余話第44話 副団長の依頼
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急遽余話の更新となりました。次は本編を予定しております。
昨日の内に、小説情報の部分に結末まで書いたあらすじを追加しました。ネタバレ現金の方は↓↓↓以降は読まないようお願いします。
アシュラン王国と隣国との間には、どちらの国にも属さない帯状の土地、四景のララカがある。
神話として語られている時代に、空を飛ぶ神を追いかけて地を駆けた精霊達の足跡が残る土地とされており、この一帯だけは季節通りに景色が巡らない。
春の訪れと共に芽吹いた植物はそれが去ると同時に枯れ、夏の間は砂漠と化し、秋になれば1000年生きたかと見まごうほどの立派な木々が伸び、冬には全てが凍てつくものの4ヶ月後には砕け散り、一帯全土を潤し春を喚ぶ。そのような神聖で未知な土地故に、国が、人間が所有するわけにはいかないと、昔から語り継がれているのだ。
王国を守る騎士団には協力者と呼ばれる者達がいる。協力者は騎士団に所属こそしていないものの、有事の際は知恵を貸すことも、場合によっては共に前線で戦うこともあり、謂わば無名の部隊のようなものだ。
王都にいたガレンのもとに、四景のララカの異変を知らせたのはその内の1人だ。夏が始まり、砂漠へと表情を変えるはずの四景のララカに未だ花が咲き誇っている、との報告を受け、ガレンはサスニエル隊に現地に赴くよう指示を出した。
サスニエル隊隊長であるヴァルグからの報告には、春と変わらない景色だが、彼の国に多く棲息している魔物が多数蠢いている姿が確認できた上に、通行する商人や冒険者を度々襲っている、と書かれており、ガレンは頭を抱えた。
彼の国、ロスネル帝国から嫌な風が吹いている、と、ガレンは感じざるを得なかった。
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「騎士団には優秀な者が多く集まっている。しかし此度のこと、我々だけでは解決の仕様がない。加護を持つ者の力を借りたいのだ」
ペリアッド町の斧のギルマスの部屋で、ソファーに深々と座ったガレンが言った。
「ですが、ニャオに加護を与えているのは異世界の水神様です。こちらの世界の土地を元に戻せるでしょうか?」
ガレンの隣に腰かけたデリオドの問いに、副団長は首を横に振る。
「頼みたいのは土地の浄化ではなく、四景のララカに入り込んだ魔物の討伐だ。おそらく、彼の国から来た魔物のどれかがあの土地の時を止めてしまっているのだろう。前例のないこと故、この状況が続けばどうなるのか見当もつかん」
「しかし、討伐だけならば騎士団やサスニエル隊の方々でもこなせるのでは? まあ、ニャオはそこいらの冒険者よりも遥かに力をつけてはいますが……」
デリオドは訝しんだ。ガルネ騎士団といえば精鋭の集まりであり、そこに属するエルドレッド隊やサスニエル隊もまた優秀な顔触ればかりなのに、なぜ一般の商人であるニャオに助力を求めるのか、と。
確かに、ニャオを商人にしておくのは惜し過ぎる、とデリオドは常々思っていた。保有する魔力量こそ赤子程度ではあるものの、水神の加護に〈水神の掌紋〉を併せ持ち、“バンパイアシーフの短剣”に所有者として選ばれ、ユルクルクスとベアディハング、精霊ククシナを傍に置き、さらにはドラゴンを8体と異世界の水神の力で姿を変えた神の繭も従えている上に、底知れない何かを感じさせるケット・シーの兄弟と〈七聲〉を持つ魔犬、Sランク間近の兎人姉弟、喋るバジリスクと仲がいいという立場にありながら、なぜ果実を売っているのか。ギルドに来るニャオの姿を見る度に、デリオドは首を傾げてばかりいた。
「異世界とはいえ、水神様は水神様だ。神の気が濃く残る場所に赴くには適任だと思ったのだよ」
「……ガルネ騎士団の副団長がわざわざ出向くほどでしょうか? ニャオと仲がいいエルドレッド隊のどなたかを寄越せばよかったのでは?」
それこそ、“伝書箱”を使って四景のララカへ呼ぶことも可能だったはずだ。多忙である副団長自らが動く理由がデリオドには見えなかった。
「それはだね……」
「私だろう?」
ノックもなしに、エルフが1人入室してきた。マサオミだ。
「久しぶりだね、ガレン。だいぶ老けたな」
「……約300年ぶりですからね。さすがの私も白髪が増えますよ」
ふふふ、と笑いながら、マサオミはガレン達が座るソファーの背後に回った。
「君は私がニャオ君達の世話になっていると知っていた。だからここに来たんだろう? 私に会いに」
「会うべきか会わざるべきか悩みましたよ。結局前者を選びましたが」
「そうかい」
目尻にしわを刻みながら、満足そうにマサオミは頷いた。
「マサオミさん、副団長とお知り合いだったんですね?」
目を丸くするデリオドに、マサオミは眉尻をカリカリと掻いた。
「そうだよ。古い友人なんだ」
「……友人、ですか」
なんとも言えない表情のガレンがぽつりと呟くが、デリオドには聞こえなかった。
「ところで、デリオドさん。1ついいかね?」
「はい、なんでしょう?」
「お向かい、ずいぶん静かじゃないかい?」
そう言ってマサオミが指差したのは向かい側のソファーだ。
正面にいるのはニャオで、その両脇にはアースレイとシシュティが座っており、姉弟の膝にはニャルクとイニャトが抱えられている。ニャオの膝で寝息を立てているのは、ガレンの気配に気づいたレンゲが魔法陣を描いて寄越したキヨだ。ガレンへの挨拶が目的であり、それが済んだらすぐに寝てしまった。
「全くの無口というわけじゃありませんよ。こちらの会話をニャルク達がニャオに訳してますから」
「そうかい」
ふむ、とマサオミは顎を撫でた。
「それで、ニャオ君はなんと言ってるんだい?」
マサオミが問えば、にゃふう、とイニャトがため息をついた。
「行った方がいいにゃら行く、と言っておるよ。しかし、ちと困ってしまってのう……」
「何か不都合でもあるのか?」
デリオドが身を乗り出してニャオの顔を見た。彼にとってニャオは、冒険者ギルドに所属してはいないものの、ペリアッド町の住民でこそないものの、いざという時は守るべき対象の1人である。
異世界から突然召喚された哀れな人間。その小柄さ故に、大柄なデリオドからすればいくら成人しているとはいえ子どものようなものだ。そんなニャオが、行きたくない、と一言言えば、ガレンに待ったをかけるつもりでいる。
しかし唸るイニャトの口から出てきたのは、予想だにしない言葉だった。
「……間に合わんのじゃよ」
「何がだ?」
「カジェマの納品に間に合わんのじゃよ!」
イニャトが吠えた。
「ほれ、サスニエル隊のヴァルグ隊長の弟であるヴェイグに卸す秋の贈り物用の果実の収穫が間に合わんくにゃるんじゃよ! 人手が1人減れば確実に!」
「カ、カジェマ? ああ、お前達が納品しまくったエジュカのお返し用だな。だがまだ時間はあるだろうが?」
「確かにある。確かにあるが! 今回の収穫と梱包にはレアリアンド達がおらんのじゃ! エジュカの時もてんやわんやしにゃがら作業しとったというのに、人手が既に4人も減っておるこの状況でニャオが四景のララカにゃんぞに行けば余計に作業が遅れるわい!」
「いやいや、まだ夏の中頃が始まろうとしてる頃だぞ? 時間は充分あるだろう?」
「時間は! ある! じゃが! ヴェイグの馬鹿たれが送ってきた納品希望数がありえん量にゃんじゃよ! 今から始めねば間に合わんわ!」
「だったら収穫作業員を誰か雇うとか……」
「フクマル殿の森に誰を呼べと言うんじゃ誰を!」
フシャーーーーーッ!! と威嚇するイニャトを落ち着かせようと、アースレイが小さな背中を撫でる。
「まあまあ、ニャオさんがいない間は僕が2人分頑張るからさ、そう声を荒げないでおくれよ」
「あたしだって頑張るわ。だから」
「いや、君達にも来てほしいんだよ」
行かせてあげて、と続けようとしたシシュティを、片手を上げたガレンが遮った。
「ガレン副団長? 行けってどういう……」
「君達姉弟はAランクの冒険者の中でも特に優秀だ。今回のニャオ殿への依頼に参加してくれるのであれば、その働き次第ではSランクに引き上げようという話が出ているのだよ」
「Sランク……」
口をぽかんと開けた姉弟が顔を見合わせる。ガレンの提案をニャルクに訳してもらったニャオが、首を何度も縦に振った。
「雇用主も同意してくれたようだし、どうだい? 来てくれるかい?」
「行、きたいです、けど……、収穫が……」
「アースレイさん、それは僕達に任せてください」
「この時期に3人も抜けるのは痛い……。痛すぎる……。しかしこの機会を逃す奴は冒険者とは呼べん。シシュティよ、アースレイよ、思う存分暴れてくるがいい。……痛いのう」
微笑むニャルクと、なんとも言えない表情で胸を叩くイニャトに瞳を輝かせた姉弟が歓声を上げながら抱き締め合った。真ん中にいるニャオが挟まれうめき声を上げる。そんな若者達をにこにこと眺めていたマサオミは、わずかにガレンに顔を近づけた。
(彼らを呼ぶのはそれだけではないのだろう?)
念話でガレンに問いかける。
(ええ。この後お時間をいただいても?)
(もちろんだとも)
誰にも悟られないままに会話を終えたマサオミは、喜び合う若者達の様子に涙ぐんでいるデリオドの肩にぽんと手を置いた。
自身が務めるギルドに通う冒険者がSランクになるかもしれない。それを喜ぶ反面、不安も感じているのだろう、とマサオミは思った。旧友に会う、という目的があるとはいえ、副団長自ら動く依頼とは、それほどの危険が伴うものなのだ。
「さあ、君達はそろそろ家に帰るといい。ククシナ殿とセイライ達が外で待ちくたびれていたよ」
「はい。あ、でも依頼の内容を確認しないと」
「それは明日依頼書を送らせてもらう。今日は受けてくれるかの確認を先にしたかっただけだからな」
微笑むガレンに、アースレイとシシュティは頭を下げた。
眠りこけるキヨを抱えて、ニャオ達が退室する。部屋に残ったマサオミは、扉が閉まると同時に、眼光を鋭いものに変えてガレンを見た。




