第230話 夜の魔物
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アシュラン王国と四景のララカの境目まで走ると、サスニエル隊の見張りがいた。約半分が四景のララカに目を凝らしてて、残りの半分が私達に気づいて向こうを指差す。クァーディーニアさん、黄菜達を追いかけただけで説明しなかったんだね。
〖私達はドラゴンを追う為に境を跨ぐわ。あなた達、魔物が王国に入らないように引き続き見張りなさい。すぐにフクマルが合流するから〗
すれ違いざまにククシナさんが言えば、隊員達が揃って頷く。前に会ったことがある人達ばっかりだから話が早くて助かった。ククシナさんは初対面だけど。
四景のララカは当然だけど真っ暗で、でもわずかな星明かりに照らされてた。これ人間のままだったらほとんど見えなかったな。
〖ニャオ、あっちよ〗
ククシナさんが先導してくれる方に足を向ける。砂に足を取られないように走りながら周囲の気配を探れば、地中にたくさんの何かがいることに気づいた。
「ククシナさん、地面の中に何かいます!」
〖わかってる。でもすぐには出てこないわ。今はシキ達に追いつくことだけを考えて。気が逸れると痛い目を見るわよ〗
「はい!」
全くです、はい。
なるべく何も潜んでないところを選んで走ってると、砂漠にぽつんと明かりが見えた。探って見えた気配は3つ。紫輝達だ。
「あそこです!」
〖急ぎましょう〗
落ち着いて見えるけど、ククシナさんの声色が少し急いてる。よくない状況なんだね。
スピードを上げて、明かりがある方に急ぐ。転がってる岩を回り込むと、顔をつき合わせてる紫輝と黄菜がいた。
「あ、ニャオだ」
「ニャオも来たのか?」
「……こんな夜中になんしよるんな?」
どうしたの? とでも言うように首を傾げる紫輝達に、仔どもだけで来たら駄目とか、勝手に出歩いたらいけんとか、言いたかったことが全部すっ飛んだ。
「あのねあのね、シキがここら辺に変なのがいるって言うから見に来たの。でも何もいないんだよ? せっかく起きたのに」
「絶対いたんだってば! いなくなったんだって!」
〖はいはい、こんな砂漠のど真ん中で喧嘩しないの。クァーディーニア、何かいる?〗
あ、岩の上にいた。小さくて気づかなかったけど、光源はクァーディーニアさんだったのね? ザ・妖精って感じの翅が光ってらっしゃる。いつもは光ってないのに、もしかして私達への目印になってくれてたの? ありがたやありがたや。
〖シキの言う通り、何かがいたんだ。でももういない。なんの痕跡も残さずに消えたんだ〗
〖精霊であるあなたでも追えないの?〗
〖そういうモノがいたことにすら気づけてない君に言われたくないね〗
クァーディーニアさんの返しに、ククシナさんがムッと口を尖らせた。そっちも喧嘩しないでよ?
「いなくなった奴は、地面にいる奴らよりも厄介ってことですよね?」
〖そうだね。僕達でも正体を探れない以上、長居はしない方がいい。シキもキイナも、早く帰ろう〗
「えー、捕まえてみんなに見せようと思ったのにー……」
あらあら、今度はこっちがむくれてしまった。
「紫輝や、美影ママも心配しとったし、福丸おじさんなんかお前達の為にガレンさんまで起こしに行っとるんぞ? こんな夜中に叩き起こすなんて可哀相やろ?」
「ガレンまで起こしに行ったのか?」
「さんをつけなさいさんを。ともかく、一旦みんなのところに帰ろうや。変な奴探しはまた」
明日、と言おうとしたら、ククシナさんに口を塞がれた。
〖シー……。静かに〗
〖みんな、岩に背をくっつけるんだ。早く〗
ククシナさんに岩まで引きずられて、黄菜と紫輝もぴったりくっついてくる。また気配を探ってみたら、地面の中で大人しくしてた何かが蠢いてるのがわかった。
「気づかれました?」
〖そうよ。声を出さないで〗
私を岩に押しつけたククシナさんがふわりと空に浮かんだ。クァーディーニアさんの翅が光るのをやめる。星明かりだけになった砂漠のあちこちが、ぼこ、ぼこ、と盛り上がった。
暗がりに現れたのは、無数の手、手、手。腐った手、骨が剥き出しの手、指が欠けた手と様々だけど、その正体にはすぐに気づけた。
「グール……」
「うわあ、気持ち悪い……」
「何食ったらああなるんだ?」
紫輝よ、そうじゃない。
〖グールだけじゃないわ。スケルトン、ゾンビ、ドラウグル、タナカ、それにレヴァナントもいるわ〗
うわ、タナカの場違い感半端ないな。なぜそれを通称にしたのかと先人に小一時間問うてみたいわ。
〖囲まれたね。どうしようか?〗
「“バンパイアシーフの短剣”持ってきてるんで、矢で射って動きを止めましょうか?」
〖それは可能だろうけど、相手の数が多過ぎる。四景のララカ全域に出てきてるんだよ? いくら射ってもきりがないよ〗
そっか。
「僕がニャオを背中に乗せるよ。そして飛んで帰ればいい」
「あたしも乗せられるよ!」
〖その手もあるけど、飛べばグール達がついてくるわ。そうなれば騎士団の方に魔物が押し寄せてしまう。聖なる刻印のない武器じゃアンデッドは倒せないから、あの人間達が戦えるかどうか……〗
聖なる刻印……。異世界物の小説でよく見るアンデッド対策のマジックアイテムだよな。確かに騎士団やサスニエル隊のみんなが武器にそれを押してるかなんて私は知らない。なのにこんな奴らを引き連れて帰るわけにはいかないよ。
「黄菜、紫輝、空を飛ぶのは駄目やわ。みんなが危なくなってしまうけな」
「じゃあどうするの?」
「そうやなぁ……」
どうするのと言われても、答えの出しようがないな。
ククシナさんも漣華さんと同じように魔法陣での移動ができるみたいだけど、それを言わないってことは何か不都合があるのかもしれない。だとしたらどうすべきか。どうやったらアンデッドに気づかれずに王国に帰れるか……。うーん……。
「ねえねえニャオ」
「ん? どした?」
黄菜がおでこを肩にぶつけてきた。
「何か聞こえるよ?」
「何かって?」
黄菜に言われて耳を澄ましてみる。紫輝も精霊達も息を潜めた。……確かに聞こえる。でもこれ、言葉じゃないよな?
岩から顔を覗かせて、自分達が走ってきた方角を見れば、かなり明るかった。まだ夜明けじゃない。でも煌々と明るい。なんぞあれ?
「あの光、こっちに来てないか?」
〖来てるね、確実に〗
〖……凄く聞き覚えのある声なんだけど〗
奇遇ですねククシナさん、私もです。
アンデッド達の雄叫びやら慟哭やらに混じって咆哮が聞こえてくる。それとグシャリとかバキッとか不快な音も。音源はアンデッドなんだろうなぁ。
明かりが断末魔を引きずりながらどんどん近づいてくる。もう見える。引きずってるのが誰なのか、もうわかった。
「グルアァァアアアーーーヴヴヴゥゥゥゥ!!」
一際大きな咆哮を上げて、たてがみを真っ赤に燃やした芒月が目の前に現れた。足には踏み潰されたアンデッド達の肉片やら体液やら骨やらがくっついてる。洗わにゃならん。
芒月を見たアンデッド達が逃げようとするけど、そいつらが地面に潜るよりも早く芒月が駆けた。踏みつけられて首が折れる奴、大きな前足に腹を裂かれて腐った内臓をぶちまける奴、黒焦げになって息絶える奴と、容赦の欠片もないな。……息絶える奴?
「ククシナさんクァーディーニアさん、なんか芒月に焼かれたアンデッド死んでません?」
〖死んでるわね〗
〖死んでるね〗
「なんで? 聖なる刻印なんて持ってましたっけ?」
いや、持ってない。アンデッドを仕留める術なんて絶対持ってない。なのになんで?
〖……たぶんだけど〗
アンデッド相手に無双する芒月をじいっと見つめてたククシナさんが言った。
〖アンデッドを倒せるのはあの仔自身の力だと思う〗
「芒月の?」
〖詳しくはわからない。だけどあの仔は確実にアンデッドを仕留められるのよ。今は頼るしかないわ〗
ククシナさんのセリフに、クァーディーニアさんがうんうんと頷く。芒月あんた、どこでなんの修行してたのさ?
その後、牙を剥き出して唸り声を上げながら走り回る芒月の火に焼かれたアンデッド達がそこここで燃え上がったせいで、真っ昼間みたいに明るくなってしまった。もし四景のララカが秋の装いの密林状態だったらどれだけ燃え広がってたかわからないな。砂漠でよかった。本当によかった。




