第209話 黒い宝石
ご閲覧、評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。
新しい拠点に選んだ巨木に到着したのはいいものの、この近辺に気になる物は何もなかったから2日目には次を目指すことになった。でも拠点にできそうな場所を見つけられない。そのさんにも周囲を調べてもらったけど結果は同じだったから、もう歩きながら探すしかないよね。
「漣華さん、空から見てどこかよさげな場所ってありますか?」
「そうじゃのう。川に戻りさらに上流へ歩けば淀みがある。木は多いが這い寄る手もおらんから、そこがいいとは思うが」
川の淀み? あれ、私昨日そこ調べたぞ。
「レンゲ、そこはあたしも昨日見たけど、淀みの中にイプピアーラが潜んでるじゃないか。あたしゃあれとは関わりたくないよ」
イプ? 言いにくい名前だな。
「すみません、なんて名前です?」
「イプピアーラ。でっかいサハギンみたいな魔物で、人間の肉を好んで喰うんだ。でも腹を空かせてるとなんでも喰うよ。あたしは前にイプピアーラに齧られたことがあるんだよ」
「え、大丈夫だったんですか?」
「あたしの鱗はそこそこ固いから大丈夫だよ。逆に噛みついて毒をお見舞いしてやったさ。そいつは悶え苦しんで死んだけど、あれ以来イプピアーラは嫌いだね」
バジリスクの毒か。そりゃ死ぬな。
「イプピアーラが怖いのか? 軟弱者め」
「馬鹿言うんじゃないよ。怖いんじゃなくて嫌いなんだ。意志疎通のできない奴らの相手ほど疲れるものはないからね。だからあたしはそこにテントを張るのは反対だよ」
確かに、そんな奴らがお隣さんになるのは私も嫌だな。
ノザリエさん達を見てみると、みんな不安そうな、強張った表情をしてた。そういやこの人達、水棲のサルヴァロンに酷い目に遭わされたばっかりだったな。しばらくその手の魔物とは関わりたくないだろうね。
「まうー?」
淀みに行く、行かないと喧嘩を始めた漣華さんとそのさんを止めるべく特大の水玉を作ろうとしてたら、足元にいた清ちゃんが袴に爪を引っかけて引っ張ってきた。
「どしたの清ちゃん? 朝ご飯は食べたやろ?」
「腹が減ってるんじゃないみたいだぞ」
お、赤嶺も来た。
「昨日狩ったサイクロプスはどうやった?」
「みんなへのお土産にいいかなって思ったけど、あれはやめとく。なんか臭い」
「あー……。バウジオもおるし、やめといた方がいいな」
鼻がいいのはバウジオだけじゃないけどね。で、清ちゃんはなんの用事かな?
「清ちゃん、何かあった?」
「まう!」
一鳴きすると、清ちゃんは巨木の方にてこてこ歩いていった。赤嶺と顔を見合わせてから、後を追う。巨木の裏側に回った清ちゃんは、盛り上がった木の根にちょこんと座ってた。
「まうー」
「そこになんかあるん?」
手をついて覗き込んでみても、土と木の葉しかない。巨木含め近場は確認済みだけど、清ちゃんは何を教えたいんだろうか?
『○✕?』
声をかけられて振り返るとグランディオさんがいた。みんなから離れたからついてきてくれたのか。
「あーっと、大丈夫ですよ。ちょっと気になっただけなんで」
「なーニャオ、なんか光ってないか?」
光る? 何が?
もう一度木の根に目を落とすと、木の葉の下に何かがあるのが見えた。前に見た時はわからなかったな。木の葉が風で動いたのか、清ちゃんが掘り当てたのか。どっちだろうね。
「なんやろうか……」
「拾っていい?」
「待て待て、私が拾うわ」
変な物だったら大変だからな。仔どもに任せるわけにはいかないね。
木の葉を払いのけてみれば、光の正体は黒い宝石だった。太陽光を反射してたらしい。のっぺりした黒じゃなくて、透明感のある黒。セレンディバイトってのに似てる。
「綺麗やなぁ。清ちゃん、これを見つけてくれたん?」
「まうー」
「そっか、ありがとな」
綺麗っちゃ綺麗だけど、なんか怪しい黒だな。やっぱり拾うのはやめておこう。惹かれるからっていい物とは限らないからね。
「これいいな。ママの鱗に似てる」
「ああ、そうやね。美影さんの色に似とるな」
美影さんの鱗って艶々だからなぁ。狩りから帰った後何枚か剥がれたことがあったけど、全部集めてあるんだよね。捨てるなんて勿体なさ過ぎる。
「教えてくれてありがとな、清ちゃん。そろそろみんなのとこに」
「これお土産にする!」
戻ろうや、と言おうとして体を起こせば、入れ替わりに赤嶺が首を伸ばして宝石をぱくりと咥えた。
テレビを消した時みたいに、プチッと音が消える。景色が暗くなって、私達のものじゃない影が蠢き始める。
急いで清ちゃんを抱き上げて、目を丸くしてる赤嶺の首に腕を回してがっちり抱え込むと、蠢く影に絡みつかれて固いはずの地面に引きずり込まれてしまった。




