第25話 どちら様?
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「あ゛ーーーーー、だった……」
「にゃんじゃあ? だったとは……」
「疲れたって意味です……」
「そうかぁ……。だったのう……」
「だったです……」
「ばふぅ……」
お風呂に入れられた猫よろしくパニックになったニャルクさんとイニャトさんを、バウジオと頑張って近くの小島まで引き上げて数分。仰向けに倒れたまま、息を整えるのに必死だ。周りの確認もできやしない。
「いきなり水なんて、卑怯でしょう……。ほんとに赤ちゃんなんですか、このダンジョン……?」
「通常水辺が多い階でもまずは陸地から始まります。もしかしたらボス部屋かもしれませんね」
のそりと立ち上がったニャルクさんがブルブルして水を弾く。こっちにかかってるんだけど。
「何はともあれ、陸地があってよかった。にゃかったら溺れ死ぬとこじゃ」
「ばっふ」
イニャトさんとバウジオもブルブルする。できない私だけずぶ濡れのままだ。
「ここ以外陸は見えませんね。だとしたら魔物は水の中でしょうか」
「儂らは水魔法が使えんからのう。どうしたもんか」
今いる場所は砂浜で、中心の方はしっかりした地面になっていてヤシみたいな木が1本生えている。パッと見南国だけど、バカンス気分にはなれないな。
「……え? あれって……?」
ヤシっぽい木の近くに誰かいる。男の人だ。こっちを見てニコニコしてるんだけど。
「にゃんと、先客がおったか」
イニャトさんが男の人に気づいて近づいていく。ニャルクさんは体に残った水を拭いていて、バウジオは自分の番をお座りしながら待っている。とりあえず、イニャトさんについていった。
「お前さん、いつからここにおるんじゃ? 怪我はにゃいかの?」
返事が返ってこない。ニコニコ笑ってるだけだ
……嫌な感じがする。グスターブに襲われた時みたいな、首筋を毛虫が這うような感覚。
男の人がイニャトさんに向かって前屈みになる。イニャトさんの毛を鷲掴んで引っ張れば、剥き出しになった鋭い歯が小さな頭があった場所を噛んでいた。
「ぬおぉぉぉぉっ?!」
「ニャルクさん! バウジオ!」
イニャトさんを抱えて急いで元いた場所に駆け戻る。布を放り捨てたニャルクさんとバウジオが駆けつけてくれた。
「ヴーーーッ、バウバウッ!」
「にゃんですかあれ?!」
ニャルクさんが知らないなら私なんか余計にわからないよ。
さっきまで普通の男の人だったのに、頭がウナギみたいな魚に変わってる。さながら服着たウナギの魚人だ。
「ギィィィィィィィィ……」
なんとも言いがたい鳴き声だな。なんか、肌がぬるぬるし始めたし。気持ち悪。
「どうします? あれ」
「正体がわからん以上、にゃんともしがたいのう」
「そんにゃことより、上見てください! 空!」
ニャルクさんに言われて見上げれば、ついさっきまで快晴だったのに黒い雲が垂れ込み始めていた。なんかゴロゴロ鳴ってるし。
「ギギギィィィィィィィィッ!!」
ウナギ男が鳴けば、その声に反応するみたいに雲が光り出す。抱えたままだったイニャトさんが目を丸くした。
「こやつ、雷魔法が使えるんか?!」
「まずい、みんにゃ散って!!」
ニャルクさんとバウジオが別方向に逃げるから、私も違う方に逃げる。イニャトさんを下ろす余裕はない。
バリバリバリィィィィィッ!
雷が落ちた衝撃で体がはね飛ばされて、砂浜で波打つ水に落ちてしまった。イニャトさんも道連れだ。
「うにゃにゃっ?! また水じゃ!?」
「後で拭きますから!」
「イニャト! ニャオさん! 危にゃい!!」
水から逃げようと暴れるイニャトさんを抱え直そうと必死になったせいで、ウナギ男がすぐ近くまで来ていたことに気づけなかった。
「ギギギギィィィィッ!」
見下ろしてくるウナギ男の頭上の雲がまた光り始めた。
「イニャトさんごめん!!」
「ぅにゃっ! ニャオ!?」
抱えていたイニャトさんを思い切り放り投げる。うまく着地してくれるか不安だったけど、バウジオが口で受け止めてくれた。
ウナギ男はイニャトさんをちらっと見ただけでこっちに向き直る。ニャルクさんが土魔法で土塊を投げつけてくれたけど、雷に打ち落とされてしまった。
これってほんとにやばくない?
後ろに逃げても水が深くなるだけだから逃げ場なんかないし、足をとられてまともに走れやしない。というか、雷を落とされたらお終いだ。
このまま死んだらどうなる? ダンジョンの餌? それとも数階上のフーアみたいに腐った体でダンジョンの餌を捕まえ続ける?
どっちも嫌だわ! 誰でもいいから助けて?!
半ば投げ槍にそんなことを心で叫べば掌が熱くなった。水に浸かっているのに、だ。
水から両手を上げて見てみると、掌に魔法陣が浮かんで光ってる。何これ?
ウナギ男が怯んで後退ると、私を中心に大きな魔法陣が水面に浮かび上がった。
「やれやれ、何事かと思えば」
「トゥナ・ロアですか。哀れな姿になったものですね」
聞き覚えのない声に振り返れば、西洋のドラゴンと東洋の龍をかけ合わせたような見た目の魔物と、ホッキョクグマが小さく見えるサイズの熊がいた。
「妾達を喚んだのはそなたじゃな?」
魔物の方がそう言った。え? 私? 喚んだって何?
「いや、あの~、覚えが全くないんですけど?」
「ああ、こんななりですけど怖がらないでください。わたくしは魔物と林檎しか食べませんので」
「妾とてそなたのような小さき者など食わぬわ。腹の足しにもならん」
え、大きけりゃ食われてたってこと?
「喚んだ理由はあの魔物ですか。まあ、魔法が使えないあなたには難ありな相手ですね」
「え? わかるんですか?」
「当然じゃ。そなたからは赤子ほどの魔力しか感じぬからの」
魔物がふすんと鼻を鳴らした。
「ギィィィィィィィィッ!!」
逃げ腰だったウナギ男が魔物と熊を威嚇するけど、どう見たって勝ち目なくない? 逃げた方がいいよあんた。
「わたくしがやりましょう。いいですか?」
「好きにせい」
熊が1歩前に出ると、魔物がそっぽを向く。また雷が鳴り始めた。
空から雷が落ちる前に、熊の毛並みが逆立ってバリバリと音を立てる。次の瞬間、ウナギ男は熊が放った雷魔法で黒焦げになっていた。
「申し訳ございません。遅かったもので」
威力の差が半端ないよ……。
龍みたいな毛と角が生えたドラゴンを想像してください。




