余話第53話 雷と氷
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昨日の夜の内に14日分の話を更新しました。未読の方はそちらからお願いします。
森は焦土と化していた。動物や弱い魔物が姿を消し、強者の魔力に惹かれて近づいてきた中級、上級の魔物達の亡骸がそこここに転がっている。
立っている影は2つ。レンゲとゾォガだ。レンゲの背後には倒れた白いドラゴンと、力なく横たわる番に鼻を寄せ、クルクルと鳴くミカゲがいる。
「もうやめよ、ゾォガ。この番達に罪はなかろう」
「罪の有り無しなど関係あるものか?!」
諭すように言うレンゲにゾォガが吼える。その瞳には激しい横揺れが怒りが宿っていて、姉の言葉を聞き入れない。
「ようやくお前に合う雄を見つけたというのに、どこぞのトカゲとも知れん雌と番っていては意味がないではないか! 雌が死ねば番関係が解消されたものを邪魔をしよってからに!! 己れの理想の通りにならぬ屑など殺してくれるわ!!」
「愚か者が……」
レンゲは呟き、沈痛な面持ちで瞼を閉じた。
目の前にいるのが血をわけた弟であることは確かだが、最早そこにかつての面影はなかった。自身の後ろを雛鳥のようについてきた幼さも、初めて狩った獲物を得意気に見せに来たあどけなさも、ただの記憶に変わり果ててしまったことが、レンゲは悲しかった。
「もうやめよ。これ以上こやつらを傷つけたところで何も変わらん。妾はそなたらのもとへは帰らぬし、ユルクルクスが再びこの世界で王者となることを望みもせぬ。滅びの時が来たのじゃよ、ゾォガ」
「そのような時など来るわけがない!!」
どれほどレンゲがなだめようとしても、ゾォガには届かなかった。
「ユルクルクスが滅びることなどあってはならぬ! なぜわからないんだ! 己れ達が受け継いできた血はこれからも継がれていかねばならんのだ!」
「ならばそなたも番えばよかろう。ユルクルクスに近い雌も今まで生まれておろうに」
「それでは意味がない! ユルクルクスの本来の力は雌から雌にしか受け継がれん! お前が雌を生まねば、ユルクルクスの力そのものが途絶えてしまう!」
大気を震わせるほどのゾォガの怒りに、ミカゲが身震いして番に覆いかぶさる。白いドラゴンは頭をもたげてドラゴンブレスを放とうとしたが叶わず、大量の血を吐いた。
「その力とやらにどれほどの価値があるというのか……」
何度目になるかわからないため息をついて、レンゲは唸った。
ユルクルクスの雌のみが受け継いできた力とは、レンゲの持つユニークスキル、〈空間生成〉である。神話の中で伝えられている古のドラゴン、ユルクルクスはそのユニークスキルを使い、何柱もの神々を屠ってきたとされている。神すら逃れられない空間をつくり出せるユルクルクスは、雌だけなのだ。
「ゾォガ。これが最後の忠告じゃ」
レンゲがゾォガの隣に魔法陣を描き上げる。
「去れ。二度と妾達の前に姿を現すな。頷かぬのであれば、妾はそなたを倒さねばならぬ」
ゾォガは動かない。レンゲから、目を逸らしもしない。レンゲはこのままゾォガが立ち去ることを望んだが、そうはいかなかった。
ゾォガが尾を揺らし、地面を踏み締める。大地が震え、亀裂が走った。
(それ以上は無理でしょう、レンゲ)
念話で話しかけられる。フクマルだった。
(彼の意志を変えることは困難です。それに、このまま放置すれば次の被害者が出るでしょう)
(被害者だと?)
魔力を渦巻かせるゾォガを注視したまま、レンゲが念話で返す。
(セキレイ達ですよ。正確には女の仔達。あの仔達が大人になって、もしもユルクルクスに近い血を宿していたとしたら、言うことを聞かないあなたを諦めてミオリ達を番にしようとするかもしれません)
(……否定できんな)
ギリリ、とレンゲが歯軋りをする。
(若い芽を摘ませるわけにはいかん)
(大人として当然です)
ふう、と小さく息を吐いて、レンゲは覚悟を決めた。
「お前も、貴様らも、この己れを馬鹿にしよってからにっ……。思い知らせてくれるわ!!」
咆哮を上げて、ゾォガが羽ばたき迫ってきた。巻き上がった土埃が視界を悪くする。ミカゲ達から離れるように駆けたレンゲが、牙を剥き出しにしてゾォガの首を狙った。
するりと避けたゾォガはレンゲの背後に回り、翼のつけ根に喰いつこうとしたが、振られた尾に胴を打たれて地に落ちた。
「もう弟とは思わぬ」
「きょうだいの縁は切れんぞ!」
立ち上がったゾォガがドラゴンブレスを放つ。レンゲも同じようにドラゴンブレスを繰り出せば、衝突部分から火花が散った。
力は拮抗している。どちらも譲らないまま、魔力のぶつかり合いで爆発が起こり、ユルクルクス達はそれぞれ空へと飛んだ。
星々が瞬く夜空を、2つの白が横切っていく。ゾォガが吐き出す火球を避けたレンゲが長い尾を振れば、鱗を伝って飛んでいった1滴の雫がそれを掻き消した。
もうもうと、白い煙が立ち込める。進むのをやめたレンゲが滞空し、煙の向こうに目を凝らすと、大回りしてきたゾォガがレンゲの首に喰いつこうと牙を剥いた。
「レンゲ姉さん!」
下から見守っていたミカゲが叫ぶ。レンゲからすればゾォガの動きは予測できたもので、避けることなど容易かった。しかし避けなかった。
遠くから近づいてくる気配にレンゲは一瞬気を取られた。本当に一瞬だったのだが、瞬きの間にこの場に到達した。
それは雷だった。白い雷がゾォガを貫き、消える。射貫かれたゾォガは飛び続けることができず、激しい音を立てて地面に落ちた。
「……キヨか?」
白雷から感じ取った知った気配に、レンゲが目を丸くする。雷魔法とも違う、まるで自然そのものの雷による攻撃に、ミカゲとその番もぽかんとした。
落ちたゾォガを追って、レンゲも地に下りる。全身が痺れているのか、ゾォガはレンゲを睨みつけはするものの、身動きできずにいた。
「よもやあのような幼仔に落とされるとはな」
レンゲは、キヨの成長が喜ばしいような、ゾォガの不様が切ないような、なんとも言えない気持ちになった。
立ち上がることすらできないゾォガを見下ろしたレンゲが、震えるゾォガの首に喰いついた。牙が喰い込み、強靭なはずの鱗が砕かれ、血が滴り落ちる。
普段味わうことのない激痛に、ゾォガはうめきながら身をよじる。それでもレンゲは離さなかった。ゾォガの内部に届いている牙から魔力を注ぎ込む。体が急速に冷えていく感覚に、ゾォガは危機感を覚えた。
逃げられないように、レンゲが前足でゾォガを押さえ込む。牙がさらに深く刺さり、ゾォガは意識が遠退いていく。
「代替わりの時じゃ」
ゾォガを解放して、レンゲが言い切った。ゾォガは動かない。
さしものユルクルクスも、同族の氷魔法による内臓の氷結には敵わなかった。




