睨みつける。
遠くから魔物の声が聞こえてきた。ベラータの群れが、仲間の断末魔を聞きつけてやって来たのだ。
「ニャルクさん、ノヅキ、行こう!」
「はいはい」
「グルアアアーーーーヴヴ」
未だに動くことができずにいる男達を放置して、咆哮を上げたノヅキが走り出す。向かってきているベラータ数は多いが、シシュティ達が苦戦する数ではない。
炎をまとい戦うノヅキの姿は、男達に恐怖心を与え、歯向かう意欲を削ぐには充分だった。




