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余話第47話 名前

ご閲覧、評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。


次は本編の予定です。

「そうかっかするものではないよ」


 レンゲの前脚に隠れていた人物が姿を見せた。マサオミだ。


「身を引くべきだ。君達が束になってかかったとしてもユルクルクスには勝てない。彼らの長として、撤退を指示しなさい。アンドリオ・ドリガロン」


 今のマサオミにいつもの笑顔はない。ただまっすぐドリガロンを見据えて返事を待っている。突然現れたエルフにドリガロンは憤慨し声を荒げかけるが、しかし有無を言わせぬ雰囲気に口を噤むしかなかった。


「見よマサオミ。セキレイ達が宙返りして喜んでおる。ラドンを倒す手伝いができたのがよほど嬉しかったんじゃろうなぁ」


 ロスネル帝国の人間への興味を早々に失くしたレンゲは四景のララカに目をやっている。朝日が照らし始めた空に浮かぶ大小のドラゴン達に、満足そうに頷いた。


「そうだねぇ。彼らにとって、今回の狩りはいい経験になったことだろう。手伝いと言えば、ニャルク君達はいいのかい? 日も昇ったことだし、そろそろ起き出して収穫の準備を始める時間じゃないのかな?」

「この数日妾が手伝っておるからのう。毎日のように生る端から収穫し尽くしておる故、あやつらが目標としておった数に近い果実を既に収穫し終えてしもうたんじゃよ」

「そんなに手際がいいのなら普段から手伝ったらどうだい?」

「怠惰は覚えれば手放しにくい。妾が手伝うのはいざという時だけよ」

「彼らなら大丈夫だと思うけどねぇ」

「……まあ実際、加工の方も手伝おうかと言ってみれば、イニャトからはっきり断られた。これ以上楽をすれば次が辛くなる、力は充分借りたから休んでくれ、とな」

「ほらやっぱり」


 ふふふ、とマサオミが笑顔を取り戻した。フンッ、とレンゲが鼻を鳴らしてそっぽを向く。そんな2人から隠れるように動いたドリガロンが、一番近くにいた隊員に耳打ちをする。


「次の召喚術を使えっ。なんの魔物を待機させている?」

「魔術師はラドンを召喚する為にほとんどの魔力を使ってしまいました。待機させている魔物もラドンには遠く及びません。ユルクルクスにはとても太刀打ちできませんよ」


 冷や汗をかきながら答える隊員に、ドリガロンは血が滲むほどに拳を握り締めた。


「この役立たずめがっ、なんでもいいから喚べっ!」

「まだわからぬか小僧」


 額を突き合わせているドリガロンと隊員に、ぬう、とレンゲが頭を近づけた。


「何を召喚しようとも無意味。妾が潰す。それどころか、ここで騒げばベアディハングやドラゴン、ネメアン・ライオンはおろか、精霊や異世界の神の加護を授かった者達まで駆けつけるであろうなぁ」

「ベアディハングや精霊達はこちらに気づいているよ。妙な動きをすれば正当な反撃ができるようになるからね。君達に勝ち目はない。何度も同じことを言わせないでもらえるかな?」


 笑顔を消したマサオミが、再びドリガロンを見据えた。同じこととは、撤退の指示である。皆まで言われずとも察したドリガロンは、顔を真っ赤に染め上げてマサオミを睨みつけた。


「どこから湧いたかもわからぬ輩の分際で私に指図するなぁ!! 我々は任務を遂行せねばならん!! 〈水神の掌紋〉保有者を帝国に連れ帰らねばならんのだ!! エルフごときが邪魔をするなぁ!!」


 ドリガロンが吠えた。

 ロスネル帝国にとって、異世界人の召喚は自国の力を世界に知らしめる為の方法だった。禁止された召喚術を使い、特別なスキルを持った人間を召喚し、使役する。そうすることで、敗戦国という不名誉を消し去ろうとしたのだ。

 ロスネル帝国ではなく、アシュラン王国に忍ばせてあったドレイファガスの教会で召喚術を行ったのは、帝国に勝利した王の領土で禁術が行われたという事実を残したかったからだ。

 何度も挑戦し、ようやっと成功した異世界召喚の儀で喚んだ3人の異世界人は、結果的にアシュラン王国にとどまることになり、帝国の目論みは失敗に終わった。異世界召喚の儀がばれた理由、教会に張っていた結界がやぶられた理由は、異世界人の中で唯一神の加護を授かっていたニャオに在る。

 水神ミクマリノカミによりステータスを隠されていたニャオは、司教であったフレドリオの指示により、猫獣人に教会の外へと文字通り放り出された。その時はまだ掌紋が浮かび上がってはいなかったものの、ユニークスキルとしては既に所持していた状態だった上に、放られた際に地面についた掌を転がっていた石で切って血をわずかに垂らしたことで、幾重にも張られていた結界を破壊したのだ。

 もちろんニャオが意識して破壊したのではない。自身の祠を守る一族の人間を拐われたミクマリノカミが、掌紋を通して破壊したのだ。〈水神の掌紋〉が掌に浮かんでいなかったのも、ニャオが不届き者の目が届かない場所に移動するまでミクマリノカミが隠していたからだ。

 荒い鼻息を繰り返すドリガロンに、マサオミが呆れたようにため息をつく。


「君は身の程を知るべきだよ。隊長という立場上鍛えてはいるのだろうが、君は負ける。ユルクルクスにも、私にも」


 子どもに言い聞かせるような、穏やかなマサオミの言葉に激昂したドリガロンが、隣にいた隊員の剣を抜き取った。地面をえぐるように駆け、剣を振りかざす。マサオミの足元から突き出た植物の根が、ドリガロンを宙に縛り上げた。


「人間でもエルフでも、愚か者ほど始末に困る者はないね」


 片腕を上げたまま縛られ、もがき逃げようとするドリガロンにマサオミが歩み寄る。


「100年も生きられない人間がエルフに勝つには才能と、高い魔力が必要だ。残念ながら君にはその両方がない。どちらも私に劣る。それを理解できないほどに頭も悪く、危機を察知することもできない。君が私に勝っているのは傲慢さぐらいだよ」


 マサオミはドリガロンの真正面に立った。


「帝国に帰り、現皇帝に伝えるんだ」


 植物の根を操り、マサオミはドリガロンを跪かせた。顔だけを自身に向けさせる。


「私の国で、これ以上の悪事は赦さない。もし次に貴様らの悪しき話を耳にした時は、再び戦場で会うことになるだろう、とね」


 刺すように、射貫くようにマサオミの目が光る。目の前にいるエルフが誰なのか悟れないまま、ドリガロンはレンゲの魔法陣に呑まれて消えた。


「死んではおらなんだな。アシュラン・ガルジエラ・ロン・ヴィラレアード」

「……アシュランの名は息子に譲ったよ」

「その他も一向に名乗らんから、先代国王は死んでただのエルフになったのかと思っておったぞ?」


 ロスネル帝国の人間はとうに姿を消している。全員がレンゲの魔法陣で国へ帰されたのだ。


「死んではいないよ。アシュランではなくなっただけだ。今の私はマサオミさ」


 植物の根を地面に戻しながらマサオミが笑う。違いない、とレンゲも笑った。

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